3.


管理不届き。それは昨日、イーブイを公園で遊ばせていた時の話だった。
とにかく走り回りたがっていたイーブイをボールの外からだし、ついでに、他のポケモン達もボールの外に出してやった。ギャラドスやミロカロス、バンギラスといったポケモン達にとって公園は狭い空間であったものの、外に出れるという事は嬉しいらしい。彼ら自身は暴れることなく、のんびりとしていた。メタモンのほうはイーブイに変身して一緒に公園内を駆け回っており、ミュウツーのカオスはそんな彼らの様子に呆れつつも満更出ない表情で話をしていた。
時間は平日の昼下がり。普通に子供など遊びに来ることもないと思っていたのだが、その日は珍しく、一人の子供が公園にやってきた。どこにでもいるような子供で、パッと見、幼稚園ほどか。黒い髪に黒い目の色だったので、一瞬、シュウは自分の子供時代をでも見ているような錯覚に陥った。
公園の入口に来た瞬間は、ベンチ近くに大型ポケモンが三体もいたためか、公園の入り口で様子をうかがっていた。と、子供にいち早く気づいたイーブイは、走り回るのを中断すると、子供の足元まで来るなりじゃれるように体を寄せる。
子供のほうはそれで気を許したのか、今度は羨ましそうにシュウのポケモン達を見つめるので、シュウは子供を自分の方まで手招きし、自分のポケモンを紹介した(ただしカオスに関しては説明するのが面倒だったのでボールに戻して省いた)。
話を聞くに、どうやらその子供は最近違う地方から越してきたばかりらしく、シュウの手持ちポケモンは一匹も見たことがなかったという。とても興奮する子供を前にして、シュウ自身も気が緩んでいた。そこで、子供にせがまれた彼は、手持ちポケモン達の技を見せてやった。
イーブイのとっておき、メタモンの変身、ミロカロスのなみのり、ギャラドスの竜の舞、バンギラスのストーンエッジなど。技はどれも被害が出るようなものでもなかったし、実際、それを目の当たりにした子供はとても興奮して喜んでくれた。

――――それが問題だった。

そうこうしている内に、気づけば辺りは暗くなっており、ヤミカラスが空を飛びまわり始めていた。

「家に送っていこうか?」

そんなことを尋ねた時だった。
女性が誰か名前を読んでいる声が、遠くから聞こえてきた。それにいち早く反応したのは、一緒にいた子供だ。「お母さん?」尋ねて首を縦に振ったところで、公園の入口に、一人の女性が立っていた。艶やかな黒髪は夕焼けの色を受けて、少しばかり明るい色を帯びていた。黒い瞳が目一杯開かれているのと、子供が「おかあさん!」と舌足らずな調子で女性に駆け寄ったのを見るに、子供の母親だとは直ぐに判別がついた。
その様子にシュウは満足げに笑うと、バンギラス達も戻し、自分もまた家へ戻ろうと立ちあがったときである。
女性が、子供をその場に留まらせて、大股でこちらに近づいてきた。何事かと身構える暇もなく、女性はシュウの目の前に来るなり、

「どういうつもりなの?」

意味が分からずに目を瞬くと、女性は鬼の様な形相でシュウを睨みつけた。

「大型のポケモンを公園に放っておいて子供と遊ばせるなんて! それに、ポケモンの技を使ったですって!? 貴方、あの子に何をしたの!」

ヒステリー気味に詰め寄られて、シュウは呆然とした。「何をした、って、別に遊んだだけなんですけど……」その発言は、どうも心の火に油を注いでしまったらしい。顔を一瞬だけ真っ青にさせたかと思うと、先ほどよりも大きな声で女性は叫んだ。

「何てそんな事をしたの!? あの子に何かあったら、貴方は責任をとるの!? トレーナーとして最低よ、管理不届きだわ!」

そのまま、呆然としているシュウなど見向きもせずに背を向けると、女性は詰め寄った時と同じように大股で子供の傍まで行く。そして、子供を抱き上げ、声を一転。我が子を慈しむような笑みで子供を撫でつつ、「知らない人と遊んじゃ駄目よ」と言いながら、その親子は公園を去っていた。
叩きつけられた言葉には確かに意味があるのだが、しかし、シュウはただ、呆然とするしかなかった。暫くそうしていると、まだボールに戻していたなったイーブイが、シュウを慰めるように足元にすり寄っていた。

「キュゥ……」
「うん。……帰ろうか」


***


「俺さ、母さんがいないから、あの人がああやって怒る理由、ちょっと実感がないんだよなぁ……」

あの女性が怒ったのは、自分の子供が危険にさらされる可能性があったからなのだろう。だが、いくらシュウが見た目頼りないからと言っても、もうトレーナーとしてはそれなりの腕前だ。何より、自分の手持ちポケモン達は加減を知っているからこそ、ポケモンの技を見せたり、ボールの外に出しておくことが出来た。
自分があの子供と同じ立場だったとしても、恐らく、手持ちポケモン達は心配することはないだろう。彼らのほうが、トレーナーに対しての見る目は自分以上にある。それこそ、あのカオスに至っては、危なかったとしても文句を言わなかったかもしれない。

「なぁバンギラス。俺の感覚って、やっぱり駄目なのかな」

小さなため息と共に、彼は、父から譲り受けた、今は亡き母の元相棒を見上げる。バンギラスは即座に首を振った。そして、慰めるかのように、両手と身体をぶんぶんと動かす。見て取れる内容としては「お前の母親だったら怒らずに、むしろ喜んでた」という感じであろうか。
思わず、シュウは笑った。

「そうなのか? っていうか、俺、母さんの話を父さんからあまり聞いたことないんだよな……聞いたら、教えてくれるかな?」

神妙なほど大真面目に頷くバンギラスを見てか、ボールの中のギャラドスやミロカロスも頷いていた。事情は把握できてないイーブイやメタモンも、それに倣って首を縦に振る。そして、バンギラスは上の階を指差した。
シュウは、笑いながら頷いた。

「じゃあ、まずはカオスが朝飯食べに来たら、その話でも聞くか」

気づけば、先ほどまで鬱々とした気持ちが晴れていた。励ましをしてくれたポケモン達に感謝し、シュウは、機嫌が直れば降りてくるであろうカオスのために、コーヒーの準備をしようとして――――ピンポーン、というインターフォンの音が玄関先から響く。

「あ、はい。今行きますー」

つけようとしていたエプロンをその場に投げだして、シュウは玄関へ向かった。



部屋に戻ったカオスは、気づけば部屋の隅に縮こまるように眠っていた。ぼんやりとした頭を数度叩いてから、彼はため息をつく。

『……何で夢の内容なんぞを確認したんだ、俺は……』

あのときはほとんど咄嗟にシュウを殴った。殴ったことで、夢で見たことを全部忘れようと思った。その感触はしっかりと手に残っていたし、名前を読んだ時の彼の反応は、やはり何時もの様子だった。
二度寝から目覚めた頭は、最初に起きた時よりも酷く冷静な物に戻っていた。ついで、忘れていたかのように腹の虫が音を上げる。

『ったく、この俺ともあろう奴が、どうかしてる』

軽く頭を掻いて起き上がれば、最初に起き上がった時に感じていたもやもや感はなくなっていた。
そう言えば先ほど、シュウが、説明は良いから朝飯は食べに来い、みたいなことを言ってたのを思い出す。どうにも、自分を手持ちポケモンとして扱おうとする健気な主人の顔を思い浮かべて、カオスはその場で吹き出した。
考えてみれば、わざわざ、あの少年の事で悩む自分は馬鹿らしいものだ。夢は夢。現実であれば、自分が彼を守れば良いのだ。自分には、その力がある事を、ミュウツー自身が一番よく分かっている。

『んじゃまぁ、朝飯を食べに降りますか』

瞬間。耳に届いたのは、イーブイの悲鳴じみた声と、バンギラスの雄たけび。
ほとんど反射的にカオスは部屋を飛び出した。声が聞こえた場所は、居間ではなく玄関だと分かったのは、既に家の構造を何年も把握しているからか。
そして向かった玄関先は、普段とは違う様であった。
玄関扉は吹き飛ばされており、外の入口は、エスパー技でえぐったと分かる跡が幾つか残っている。戦っていた相手を逃がしたらしいバンギラスは、怒りの矛先を失った瞳を空中へ向けつつ、舌打ちをするかのような苦々しい表情をしている。扉近くにあったらしい花瓶は割れ、入口近くの壁には何か叩きつけたような歪みが大きくあった。そして、その歪んだ壁の下に、少年が倒れていた。

『シュウ!』

周辺の気配を探索する間もなく、気絶したシュウを抱きかかえる。傍にいたイーブイが、おろおろとした表情でこちらを見上げるが、構わず、ミュウツーは少年の頬を叩く。胸が微かに上下しているのを見るに、命に別条はないようだ。しかし、少年の目は覚めない。

『おい、シュウ……! しっかりしろ、おい!』

抱きかかえた体を揺さぶり、カオスは声を張り上げて頬を叩く。
すると――――ゆっくりと、少年の瞼が持ちあがる。黒色の瞳が、ぼんやりと、虚ろな色で、ミュウツーを見上げる。それが夢の中で見た少年の姿と被り、思わず、ミュウツーの身体が強張る。
そして、少年はぼんやりとした表情のまま、

「だれ……?」

首を傾げるその姿は、酷く幼い子供を連想させるようで。
なにも言えず、ミュウツーは呆然と、主人を見下ろした。



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