【名前の存在】

「ねぇ。レディは何でレディって名前なの?」
「そうですわねぇ。周りの皆さんが、そう呼ぶからですわ〜」
「そうなの、アルーグ?」
「さて。当人がそう言うんだから、そうなんだろうよ」
「レディ、というと、何だか『お嬢さん』って響きですね」
「えぇ! ワタクシは、お嬢さん、ですからぁ」
「ん……? でも確か、レディさんってお城のお姫様……って痛っ!!! ちょっ、アルーグさん! い、いきなり蹴り飛ばすなんて……!!」
「買い物を忘れてたんだ。おら、行くぞ」
「だからって蹴り飛ばさないたっ! 痛いですスミマセンごめんなさいだからあああ帽子だけは勘弁して下さい〜……!!」

*****

「それでえーっと……僕、何か悪い事しました?」
「名前無いんだよ、アイツ」
「え……? で、でも、皆さん『レディ』って」
「『お嬢さん』ってのは、名前知らない相手を指す時に使うだろ。それと同じさ。本当の名前は、もうないそうだ」
「魔法の代償、ですか」
「らしい。リゼいわく、最初の魔法の代償、という物の中にあったんだと。誰も、アイツの本当の名前を忘れちまった。だが、名前が無ければ不自由だ。だから、お嬢さん――レディなんだとよ」
「アルーグさんは、それでいいんですか?」
「いいも悪いも、当人がそれを自分の名前だと認識していれば、それが名前だろ」
「そりゃそうですけど……。僕たち、天魔や精霊にとって、名前は命です。名前が縛られることは、命を握られているのと変わりありません。人間にとって、名前っていうのは、そんなに軽いものなんですか?」
「随分と大げさだな。じゃあ何か、お前の名前にも意味はあるのか?」
「当然です! というか、ファーストっていうのは愛称で、実際の名前はもっと長く高貴な――あ、ちょっとアルーグさん、置いてかないで下さいよ〜!」

*****

「……レディ」
「はい。なんですか、アルーグ」
「『名前』って言って、思い出すことはあるか?」
「んー……アルーグはアルーグで、ペコちゃんはペコちゃんで、ファーストさんはモミーさん」
「は?」
「よく顔を出しに来てくれる方はオカマさん、その傍に居られる方がフランさんで、精霊王様はフラワー様、天魔王様はラプサン様!」
「あー。いや、俺が悪かった。別に周りの奴らの名前を出せとは」
「ワタクシ、みなさんのお名前を呼ぶのが好きなんですのぉ。だって、皆さん、とても素敵な響きなんですよ〜」
「お前は、自分の名前が嫌いなのか」
「アルーグは、名前を呼ばれるのはお嫌いですか?」
「何度も呼ばれていると、割とうざったい」
「うふふっ。アルーグらしいです。ワタクシは……呼んでいただければ、それが一番嬉しいんですのぉ」
「そこに、どんな意味が、感情が込められていてもか」
「えぇ。だって、用事があるから、名前は呼ばれるんですよ」
「そういうもんかね」
「他に、何かありますか?」
「レディ」
「はい。なんですか、アルーグ」
「……呼んだだけだ。気にすんな」

(首をかしげる少女の頭を適当に叩いて、彼は軽く肩をすくめる)