「ワフッ」

ぼんやりとベッドに寝転ぶしか出来ない自分に呆れていると同じように、相棒がため息にも似た声を洩らす。
どんなに振ってみても測温魔導器(サーモブラスティア)の表記温度は変化ない。
つまるところ、熱があること確定の体温。

「オレ、無理した記憶ないんだけどな」

ぼそりと寝転がって呟いてラピードを眺めてみれば、あからさまに「嘘つけ」と言わんばかりの表情。脳裏に、数日前の水道魔導器(アクエブラスティア)の修理までのびしょ濡れを思い出してしまうと、視線はそのまま虚空へと彷徨う。

「ま、動けなけりゃそれで何もしなくていいんだけど、なぁ」
「ユーリ、大変だよ!!」

階段を駆け上がる音が、普段以上に全身に響く。音を立てて開いた扉から飛び込んできた少年は、寝転がっていたユーリの腕を引っ張る。

「何かさっきやってきた兵士が、下町の取り立てとか言って、広場で暴れてて……!」
「あーあー、分かった分かった。とにかく休むなってか、おい……」

頭を軽く掻いて武器を手にしようとすると、ふと、手のひらに湿った感触を感じる。視線を向ければ、相棒が、彼の手に武器とアップルグミを押し込んでいる。
そして、普段よりも珍しく率先した様子で立ちあがった彼は、主人よりも早く部屋を出ていってしまう。向かった先は、恐らく広場だというのは、すぐに見当がついた。
呼びにきたテッドもまた、いつもより積極性があるように感じたのが、ラピードの様子に驚いた表情をしていた。

「ラピード、さっさと行ったけど、どうかしたの?」
「ん、さてな。……んじゃま、ちょっくら行ってくるか」

誤魔化すようにアップルグミを口に突っ込み、手を振って立ち上がると、ユーリは素早い足取りで階段を駆け降りた。




「ユーリ、無茶しないでください!」
「いや、別に無理して――」
「外傷的な怪我なら治癒術で治せますけど、熱とか風邪には治癒術ってあまり効果ないんですから! なのに……何で、ちゃんと言わなかったんですか」
「お前なぁ……そもそも、魔物の襲撃は突発だろう。あんな状態じゃ、言う言わない関係ない」
「ユーリが言ってくれてたら、私がユーリを守ります!」
「女に男が守られたら立つ瀬がないだろーよ」
「そんなことないです。ユーリが無茶するほうが困ります。風邪がこじれて大変なことになったらどうするんです」
「そん時はそん時で……」

適当な押し問答は先程からずっと続いている。
熱を帯びた吐息を吐き出すと、貯めこんでいた疲れが少しだけ楽になったような気がするものの、根本的な熱が引いたとは全く思いもしない。

「とにかく、今日はもう寝て下さい。結界の中にある街ですから安全ですし」

エステルが困った顔をしてそう締めくくると、両手を組んで術を唱える。彼女の体が僅かに光り、暖かな光が体を包み込む感触はいつもの治癒術で、やはりいつものように体が少しだけ楽になる。

「リカバーとファーストエイドを唱えてみたんですけど、やっぱり根本的な病気はユーリがちゃんと治して下さいね」
「大体オレ、無理した記憶ないんだけどな」

ぼそりと呟いてエステルを見ると、彼女は――くすくすと笑っていた。半眼で見上げると、エステルは小さくわびの言葉を述べる。

「だって、ユーリの言う"無理"の基準、私にとっては"無茶"にしか聞こえないんです」
「無理も無茶も一緒だろ」
「無理は物ごとを行えないこと、無茶は物ごとを行うけど無謀なこと、です」

彼の頭の上に乗せていたタオルを取り上げ、氷の詰まった水を張ったタライで水分を含ませてから、再び絞ったものを乗せる。
ふと、彼女は自らの手を眺めると――ほっそりとした手でもって、彼の両頬を抑え込むように挟む。冷えきった手の存在に思わず目を瞬くと、エステルが小さく笑う。

「気持ちいいです?」
「…………ああ」

視線を合わせずに、彼はぼそりと肯定の声を洩らした。


無茶も通せば無理になる


(無ければないだけど、有ればあるで問題なのかもしれない。)

080926/ところでエステルの熱云々はフライングでやった時は違和感なかったのですが、プレイ後の今にユーリの看病ネタをあげてみると恐ろしく違和感あるのは何故ー?と思って描写して気づいたのは、要するに風邪をひいたらファーストエイドとかで治せないかな、ってところでした。で、前に見たことあるスキットから判断するに、少なくともヴェスペリアで使われる治癒術は外傷的なものを治すものであって、内部の病原菌といったものを死滅させるわけではない、ということ。確か分かりやすいスキット(ユーリがレイヴンに「おっさんは若い俺の雄姿に憧れて悶え休んでろ!」とかなんとか(?)造語を言った物)で傷と体力は別、みたいなことを言ってたので。そーいやあのスキットでユーリが「いや? エステルが治癒術使って、傷治してくれてるし」と言った瞬間はかなり悶えてたなぁ(笑)