*この先、ユリエスでちゅー描写。ゆるーくR12程度、と言ってみる。


















「だから言ったんだよな……飲むなって」

背負っているエステルが起きないように注意を払いながら、ユーリは階段を上り、酒場の二階にある部屋へとやってきていた。

事態は結局、ユーリが心配していた通り(それは半ば予測されている事態ではあるが)周りから勧められて酒を飲んだ未成年四人のうち、三人がそれぞれ酔う形となった。ちなみにジュディスは元々慣れているのか、平然とした様子で杯を空けていた。
カロルは何度か無理に飲んだためにさっさと倒れ、リタはちょこちょこ飲みながらも、愚痴半分と魔導器の専門的知識に関する話を、一人延々とラピードに言い聞かせている。聞かされているラピードは相槌は打たずに眠そうにしていた。
エステルは当初断っていたが、レイヴンがジュースに酒を混ぜたものをこっそりと飲ませた結果、たった一口飲んだ瞬間に倒れてしまった。後でレイヴンに絶対に説教をすることを決意はしつつも、とりあえずそのままにするわけにはいかないということで、ユーリは店の空き部屋を借りることにしたのである。

板の軋む階段を昇り切り、突きあたりに見える扉を軽く足で蹴り開ける。質素なベッドと小さな椅子とテーブルが一つずつある部屋の内装は、宿屋の部屋そのものだった。テーブルの上には、氷が浮かぶ水の入ったピッチャーと伏せられたグラスが二つ置いてある。
主人の心遣いに感謝しつつ、ユーリはエステルをベッドの上まで運ぶと、背中の彼女を横たわらせ、ついでに自らもベッドに腰掛ける。冷えて汗をかいたピッチャーの取っ手を掴むと、ひっくり返したグラスに自ら飲む分を注ぐ。
窓から零れる月明かりが、暗闇ばかりの部屋の中で、手元をはっきりとさせる。部屋には限られた音しか存在していなかった。グラスの中で水が跳ね返る音、彼の僅かな呼吸音、先端から水が噴き出ることで抜ける僅かに甲高い空気の唸り声、それから――――、

「――――ユーリ」

ピッチャーの先端を持ち上げて、ユーリは振り返る。のそりと起き上がったエステルが、水面の上で花弁を広げた花のように、白い海の上で髪と同じ色を主体とした服の裾を広げ、ちょこんと座っている。起きあがった彼女を視界に収めると、彼は肩をすくめた。

「ああ、起きたか。丁度いい……お前、ちょっと水飲」

ユーリの手の中にあるグラスの水面が揺れ、とぷん、と音を立てる。
グラスの中身がこぼれていないのを確かめてから、ユーリは、いきなり服の胸元を掴んで顔をうずめたエステルに、面を食らった表情をする。

「お、おい、エステル――――」
「ユーリは、良い香りがします」

エステルの言葉に、ユーリの口の動きも止まる。
何か言おうとしたはずの言葉は、あまりにも衝撃的というべきか予想だにしなかった彼女の言葉に、なりを潜めてしまう。エステルはユーリの服を更に強く掴むと、ますます顔を沈めてくる。

「でも、ここ最近……ずっと、そうでした……」
「……何がだ」
「ちょっと違う、香りでした。知らないユーリ、で……なんだか、何となく、胸が痛かった、です」

何となく――彼女が感じている感情と同じものに、何故違っていたかというその理由に――思い当たる節があった。
ユーリはこっそりとため息をついた。後ろ手に持っていたグラスを傍のテーブルの上に置くと、グラスを持つことにより冷えた手で、赤く染まっているエステルの頬を撫でる。

「それな……"嫉妬"なんだとさ、あのおっさん曰く。ま、なんで湧くかは俺も分かんねぇが……。お前の言う"ちょっと違う香り"ってのはあれだ、この酒場にいたから、その匂いだろ」

頬を撫でている手を彼女の頭まで移動してやると、そのまま柔らかな髪を撫でる。服を掴んでいた手が緩み、ゆるゆるとエステルが顔を上げる。火照った顔は熱を持っており、薄らぼんやりとした様子で目を開けている。

「ユーリ」
「何だよ」
「水、貰えませんか」

軽く頷いて、もう一度グラスを取る。手渡そうと彼女の手を上から握ると、酒を帯びているためか、僅かに震え、不安定なのが伺える。ついでに彼女の方は手を離す気がないらしく、ユーリの服を掴んだままだ。
困ったように頭を掻くも、仕方なくユーリはグラスの口をエステルに近づけた。彼女がグラスの端に唇をつけたのを見てから、零れないように気を払いながら、グラスを斜めに傾ける。
喉を鳴らす音が部屋の中に響き、納まりきらなかった僅かな水滴が彼女の唇の端からこぼれ、首筋を通って服の中へと零れおちる。僅かに体を震わせたエステルが唇を離すタイミングで、ユーリもまたグラスを上げる。
体をひねって背後のテーブルにまだ半分ほど中身の残るグラスを置き、ユーリはエステルのほうへ体を向き直らせ、

唇が触れる。
湿気のある柔らかな感触が触れた肌で伝わる。
驚いたタイミングを狙ったように、ほんの僅かに水分が流れ込む。

こくりと喉を鳴らして、それが彼女の方からのキスで口移しであり、向こうから体を離したことで、長く感じられたその時間が何てことのない一分程度の出来事であると悟る。
何も言えず、ただ何とはなしに見下ろしてみれば、赤らめた顔を隠すように、再び彼の服に顔を埋める彼女の姿があった。

「ユーリは、もっと自分の心配をすべき、です。水分が足りないと、倒れるんです」

くぐもった声で、もはや説明なのか文句なのかよく分からないことを口にする。
ユーリは空いている手を伸ばし、考え込むような表情で自らの唇に指先を当てる。水滴が唇を濡らし、先ほどまで思いもしていなかった喉の渇きがいきなり湧き上がる。
もう一度背後へ手をのばし、グラスに残っていた水を喉へ通しながら、視線を下ろす。あからさまに水分が足りずに頬が赤いエステルが、ややぼんやりとした様子で顔を胸元に埋めている。

――――何とはなしに、先程まで分からなかったの嫉妬心にも似た感情が、悪戯心のような、しかし、それよりも性質が悪い気がしないでもない、そういうものが浮かんだ。

「エステル、ちょっと顔をあげれるか」

顔を埋める彼女の頭をいつものように軽く叩きながら、ユーリはそんなことを言う。エステルは不思議がることもなく顔をあげる。視線の先で、彼は丁度グラスに口をつけていた。中の水が彼の口の中へと流れ込む情景が、距離が近いこともあってかはっきりと見える。
そして、僅かな含み笑いを浮かべる彼が空のグラスをベッドの隅に放り投げ、冷えた片手で彼女の首筋を撫でる。びくりと首を竦めた彼女の手が緩んだのを確認すると、もう片方の手が彼女の指先を絡め取る。そのまま一気に距離を縮め、今度は自ら唇を重ね合わせる。

ぼんやりとしていたエステルがほんの少し目を見開くのを眺めつつ、僅かに開いていた唇の間から舌をねじ込ませる。含んでいた水を流し込みつつ、戸惑っていた舌を絡み合わせる。
含みきれなかった水が重ねた唇の間から零れおち、シーツの上に水玉模様を残す。喉を鳴らす音が小刻みに続いたのも束の間で、中途半端に塞がれた彼女の唇からは熱を帯びた吐息がこぼれる。彼女の細い指先に力がこもり、返すように彼が指を更に絡める。
絡め合う舌が水音を奏で、触れた唇が熱を伝え、絡め合わせた手から互いの鼓動が伝わり、言葉のない部屋に色を付加する。
やがて、短くも長くもない口づけは、ユーリが僅かに顔を上げることで終わる。月明かりを受けて銀色に光る糸を舌で舐めとると、ユーリは唇の端を軽く吊り上げた。

「そういうお前こそ、水分が足りてないぜ」

耳元で囁いてから改めて顔をあげ、彼女の首後ろに回していた手で頭を撫でてやる。ふわふわとした感触が手に馴染み、それを楽しむように指を髪の中へと潜らせると、彼女がくすぐったそうに笑い声を洩らす。
気づけば、彼らを照らしていた月は雲に隠れて少しばかりなりを潜めたらしく、部屋をある程度満たしていた光の量が減り、薄暗くなる。

「ユーリ」

呟き、エステルが両腕をユーリの背後へ回して自らの体を密着させ、同じくらいの目線になるように膝の上へと登ってくる。何も言わない彼を見つめる瞳は熱を帯びているが、火照った頬はある程度のおさまりを見せている。


エステルがユーリへと顔を近づける。


互いの吐息が聞こえるのではないかというほどに再び縮まった距離で、光の少ない部屋の中、熱を帯びた視線が交差して――――。





かくんっ、という効果音でも付きそうなほど見事な角度と勢いでエステルの首が下がり、ユーリは自分の肩へと前のめりになる彼女の体を慌てて支える。そのまま寝息を立て始めた彼女を尻目に見るが、既に夢見心地の彼女にそんな皮肉が通用するはずがない。
溜息をつきながらも、ユーリはエステルをはがそうとして――彼女が背中へ回した両手は彼の服をがっちりと掴んでおり、そもそも抱き枕としてしっかりと抱きついてしまっている現状に気づく。
仕方なく壁に寄りかかる形で足を延ばすと、白い海は数日間の溜まりに溜まっていた疲れを引き出させ、エステルの寝息が心地よい子守唄にすら聞こえてくる。温かい彼女を抱いていると、とりあえず毛布をかぶるという考えも起きず、思考が緩やかに停止していく。

「…………別に寝てもいいよな」

数時間前の疲れもある。
数日程度の寝不足もある。
数日のわだかまり解決による安心感による安らぎもある。
深く考えることを止めたユーリは、片手でエステルを抱き寄せつつ、もう片方の手で彼女の梳きやすい髪を撫でながら目をつむった。


結局のところ、事態と言うのは大事に発展していけばいくほど謎を極め、踊らされている者達には終わりの内容を告げられることはない。
観客による第三者の立場での視点から見れば単純な物事だというのにも関わらずである。ただし、今回の第三者というのが誰であるのかというのは分からないが。

とにもかくにも。
こうして、数日間踊らされていた二人の擦れ違いによるワルツに関しては、どうにも欲深いフィナーレを迎えるのであった。


Secret Waltz


(とりあえず、次の日の朝、いろいろな意味で惨劇になったのは言うまでもなかった。)

080808/おやおやおや、な日に完成(違)
終わった後はやっちゃった感で一杯でしたが、最近、他のユリエスサイト見てるとまだまだぬりるいほうなんだなぁ、と実感しました。分かった、次にこういうものを書く時には、もっと頑張ってみる(頑張るな)