事件が収束したのだとフレイヤが気が付いたのは、医務室を襲ってきたゴクリンを全て一掃したくらいだった。
気絶したロキを医務室のベッドに横たわらせた直後、廊下から響く悲鳴につられて部屋を出れば、まっすぐ伸びた廊下の左右から、積みあがったゴクリンが壁となって、徐々に距離を縮めてきていた。
突然の事態に驚くのもそこそこに、逃げ場を失って走り寄ってきた観客を医務室へ匿い、鍵を閉めさせる。
そのまま考える間も無く、手持ちを総動員させ、波のように押し寄せてくるゴクリン達を次から次へと気絶させていたのだ。
何度目かの撃退の末、廊下の向こうからゴクリンではなく見知った人影が血相を変えて走り寄ってきたのが見えると、フレイヤはポケモン達に待機の声を上げ、軽く手を振ってみせる。
「あら、クインちゃん。ちょっと遅かったわね。一通り片がついたところよ」
「フレイヤ様! ご無事で、何よりです」
壁のあちこちがズタズタに切り裂かれている廊下の元、死屍累々のゴクリン達に半眼を落としつつ、クインは深く安堵する。自分の事を心配してくれる少女に、手持ちポケモンを戻しながら微笑む。
「ふふっ、心配してくれて有難う。それで、ステージの方は大丈夫かしら?」
「あっ、そちらはオーディン様とロキ様が対処されました。犯人も、モノクロ地方の四天王が身柄を抑えたとのことです。……まぁ、何か怖いことでもあったのか、心ここに非ずの廃人状態でしたけどね……」
言いながらその光景を思い出したのか、クインが軽く身震いする。そこでふと、フレイヤが軽く首を傾げる。
「そう、ディンとロキが解決した……あら?」
「どうされました?」
不思議そうな顔のクインに背を向け、フレイヤは声をかけて医務室の扉を叩く。鍵の施錠された扉がゆっくりと開かれ、中にいた観客たちは、フレイヤが微笑みながら顔を覗かせたことで、それぞれが安堵や歓声を上げ、危機が去ったことを喜ぶ。
そんな彼らから視線を外し、フレイヤは医務室内に一通り目を向け、壁際の窓が僅かに開いているのが目についた。視線の先に気が付いた観客の男性が、あぁ、と心得たという表情で訳を説明してくれた。
「ロキ様でしたら、手持ちのヨノワールを出して、窓の外へ出て行かれましたよ。フレイヤ様には、余計な心配をかけたくないから、外の事態が終わるまで言わないように、と言伝てされました」
「俺がもう言ったから、何の意味もないお願いだよなぁ、ロキ様も」
フレイヤの後ろから顔を覗かせたクインが、呆れた表情で深々とため息をつく。
「そんなに心配かけさせたくないなら、バトルで無茶しないか、自身を鍛えるべきですよ、ロキ様は」
「あら、クインは同じことやらないの?」
「私は日ごろから、自分にもしものことがあっても良いように、ちゃんと鍛えています」
得意げな表情でガッツポーズをするクインがおかしく、思わず吹き出してしまう。それが不服だったのか、クインは頬をふくらます。
「俺、そんなに間違ったこと言ってないと思うんですがー」
「ふふっ、そうね、ごめんなさい。でも、クインがそんな風に怒るってことは、貴女も、ロキが心配だったのよね」
「当然ですよ! 大体オーディン様もですけど、二人とも、なにかと身を呈して行動するんですよ? しかも考えているって割に、自分達の出来るキャパを考慮しないし、ぼろぼろになってもやってのける。今日なんか、二人して犯人を煽っていましたし……フレイヤ様も、今度、オーディン様やロキ様に言ってやって下さい。無茶をするなら、多少は部下を頼るようにって!」
「ほお。クイン、貴女は普段から、私にそういうことを言いたかったのですね。実に参考になります」
「きゃぁっ!?」
後ろから耳元でぼそっとした呟きをされ、クインは思わず悲鳴と共に飛び退く。
振り返ると、見慣れた片仮面とモノクルを付けた参謀長官たるロキと、生真面目な表情のモノクロ地方協会四天王アイルズが立っていた。アイルズの方は、試合中に着けていたアイマスクを外し、今は素顔の状態だ。何故二人でいるのかとフレイヤが首を傾げる横で、クインが戦々恐々とした表情でロキを見る。
「ろ、ロキ様……何時から、そこに?」
「『俺がもう言ったから何の意味もないお願いだよなぁ、ロキ様も』の辺りから、バッチリと聞いておりましたよ。とても素晴らしい、部下としての心構えだと思います」
「あー…………いやでもだってロキ様はアレじゃないですか! なんていうか、今回は無茶のデパートメント状態で、実際、あのメイミって人のバトルで医務室に運ばれたとか」
「クイン」
笑みを崩さぬまま小首をかしげ名を呼ぶロキに、クインが動きを止め、何とも言えない表情でおののく。そんな彼女の様子に溜飲を下げたらしいロキは、フレイヤへと向き直る。
「闘技場内の様子を確認するついでに、アイルズ様とは、この後のパーティーについて、打ち合わせをしていたのですよ。それで、フレイヤ様にお願いがあるのですが」
「私に? 何かしら」
そう切り出すロキの横で、アイルズもまた心当たりのある節がないためか、フレイヤ同様に首を傾げる。
「ロキ参謀長官殿?」
「私はこの後、オーディン騎士団長と長い打ち合わせをする予定です。そのため、アイルズ様に闘技場や城内の案内ができそうにありません。そこで、大変お手数ではありますが、医務室内の方々を誘導する傍ら、彼の案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「なっ!? ろ、ロキ参謀長官殿!?」
「ふふっ。えぇ、大丈夫よ。宜しくね、アイルズ様」
「フレイヤ様まで!? いや、そんなお忙しいところでお構いなく! って、その、お構いなくって言うのは、決して貴方に対してご迷惑をかけたくないという意図で、あの、お話をしたくないわけではなく、しかも、私は別に様をつけなくても良くてですね、えーっと、そのですね……!!」
見事にうろたえるアイルズとは正反対に、フレイヤは肩を振るわせつつ何度も頷く。
事態が読めないクインが首をひねっていると、その肩をロキが軽くたたき、見事な笑みを向ける。
「クインは、私と一緒に隊長のお守りと使い走りですからね」
「それは良いですけど…………あのトールとか言ういけ好かない野郎のほうが、ロキ様は動かしやすいんじゃないですか?」
「彼は今、フォルと国王陛下に挟まれて右往左往しているでしょうから、もう少しほっときましょう」
「どーいう状況ですか、それ」
半眼でぼやくクインに肩をすくめただけのロキは、さっさと身をひるがえしてその場を離れる。慌てたクインがその後に続き、残ったのは、どうしたものかとぶつくさと独り言を呟くアイルズと、その様子がおかしくて再び笑うフレイヤと、目の前のおかしなやり取りの意味が分からずに不思議そうな表情をしている観客たちだった。
*****
「隊長ー、ちょっとお話が」
「丁度良かった、ロキ。お前、城戻るのに付き合え」
廊下の先で見つけたオーディンは、ロキの姿を捉えるなり、彼の言葉を遮ってその手首をがっつり掴む。そして有無を言わさぬまま半ば引っ張るように歩き出すので、クインが慌ててその横を並走する。と、オーディンは彼女を制するように手を差し出して、振り返る。
「クイン、悪いがティアと合流して、ゼロやヴィエルを回収してきてくれ。もう数時間もすれば、催しのパーティも始まる。警備体制についても、事前打ち合わせ通りで構わない。一部の不足箇所は、俺の方で既に手配している」
「はっ。分かりました!」
何となく遠ざけられたことに口をはさむことなく、律儀に敬礼をしたクインは、素早く身をひるがえす。
結局、やや早足に歩くオーディンに引きずられるような調子で、ロキは腕を引っ張られたまま歩き続ける。あまりにも説明不足な騎士団長を見上げ、ロキはとぼけ調子で首を傾げる。
「それで隊長。私、悪いことでもしました?」
「…………」
それに答えることなく、彼の足取りは、迷わず城の方向へと向かう。
現在いる闘技場からの移動には、城へと続く地下の通路を使うのがもっぱらの方法だ。通路は職員用のため、一般人が使用することはまずなく、動きやすいのだ。
廊下を進んでいくうちに、並んでいた採光用の窓ガラスが無くなり、代わりに設置されたランプ型の電灯が、壁に等間隔で並んでいる。地下通路そのものは古くからある物を使用しているため、煉瓦で覆われた道は、闘技場内と違って空調が行き届いているわけではない。蒸し暑い空間で、空いた手をパタパタと手を振りながらロキがついて行くと、突然、先を進んでいたオーディンの歩調がゆっくりとなり、遂には立ち止まってしまう。
ロキは、視線を改めて進行方向に向ける。そして、5メートルもしない前方に、一人の青年が壁にもたれかかっていたのを見つける。と、こちらに気が付いた彼は、壁から背中を離し、立ちふさがるように二人に向き直る。
その姿は、二人の知り合いである少年――スフォルツァンドと瓜二つの顔立ちだ。しかし、かの少年がここにいるはずがないことを、オーディンもロキも承知だ。そして、その人物が何者かであるかも、よく知っている。
煌々とした光が唯一の光源となっているその空間にありながら、 青年は、見た目が瓜二つの少年とは違う目の色――はっきりとした"エメラルドグリーン色"の瞳を、二人に向ける。
「ほぉ。闖入者や対戦相手にボロボロにされたと聞いていたが、なかなかどうして。今の騎士団長と参謀長官はタフなようだ」
口元をにやつかせつつ距離を縮めてくる青年を、オーディンはじっと見つめている。手首を掴む圧力が強くなるが、ロキは何も言わず、近寄ってくる青年をオーディンと共に見つめる。
やがて、その距離が1メートルにも満たないところで青年が立ち止まる。それを待っていたかように、オーディンは、鋭い視線と不機嫌さを隠すことのない声で問う。
「それでお前は、こんなところで何やっているんだ、ファレンハイト。わざわざ、今回の事で嫌味を言いに来ただけか?」
「そうだと言ったら?」
「帰れ。俺は今忙しい」
声を荒げないように押し殺した怒りをにじませ、オーディンは淡々と言葉を返す。
その様子に青年――ファレンハイトは、意外そうに目を丸くする。次いで、その後ろで客観的な表情をしているロキへと目を向ける。
「おいロキ。こいつ、今日はこんな調子か?」
「今日はずっとバタバタでしたから」
「ふぅん?」
肩をすくめるロキに対して、ファレンハイトは納得したとは言い難い表情でオーディンをじろじろと見つめる。と、オーディンはロキから手を離し、そのままファレンハイトとの距離を一気に縮め――その横をすり抜ける。そのまま無言で先へと進む背中へ、ファレンハイトは声を張り上げる。
「おいクソガキ! 何時もの噛みつくような威勢はどうしたぁ!?」
オーディンの歩みが止まる。空いている両手が強く握りしめられ、グローブの皮がこすれる音が狭い廊下に重く響く。挑発した本人はどこか楽しそうに、その横で取り残されたロキが何とも言えない表情でオーディンの背中を見守る。
やがて、ゆっくりと振り返った彼は、憎悪――ではなく、強く真っ直ぐな意志を宿した目で、ファレンハイトを見据え、
「俺の名前は、オーディン=ブライアスだ! キングダム地方の民を守るため"騎士団長"になり、自分を守らない王妃を守るためだけに"騎士"になり、オーディンという一人の人間として愛した者達を守る。それが、俺の矜持(きょうじ)であり、お前へのあてつけだ、ファレンハイト! 俺が生きている限り、俺の大切な者は何一つ奪わせない! だから――今日はアンタに構ってる暇なんてねぇんだよ!」
半ば叫ぶような宣言を叩き付けると、オーディンはそれ以上目もくれずにさっさと城の方へ向かっていく。
突然のことに、ファレンハイトは開いた口が塞がらないまま、オーディンの背中を見守る。やがて、
「……ロキ」
「はい」
「化石の件、どうなった?」
「ひとまず、国王陛下が引き受けておりましたので、問題はないかと」
「そうか……――アイツ、頼むわ」
口元を抑えて前かがみになっているファレンハイトを一瞥したロキは、会釈もそこそこに、小走りでオーディンの向かった道を辿っていく。
その姿が見えなくなったところで、彼は再び壁にもたれかかる。そして、両手で目元を覆いながら、狭い天井を見仰ぎ、
「ははっ…………マセガキめ」
こぼれた声は、少なくとも、先ほどまで含まれていた嘲(あざけ)りは無くなっていた。
*****
「隊長ー、いい加減に説明を頂けないと、拗ねたついでにフレイヤ様とアイルズ様の会話内容をお教えしませんよー?」
「何でお前が二人の会話内容を知ってんだよ」
城内に戻ってきても無言で自室までやってきたオーディンに、ロキはわざとらしいほどふてくされた声をあげた。
先ほど、ファレンハイトと対峙した時の不機嫌さは全く無いオーディンだが、今度は困惑した調子のままだった。
何かを説明しようと何度かロキに向き直ろうとするものの、彼の顔を見て、数秒もしないうちにまた視線をそらしてしまう。現在はなにか服で探し物があるのか、自身のロッカー箪笥の服を見直しては、片っ端から床に放っている。なお、オーディンの相棒ともいえるカビゴンは、何となくボールの外から出していたロキのヨノワールと共に、床に放り投げられた服をせっせと回収して畳み直している。
「まぁ色々とありまして。それより、クインやティア達に任せたままで良いんですか? いえ。もちろん今回のパーティについては、私たちは"参加者"として出席するわけですから、そのように段取りはしておりますが――」
「お前、俺が騎士になった理由、知りたがってたよな?」
話を遮るように言われて、ロキは目をしばたいてオーディンを見つめる。
彼の手には、いつのまにか、今日トールが着せられていた物と同じ形状の騎士服が握られていた。ただし、その色は標準的な白ではなく、
「黒い騎士服?」
「王族は近衛騎士(ガーディアン)が、民は騎士団が守護する。それがこの地方の絶対だ。ただし――王妃候補は王族ではない、っていう話、お前知ってるか?」
「少なくとも、今のヴィエル様は王妃ですから、王族扱いなのでは?」
ハンガーから外した黒い騎士服の埃を払いつつ、オーディンが服を着替えながら首を横に振る。
「アイツがきちんと王妃になったのは五、六年くらい前だ。それまでは、ほぼ公認の王妃候補だったんだよ。その間、アイツはある意味で無防備だったんだ。騎士団は民のためだが個人を守る存在ではないし、近衛騎士はゼロや当時の女王陛下を守る存在だ。だから、アイツを守るやつがいないって気が付いたのは、ゼロがいないときだ」
気が付けば、何時もの騎士団長としての服ではない、黒い騎士服に身を包んだオーディンが立っていた。
普段は胸元から下げていた十字架を服の中にしまい、久しぶりに袖を通した服の感触を確かめている。そっと立ち上がったカビゴンは、騎士服用の靴をロッカー箪笥から引き出し、主人の前に置く。ヨノワールは、やはり放られている服を綺麗に畳みなおしていた。
「王妃候補という立場に嫉妬した貴族の女達が、ゼロがいない時に、ここぞとばかりにヴィエルを貶めようと躍起になってな。最期にはアイツ、川に突き落とされ、俺が助けるはめになった。でもヴィエルは、それすらも全然気にしないで、女たちを全員許したんだ。んで、俺にはこういう。
『私は王妃候補だからどうでもいいけど、ゼロやフレイヤにはこんな事が起きないようにちゃんと守りなさい。貴方はフレイヤの恋人で、ゼロの親友なんだから』だ。
ゼロも大概自分のことには無頓着な馬鹿だと思っていたが、ヴィエルも輪をかけて大馬鹿女だった」
「なんというか、ヴィエル様らしい、ですね」
「だから俺は、その言葉に、無性に腹が立ってだな…………その、まぁ……――『お前にとって俺は何なんだ!』って聞いた」
「…………隊長、オチが見えてきたんですが」
「そしたらアイツ、『知り合い?』って首傾げやがったんだぞ? だから、『俺がお前の騎士になってお前を守ってやる! これなら、お前に何があっても個人的に守ってやれるだろ!』って言っても仕方ないだろーが!」
展開が見えて思わずぼやくロキの言葉に聞く耳持たず、半ば悲鳴とやけくそが混じった調子でオーディンが声を荒げる。何とはなしにロキがカビゴンの方へ顔を向けると、彼はもはや手の施しようがないと言わんばかりの呆れた目で首を横に振り、その隣のヨノワールも、何故か同じように首を横に振る。
「つまり隊長が言いたくなかった理由というのは、勢いで告白して玉砕した事実を説明するのが恥ずかしいという」
「誰が玉砕だ! ちゃんとアイツの騎士やってるだろーが!」
「おや。では騎士服が黒い理由は、失恋という訳ではないと?」
襟元のボタンを外して楽な状態にしたオーディンは、自身の黒い騎士服を見下ろすと、小さくため息をつく。
「ヴィエルの野郎が、『やっぱり差別化は大事よね。他の騎士とは違う感じとか』って言い出してだな…………ド派手な蛍光色だけは止めろ、といった結果がこの色なんだよ」
「隊長がピンクの騎士服とか来たら、面白そうだと思ったんですけどねぇ」
「お前、ヴィエルと同じ思考回路でも持ってるのか? 何でお前ら、最初にピンクって言うんだ? 馬鹿か、バカだろ、ばかなんだよな?」
そのまま首根っこを掴んで放り投げたいのか、両手を震わせるオーディンが、楽しそうな表情のロキへ詰め寄り、呆れたカビゴンは、飛びかからないように主人の肩を引っ付かんでいる。ヨノワールは、周囲の騒ぎを他所に、床に散乱する服を丁寧に畳む作業に勤しんでいた。
やがて、思考も落ち着いてきたオーディンは、体を離すと、深い溜め息と共にうろんな目を向ける。
「そう言うわけだ。大して面白くもない話だし、あまり思い出したくなかったんだよ」
「それは分かりました。ただ……何故、わざわざ説明する気になったのですか?」
つい数時間前まで、話題に上がるだけでも機嫌が悪くなっていた人間の言葉とは思えずに訊ねると、オーディンは無言のまま視線をそらし、背を向ける。そして、
「勘だ。それに、俺の個人的過ぎる理由だけで、お前に隠し事をしたくなかった。……それだけだ」
呆れとも不服ともとれるよう声で呟かれ、ロキはまじまじと黒く大きな背中を見つめ、ぽつりとぼやく。
「隊長って、面倒くさい人ですよねぇ」
「お前が言うな! 大体、お前は俺に言わないで勝手にあれこれ策略しやがって! こっちが言ったんだから、お前も少しは言うことを覚えろよ!」
勢いよく振り返ったオーディンが、再び噛みつくように声を荒げ、苛立たしげに足を鳴らす。そんな彼を面白そうに見上げていたロキだが、ふと、視線を時計の方へ向け、片眉をあげる。
「そういえば隊長、その恰好をしたというのであれば、ヴィエル様の元へ行かれなくてはいいのですか? 時間的にも、そろそろクイン達が城内へ引き上げ終えているかと」
「あーあーそうしてやるよー。どうせヴィエルに笑われるだろうけどなー」
口をへの字に曲げ、憤まん露わのまま、今度こそオーディンは背を向けて自室を出ていき、その後を追いかけるように、カビゴンものんびりとした動作で部屋を出ていく。部屋に残っている自分のヨノワールに目を向ければ、彼はカビゴンから引き継いだらしい片付け物を、せっせとロッカー箪笥に収めていた。
ふと、ロキの懐から着信音が響き渡り、彼は特に慌てるでもなく携帯機器を取り出す。そして、ディスプレイに映る着信者の名前に苦笑しつ、通話ボタンを押した。
「はい、ロキです。オーディン騎士団長でしたら、そちらへ騎士服姿で向かわれましたよ、ヴィエル様」
『ホント!? やっぱり騎士の話を振ったら、騎士服を着る気になったのねー。有難う、ロキ! それでそれで。どうだった? 騎士の馴れ初めば・な・し!』
何時も通り、テンション高く明るいヴィエルクレツィアの声に、ロキは苦笑する。数時間前、ポケモンに襲われるなどのハプニングがあったはずなのだが、この王妃は相変わらず動じないようで、そのことに、胸中だけでひっそりと安堵する。
「そうですね……隊長のアプローチの仕方というのは、何時でも単一的なものだなと思いました」
『えー、そういうとこ言っちゃう? そこがディンの悪いところでもあって、良いところじゃない?』
電話むこうのヴィエルは面白がってるような調子で問うてくるので、ロキは少しだけ思案し、
「隊長が単純なおかげで、私も好きなようにできますから、確かに、悪いことではありませんよ」
『またまたぁ、ロキも素直じゃないわねぇ。あっ、それより貴方、体は大丈夫なの? 司会者席で見てたけど、ライコウの電撃が直撃してなかった?』
一瞬だけ、ロキ自身もすっかり忘れていたことを指摘され、何となく、無いはずの痛みを思い出してしまう。僅かに顔をしかめるも、電話の声は努めて冷静に返す。
「直撃ではありませんでしたが、多少かすってしまいましたので、休憩室で少し休みましたよ。おかげで、今は問題ありません」
『そう? ロキってば、ディンと同じく無茶するほうなんだから、ちゃんと自分の身体を大事にしなさい。王妃命令よ、いいわね? ……――って、ディンが来たみたい。それじゃ、また後で、パーティ会場でねー!』
かけて来たときと同様、疾風の如き速さでさっさと電話を切られる。
電話の用件は、ヴィエル自身から頼まれていた「オーディン騎士団長を"騎士として"煽る」件とは別に、「試合中の事故の様子を確かめる」というのも含まれていたのだと思うと、ロキは小さく息を吐きだし、不通音になった電話を切る。
それから、服を仕舞い終わって傍まで戻ってきたヨノワールを見上げ、そのまま、鍵の締まっていない部屋の扉へと目を向ける。
「全く。揃いも揃って、面倒くさい人たちですよねぇ。……――鍵を閉め忘れた隊長の部屋、ちょっと模様替えでもしてみましょうか、ヨノワール」
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