行きかう人々の間を歩くことは、彼女にとって物珍しいものを目にすることのようだった。
分別をわきまえない行動をするわけではないが、それでも、見知らぬものを目にして好奇心旺盛になる姿は、無邪気で純粋だ。それは、普段から"使命"を胸に抱いて行動している精霊の姿には見えない。
その姿に彼は少し驚き――――そして、嬉しいと思った。
「ジュード、あれはなんだ?」
先程から色々なものに対して興味を示していたミラであったが、銀細工の展示をしている露天にもっとも興味を惹かれたようであった。不思議そうな顔で露店を指し示す彼女に、ジュードと呼ばれた少年はことも何気に応えた。
「あぁ。あれはアクセサリーだよ」
「"アクセサリー"? 身体能力を上げる装備品のことか」
「確かに装備品っていうのは間違いないけど……あれは普通のアクセサリーだね。別に何の効果もないよ」
ジュードの説明にミラは首を捻る。
「効果のない装備品を何故売っている? 持っていたとしても、邪魔になってしまうだけだろう」
「まぁ、確かに邪魔にはなっちゃうけど……そうだなぁ、ファッションだったり、プレゼントだったり」
「プレゼント!」
その言葉に、ミラがぴくりと反応したかと思うと、すたすたと露店の前まで近づく。いらっしゃ〜い、という陽気な商人の挨拶もお構いなしに、ミラはしげしげとアクセサリーを見つめる。
「ふむ。"プレゼント"というのは、"贈り物"という意味があったな」
「ミラ?」
「店主。この"アクセサリー"は買えるか?」
慌てて追い付いたジュードが覗きこむと、ミラは露店の店主に、『二つセット!』と看板に描かれたペンダントを尋ねているらしかった。
店主はと言えば、やってくるなり食い入るように並べられた品を見始めたミラに驚いたものの、後ろからジュードが顔を出したことで、にやりと笑う。
「おっと、お客さん。お目が高いねぇ。こいつは"絆を深める"という意味を持つペンダントなんだよ。二つセットなんだが、今ならお安くしとくよ?」
「え、意味? 絆を深める?」
「では、そのセットを貰おうか」
ミラではなくジュードを見ながらにやにやと笑う店主に、ジュードはおろおろしながら傍に立つ彼女を見上げる。一方でミラの方は店主の説明に一度満足そうにうなずくと、言い渡された値段のガルドを手渡す。
そして(表記された値段よりは確かに安い)値段でアクセサリーを買った彼女は、店主からアクセサリーを受け取ると、いきなり物を買った理由が分からずに目を白黒させる旅の相棒へ向き直り、
「ジュード。私からのプレゼントだ」
突き出してきた手に握られていたのは、たった今しがた彼女が購入したペンダントの片方だった。リボンをモチーフにした銀色のチャームであり、ジュードに突き出したリボン型のチャームは、紐の長さが短いものであった。
突然のことに、ジュードはびくりと肩を震わせ、ミラとペンダントを凝視する。
「ミラからのプレゼント!?」
「なんだ。不満だったか?」
少しだけ残念そうな表情で首を傾げる精霊の主に、ジュードは物凄い勢いで首と手を横に振る。
「そそそそんなことはないんだけど……! いやミラとペアになるアクセサリーなんてすっごく嬉しいし、とても大事にするし、肌身離さず持っているつもりだよ! でも、え、えーと……何で?」
「なに、プレゼントだからな」
そう言って至極当然と言った表情のミラ。意味が分からずに目を瞬かせると、彼女は不思議そうな表情で首を捻る。
「"プレゼント"というのは、日ごろから世話になっている者へ、感謝の気持ちとして渡す物ではないのか?」
瞬間、ミラの後ろに見えていた店主がにやにやと笑っている姿が見えた。一瞬だけ舞い上がった表情のジュードだったが、ミラの説明にほんの僅かに肩を落とし――しかし、すぐに首を横に振ると、プレゼントを持って突き出す彼女の両腕を包むように握る。
「うん、有難うミラ。僕、このアクセサリーを大事にするよ!」
「そうか。喜んでもらえて何よりだ」
微笑む彼女の姿に、ジュードはどきりとして、思わず顔を背けて一人ぶつぶつとぼやき始める。そんな挙動不審ジュードなど気にせず、ミラは自身の首からアクセサリーを提げた。近くにある建物の窓ガラス越しに自身の姿を確認し、一人満足そうにうなずく。
「さて、行くぞ、ジュード。アルヴィン達が待っている」
「え、あ、うん!」
先程よりもどこか意気揚々な様子で歩き始めた精霊の主の後ろを、少年は慌てて追いかけた。
彼女の首から下がったアクセサリーは空から照りつける陽光を反射し、まるで元々あったのかと思うほど、違和感のない位置になっていた。ジュードは自分の首から下げたアクセサリーを見つめ、ミラが歩くたびに小さく跳ねるアクセサリーに目を向け――――ひっそりと笑った。
プレゼントをどうぞ
(後日、精霊の主は自身が戦闘で稼いだお金でもって、パーティメンバー全員分のアクセサリーを購入し、プレゼントした。
喜ぶ女性陣のすぐ横で、ちょっとだけしょぼくれた少年と、その横でにやにやと笑う青年と老人の姿があった。)
110608/ジュード君が片思いで色々振りまわされる話とか楽しそうだなーってそんな感じです。ミラさん男前!的なのをもっと上手く書きたい……。