6.
「事件のあらましは大体分かった。つまりここ数日、この周辺地域で、無差別に人が襲われている事件が発生していると。被害者は、記憶が弄られた上に精神が子供時代まで遡り、更にはポケモンを怖がるようになる。んで、今日まで犯人の姿は誰もを見ておらず、未だに何が目的なのか不明のまま……そしてシュウは運悪く、それに巻き込まれた、と」
「そういうことだね」
「しかしポケモンを怖がるようになるって話は、なにもこいつだけじゃねぇのかよ……つか、話を聞きに来たエメラルドの野郎、連続して起こってるって話は一切しやがらなかったし」
「お前がシュウを置いて犯人捜しに行かれたら困ると思ったのだろう」
ソファーで毛布にくるまっているシュウを撫でつつ、カオスは面倒くさそうにレジェンを見た。仕事の途中でやってきたらしく、書類にペンを落としながらではあるが、彼は息子が巻き込まれたらしい事件の全貌を説明した。コーヒーを一口流して、レジェンは肩をすくめる。
「バンギラス達の話を聞いたアゼル君は、他の地方のポケモンが犯人じゃないか、って言ってるけど、カオスはどう思うかい?」
「個人的には、人間のやり口も多少入ってると思うけどな。野生のポケモンが単体で、こんな事件を起こすわけないだろ」
「もしかしたらちょっと高度な知能を持ってる可能性もあるよ? ほら、カオスだってポケモンだけど、悪知恵はいくらでも働くだろう?」
「人間に変身出来てなきゃ、早々悪知恵なんて思いつかねぇよ」
実際、この世界で生きていく上で、人を使ったりすることを思いついたのは、カオス自身が人に化け、人の社会で生活をしたい経験があるからだった。ポケモンもまた知識と言うのはあるのだが、それは、知識を吸収する術があるだけであり、実際に経験がなければ意味はない。言うなれば、人間というのはポケモンよりも知識がない分ずる賢く、ポケモンは人間以上に頭が回るからこそ、人にあるような悪知恵を働かせる必要はないと言える。
「うん……? ってことは、人間社会を見たことのあるポケモンだったら、或いは、単独で犯行を……? つっても、動機がなんだか……」
「その動機が何とも不明だよねぇ」
言ってみて考えるほど、頭はどうにも混乱していく。いつの間にかペンを置いて優雅にコーヒーを飲んでいるレジェンを睨め付けて見るが、飛び込んできた情報を整理できる要素は何もない。ため息をついて頭を軽く叩いてみるが、そんなので整理される訳もなかった。
「それにしても、犯人となるポケモン……か人間かは分からないけど……も不思議な事をするよねぇ。人の記憶を操って子供時代にまで逆行させて……こどもの国でも作るのかな?」
「作って何になるんだよ」
「例えば…………友達作り、とかだねー」
「いっそのこと、レジェンの記憶が消えればよかったんだけどな」
そこまで言って、レジェンが顔を上げる。顔には理解の色。意味が分からずにカオスが首をかしげると、彼は意味もなく頷いた。
「そうか……犯人は、こどもの国を作るつもりなんだよ、カオス。その為に、精神を子供のころまで遡らせたんだ」
「意味が分かんないぞ、レジェン……つか、何で精神逆行するついでに、何でポケモンを嫌いになってるんだよ」
「カオス。子供だけしかいない世界にポケモンがいることは、危ないことだと思わないかい?」
意味が分からずに目を瞬かせると、レジェンは口髭を撫でつつ、小さな笑みを浮かべた。
「ポケモンは、普通の大人以上に子供に影響を与えやすい。彼らの存在は不思議な要素ばかりだからか、子供たちの興味関心を引きやすいものでね。この事件の犯人が"子供の世界"を作りたい要素の一つに、仲間を増やしたいものだとする」
「話が全く見えねぇぞ、レジェン」
「まぁまぁ聞きなさい。その仲間を作りたい要素の一つに『自分に従順に従う者が欲しい』とする。――まぁ、仲間と言うかここまで来ると、下僕か何かかな――それはともかく、子供時代の心と言うのは純粋でね。この頃に植え付けられた考えと言うのは、成長する過程でも中々拭えない物だよ」
言われて思い当たるのは、シュウが常日頃思っている、手持ちポケモン達への接し方だった。周囲の人間はポケモンの存在を、相棒やパートナーと定義していた。しかし、子供のころから一緒に育ってきた彼らの事を、シュウは家族だと思っていた。それは、世間でポケモンがどんなにパートナーといった定義をされていても、変わることはなかった。この事は、彼の中で小さなしこりになっているように見えた。
「ポケモンという要素は、この植え付ける過程で邪魔になる可能性がある。なにせ彼らは知識はなくても知恵は人間以上だ。異常な事には酷く敏感だから、考えを植え付ける過程で邪魔をしてくる可能性もある。そこで、犯人は考えた。――元々、ポケモンが苦手だという意識を持たせておけば、子供に戻った人間達はポケモンに近寄らない、とね」
「ちょっと待て、レジェン! そこまで聞いて話は分かったが……なら、この犯人は人間じゃないのか!?」
「いいや、違うね、カオス。言ってみて気付いたんだけど、この犯人はポケモンだよ。それも、君の様に少なくとも人間社会で生活していた……恐らくはトレーナーに捨てられたポケモンだ」
はっきりと断言する彼の瞳は真剣味を帯びていた。意思を孕んだ黒い瞳を、ミュウツーの紫色の瞳が真っ直ぐと見返す。
「何でそう思う」
「簡単だよ」
そう言ったレジェンの黒い瞳は、底なし沼を連想させる程に感情の色が見えない。口角を僅かに上げることで浮かぶ笑みには――憐れみでも呆れでもない、嘲笑じみた色があった。
「事件を隠さず無差別に人間を襲うなんて、人間そのものに恨みを持つポケモンくらいだよ」
そう呟いたポケモン協会副会長の瞳が、嘲笑と共にほんの僅か、強く細まり――――。
ばさっ、という音に目を向けると、先ほどまでソファーで眠っていたシュウが起き上がったところだった。そのまま、彼は毛布を跳ね除けて、ぺたぺたとした足取りで廊下へと出ていく。その様子に、何か悪寒の様なものを感じたカオスは立ち上がり、廊下に出て、
「お前は……!?」
そこに立っていたのは、つい昨日、シュウが公園で相手をしていた『イーブイ』だった。その傍に、ぼんやりとシュウが立っている。
と、後ろからカオスに続いて出てきたレジェンが、驚いた表情で『イーブイ』を見つめ、
「何で男の子が家の中に……? あれ、鍵は開けてたかな?」
「何言ってんだ、レジェン。どう見てもイーブイにしか見えないだろうが!」
「カオスこそ、何を言ってるんだ? っていうか、シュウ。お前はその子とお友達なのか?」
レジェンの言葉に、シュウがこくりと頷く。そして、少年が差し出した手をとろうと――――したところで、カオスは『イーブイにしか見えない物体』に向かって突進した。しかし、ぶつかる直前にイーブイの姿は掻き消える。対象を見失って突き抜けた瞬間、背後から響き渡るノイズ音が聴覚を埋め、思わずその場に耳を塞いでしゃがみこむ。
ほとんど反射的に、カオスは振り返った。そこには、イーブイの姿はなく、代わりに、確かに少年の姿が――よく見れば、女性の姿が――よく見れば、ミュウツーの姿が――最後に――全く見たことのないポケモンが見えた。
それは、一言でいえば、機械の様なポケモンだった。茶色の胴体はまるで長い鐘のようなものを彷彿させ、三色の指があざ笑うかのような点滅をしていた。
そしてその姿が見えた次の瞬間、シュウと、そこにいたポケモンの姿は消えた。テレポートによる波動の後が、ほんの僅かに光り、消える。
「今のはシンクロノイズ……!? あの技は、この地方で持つポケモンは少ないから……やっぱり犯人はこの地方ではないポケモンのようだね」
謎の攻撃によってふらつくカオスに手を差し出しつつ、レジェンは表情を曇らせる。
「しかし、お前と私で意見が食い違うという事は、相手は相当に厄介だな……アゼル君達も言っていたけど、姿が特定できない様じゃ、探しようがない」
カオスは自分の頭を殴った。同時に、頭の神経を無理やり弄るかのようにサイコキネシスを発動させる。昨日からぼんやりと頭の中に広がっている靄をかき消すように、彼は強く、サイコキネシスを使った。
そして――――昨日、ボールの中から見えていた光景を、はっきりと思い出した。
シュウが先ほど見えた不可思議なポケモンと遊び、そして、操られる事でやつれた表情の黒髪の女に怒鳴られていた光景を。
「レジェン」
「カオス、とにかく、テレポートした彼らの行方を」
「エスパーポケモン最強を舐め過ぎだぜ、レジェン。――ちょっくら、アイツを助けに行ってくる」
次の瞬間には、ミュウツーの姿はそこから消え失せていた。
騒ぎを聞きつけてボールから飛び出してきたイーブイやバンギラス達が、居間からぞろぞろと顔を出し、心配そうにレジェンを見つめる。
ポケモン達に溺愛さえている自分の息子を思い、レジェンは楽しそうに笑った。
「さて、君達もカオスとシュウが心配だろうから、探すことにしようか。――アゼル君なら、直ぐに見つけてくれると思うんだよね。目星をつけるのは得意な子だから」
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