その呼び方は違っていたとしても、それはただ一人の人物を指していた。



「エステリーぜ様」

名前を呼ばれて、朝食を済ませたばかりのエステリーゼは、ドレス姿のまま振り返る。
金色の髪に青い瞳、騎士団の階級で言うならば一番下よりは僅かばかり上の位を表す鎧に身を包んだ青年の、忠誠を誓う儀の姿そこにあった。傍らに同様の態勢で頭を垂らして控えるのは、彼に従う術師と剣士である。

「フレン」
「本日は僕らが警護を担当します。何かありましたら言ってください」

柔らかな笑みを浮かべるエステルにつられるように、フレンもまた、その場に膝をついたまま顔をあげ、口元を緩める。

「それでは、この間のお話の続きをしてくれませんか?」
「承知しました。……ええと、どこまで話しましたっけ?」
「この前はフレンの親友の――――そう、ユーリのお話をしていました、です」

その言葉に、フレンが小さな母音を洩らすと共に、若干焦ったような表情を露わにする。傍に控えている従士二人は護衛する少女から出てきた人物名に、揃って怪訝そうな表情をみせる。

「フレン様、彼の話をしていたのですか?」
「あー、ちょっとせがまれてね。ユーリの話ってほら、分かりやすいだろう?」
「ああいう馬鹿の話を聞いてエステリーゼ様が影響を受けたらどうされるのですか。馬鹿は一人で十分です」

二人の従者の呆れた言葉に、フレンはただ困った表情で頬を掻く。エステルが首を傾げた。

「お二人も知っているのですか?」
「知ってるも何も、元は騎士団の一人。ただ、素行が非常に問題だったのですよ」
「実力はまぁフレン様に劣らないのですが、やや独断専行が多かったのです。全く、騎士団としてきちんと自覚をもってればいいものを」
「こら、二人とも。それこそエステリーゼ様の前で話すことじゃないだろう?」

フレンが肩をすくめ、愚痴をそれぞれ呟く部下の肩を軽く叩く。今なお怪訝そうな表情のまま、二人は顔を見合せた後、フレンを心配そうに見上げる。

「上に知られたら、またフレン様が目を付けられます」
「そうですよ」
「だからさ。内緒にしておいてくれるだろ? あと、扉の方の護衛、頼んでもいいかな」

上司の言葉に従士は揃って肩をすくめると、互いに持つ武器を確認したのち部屋に一つしかない扉に向かう。

「では、我々はこれから扉の前で警護及び待機しております。中の方はフレン様にお任せします。我々が感知するのは侵入者の出現時のみです」
「それではエステリーゼ様、失礼します。見苦しいところをお見せして、申し訳ありません」

扉の前で一度振り返り、きっちりとした角度でお辞儀をした後、彼らは部屋を出て行った。
フレンはエステリーゼのほうへ向きなおり、苦笑した。

「すみません。ユーリはその……僕は幼馴染だからもうある程度理解しているんですけど、騎士団時代は結構色々やらかしてたもので」
「色々、です?」
「ええっと、例えばそうですね……この話は、僕がユーリと騎士団に入ってから数ヶ月後の話なんですけれど――――」

傍にあった椅子にエステリーゼを座らせてから、フレンは少しだけ誇らしげな様子で話し始めた。




「エステル」

名前を呼ばれて、起きたばかりのエステルは、軽装のまま振り返る。
黒髪の髪に紫の瞳、黒を主体とした軽装の上からエプロンをつけた青年の、呆れた表情で立っている姿がそこにあった。傍らとでもいうべき足元では、彼の相棒である犬が暇そうな様子で口に銜える煙管を揺らしている。

「ユーリ」
「朝飯がそろそろ出来るぞ。傍に川があるから、リタやジュディと一緒に顔でも洗ってこい」

柔らかな笑みを浮かべるエステルの頭を片手で軽く叩きつつ、ユーリは肩をすくめる。

「今日は何ですか?」
「サンドイッチ、ハムエッグ、あとこの間調達した牛乳に、最近教わったレシピにあったサラダだな」
「何だか、とても量が増えた気がしますね」

その言葉に、ユーリがため息をついて、ちらりと仲間達がいると思しき方向へ目を向ける。やや騒がしい音が――――例えば物を放り投げるとか、呆れたレイヴンのどうでもいい話とか、それに思わず突っ込むリタの声やら、カロルの転んだらしい悲鳴に、ジュディスの呆れながらも鋭い毒舌など――閑散とした森の中ではっきりと響きわたっている。

「面子が増えたら増えるだろうが。全く、食費問題どうしろってんだ」
「でも、その分だけ楽しいですよ」
「反比例して苦労は六倍くらい跳ね上がってるがな」

その言葉にエステルが少しだけ拗ねたような表情をし、ユーリは肩をすくめる。
と、ラピードが無言でぐいっとユーリの服の裾を前足で軽く引き、一度ウォンと吠えてじっと見上げてくる。雰囲気を察したらしい相棒の無言の呆れに、彼は片手で自らの頭を軽く掻いた。

「別に料理の回数が増えたのは良いことだけどな。オレもこの旅で随分とレシピを覚えたし、人数いた方が味がどんなもんか分かるだろ」

エステルが顔を上げる。
ユーリは既に彼女に背を向け、朝食の残りの準備に取り掛かるために歩き出している。
彼女の足元にいたラピードが一度だけウォンと吠える。

傍にあった上着を軽く羽織ったエステルは、笑顔でぱたぱたとユーリの後を追いながら、傍につくラピードと共に仲間達の待つ場所へ向かった。


違う呼び名の示す先


(「――――」

 名前を呼ばれて、エステルは振り返った。自分が戻れない道にいるのを、彼女は確かに悟った。
 ――――酷く、淡い夢を見ている気がした。)

080725/ところで当時はフレンの部下二人をどっちも男性だと勘違いしていたという大馬鹿です。そんでもって二人とも昔から一緒にいたと思ってたという……ウィチルー、何故最初から一緒にいてくれなかったーorz(知らん)