視線の先にいるのは見えているけど。
本に向けていたはずの視線が、今日もまたいつの間にか彼を追っている自分に気づいて、少女は無理やり視線を明後日の方向へ投げる。
それを見ていたらしく、傍でからかいの言葉を投げてくる中年男性を以下省略による魔術連発の嵐で葬ってから、もう一度、視線を本へ落とす。しかし、ただ見つめる視線の先にある文字は、ただの記号の羅列でしかなく、何時もなら陥るはずの思考の渦は、必要な時に限って訪れる時期を忘れている。仕方なしに、己の欲に従って、素直に視線を向ける。
窓の外に、彼はいた。
青年は、最近、戦闘に赴く回数の少なさを気にしてか、自主的なトレーニングをしていた。傍には特に誰かいるわけでもなく、ただ黙々と、自らが定めているらしい日課をこなしている。
彼の視線はいつも、別のところに向かっている。
此方が向けても、気づいているのかいないのかは、声をかけても分からない。
読み終わっていない本を片手に、彼女は傍の窓から身を乗り出す。
「ねぇ」
「何だ?」
素振りは続けている。視線は彼女の方へ向いていない。
「それ、楽しいわけ?」
「体動かさないから鈍ってしょうもないしな」
恐らく肯定と思しき反応。視線は前方で見向きもしない。
少しだけ言葉に悩み、
「誰か誘わないわけ?」
「なら、リタもやるか?」
思いもかけない誘いに、目を瞬く。
「あた、しは……」
口が重い。
あと一歩な気がする。
粘つく口内が水分を欲する。
乾いた喉が掠れた声を絞り上げようと、更に身を乗り出して――――彼の視線の先が見えた瞬間に、もう言葉は出ていた。
「……疲れるから良いわ」
「お、流石に天然姫と違って、普通に承諾しないか」
「あんた、あんましエステルをからかってたら、あのフレンって騎士から痛い目見るわよ」
一応、笑って流すことは出来ないくらい可能性があることなのか、濁すような声を洩らし、彼の視線が、やっと、先ほどとは違う方へ向かう。
それでも、自分の方へ向く様子はない。
首を緩く振ってから肩をすくめ、少女は窓から体を離して、先程は本を読んでいた位置に移動しようとする。
「おい、リタ」
振り返ると、彼の視線がいつの間にか自分の方へ向いていたことに気づく。
心臓が跳ねて、思わず口ごもる。
「な、何よ……?」
「オレに興味でもあるのか?」
突拍子もない質問に目を瞬くと、両腕を首後ろに回した青年が、楽しそうな笑みを浮かべる。
「トレーニングの度にじーっと眺めてるもんだから、熱い視線の理由を聞いてみようと思ってな?」
「そ、それは、その……あ、アンタが視界の隅でうろうろするから、単純に気になっただけよ! それ以外に理由なんてないわ!」
先ほどとは全く逆に、彼から視線を外して顔をそむけたまま、唇を軽く不満げに尖らせて、そう言うと。
ふぅん、と興味の関心が湧いたのかどうか判断できそうにない曖昧な返事と、愉快そうな笑みを返す、彼。
「ま、そんなもんか」
そう言って、青年は再び素振りの動作に戻る。
彼の視線の先には、日課のように、大木に寄りかかって街の子供たちに囲まれたまま寝こけているお姫様の姿があった。
勝てないのは分かっているけど。
それでも止めようがないない心地だけはどうにもならず。
――――結局は、だから、せめて視線の先を少しだけでもずらせないかと思って――――。
視線の先
(視線に気づいて時々にやりと笑う彼が、何とも心をもどかしい気持ちにしてくれて、今日もまた少女の読書は進まない。)
080915/拍手リクにありました「リタ→ユーリの一方片思い」の作品。……のつもりなんですが、何かこう、ユリエス←リタみたいな構想になってないか自分!?(汗)
なんというか、確かにスキットでエステルが「ユーリに乙女心を理解する器用さはありません」とフレンが言ってたとは言うものの、今回は流石に鈍感領域はなさそうだからなぁ。
気づいてても気づかないふりばっかりしてるユーリにやきもきしてるリタ、みたいな図なのか、単純に気になって仕方ないけどそれが上手く理解できずに戸惑ってるリタなのか
……とりあえずどっち書いたつもりかは見た方のご想像にお任せしますorz(ぁ)