木の葉の上を跳ねる雨音が、小さな足音のように響いて聞こえる。
それらがいくつも重なりあうことで一つの音階を作りあげ、心地よい音が耳に響く。

「雨、止みませんね」
「そうだな」

大きな枝葉で天蓋を作る大樹の足元。
樹木の根元に腰をおろしていたユーリは、自らの剣の上に油を垂らした布を滑らせる。すぐ傍には、同じように腰をおろしたラピードが、退屈そうに一つあくびを零す。
目の前を落下していく雨粒を眺めるエステルの声は、心なしか弾んでいた。

「音がとても綺麗です。まるで、音楽みたいですね」
「森の中で水を上空へぶちまければ、幾らでも聞けるぞ」

平然と言って肩をすくめ、彼は先端に布を被せる。ちらりと目を向ければ、エステルの表情が心なしか沈んでいた。特に気にせずに作業に再開しようとし、ふと、相棒の視線に気づく。ラピードの呆れたのがはっきり分かる視線に、ユーリはため息をついた。

「雨は城にいても見れるだろ?」
「お城で聞く雨音とは違いますから。それに、お庭にいようとすると、部屋に戻されていまいますし」
「そりゃまぁ、この前みたいにぶっ倒れるようじゃなぁ……」

片手で刀身を包んだ布を動かしつつ頭を掻くと、苦笑した吐息が雨音に交じる。

「ユーリは雨が嫌いですか?」
「濡れるからな。服を乾かす手間が面倒だ。――そういうお前は、雨が好きなのか?」

話を振ってやると、エステルが嬉しそうに笑うのが見えた。

「ええ。冷たくて気持ちいいですから」

そう言って、彼女が外へ手を伸ばす。白くほっそりとしたその指先が、降り注ぐ雨粒で軽く濡れ――、

「っくしゅん!」

生理的な動作に口元を押さえ、彼女は体を震わせる。ちらりと、外から大木の下に座る彼のほうを見つめる彼女の顔は、心なしか赤くなっていた。
ユーリは軽く頭を掻くと同時に剣をその場に置き、片手でナップザックを漁る。未だに頬を赤くしたまま押さえているエステルが、不思議に思いながら首を傾げ――――彼女の前に、毛布が一枚突き出される。

「風邪ひいて倒れられると困るから、お前、もうこっち来て休め。後、これ羽織ってろ。少しは温かくなるだろ」

ちょいちょいと毛布を掴んだ手を上下に揺らすと、エステルが頬から手を離し、嬉しそうに頷く。とことこと歩み寄るなり彼から毛布を受け取ると、隣に腰を下ろす。長く大きな毛布に軽く身を包み、そうして余った裾を掴むと、彼女はユーリの肩の方へ自らの華奢な腕を回した。振り払いはしないものの、ユーリは半眼で呟く。

「……何やってんだ?」
「え、あの、大きいですから、ユーリも一緒にと。ラピードにも掛けてあげた方がいいのでしょうか?」
「いや、別にラピードは雨濡れても平気だし、そもそも俺には暑苦し――――」

そこまで言って、ふと、見上げてくる彼女の視線を感じる。どこか寂しそうで、強請っているような気がしないでもない、そんな連れの少女の表情。
――――結局、数秒もしないうちに彼は折れた。

「好きにしろ……」
「あ、では、好きにしますね」

嬉しそうに寄りかかりつつ、毛布に包まったエステルは、剣の手入れ作業を再開した――とはいっても、彼女が頭を乗せていない片腕だけで、だが――ユーリの肩に頭を乗せ、ただ降り注ぐ雨を眺める。ラピードがもう一度、つまらなさそうにあくびをした。


流れる時の中で


(やがて天街の隙間から零れる光が眠る少女を照らし出すまで、彼はただ、森の音に耳を澄ませていた。)

080703/フライングストーリー第一弾。どっかの森の中。まだゲームをやらずに公式発表のものだけしか参照にしていないので、口調があってるかどうか、やや心配な気がする……orz