観察の話(偉人契約のために各街を訪問中)

 そこまで深くはない森の中、二人の話し声が響く。

「ひとまず、野宿用の薪はこんなもんか。なぁヨミ、今日の夕飯、なんだろうな」
「あっ、き、聞いていないです、すみません……」
「あー、別に聞いてるかどうかとかじゃなくて……ヨミは食べたいものとかないのか?」
「えっと、タツヤさんが食べたいものはないんですか?」
「俺? うーん、今食べたいもの……食べたい…………あぁ、ウサギっぽい物の肉」
「う、ウサギですか!? それはえっと……お、美味しそう、かも、しれないですね」

 何となく見慣れた少女風な姿の少年ヨミと、前衛ごり押し少年タツヤの会話を、ワタルは少し離れた位置で見物していた。
 出会ってから共に旅をしている日数は、決して長いわけではないが、知り合ったばかりというにはそれなりの日数を伴っている。
 それでもワタルにとって、自分以外の他人を観察するのは、習慣であり癖みたいなものだ。
 そんな調子で本日観察しているのは、年の若い少女服の少年なのだが、

(あれは、唯々諾々としているうちに、弄りと称してイジメられるタイプだろうなぁ)

 自分が学生の頃は、そういった加害者側になることも、ましてや被害者になることもなかった。
 学校と言う閉鎖空間でのカースト制度は無意味だと思ってはいたが、郷に入れば郷に従えの文化に反発するほど、やる気があるわけでもなかった。結局のところ、大多数の一般人同様、他人に唯々諾々と従いすぎず、変に威張り散らす者には近づかないを実践していただけにすぎない。
 ただ、だからといって見てみぬふりも後味が悪いからと、ついつい教師への告げ口や、場のとりなしを行っていたことも、無いわけではない。

(と、自分の行動を正当化したところで、結局のところ、関わるのは面倒くさがってたんだよね)

 ぼんやりとそんな事を思っていると、話をしていた前衛少年がこちらを振り向き、ひどく呆れた目を向けてくる。

「おい、インテリアホ眼鏡。薪拾わないで、何をぼけっと見てんだよ」
「おっ、たっちゃんからのあだ名がバージョンアップしてるってことは、遂に親密度アップ!?」
「いや誉めてねぇから」

 べしっと突っ込まれつつもへらりと笑みを返し、そのままヨミにも軽く手を振ってみる。
 ヨミはびくりと怯えた表情を隠しきれないまま、側にいるタツヤの衣服を掴んで彼を見上げるので、タツヤの視線が更に厳しくなる。

「お前、まさかこいつにも何かしたのか……?」
「いやいや、俺は特に何もしてないよ。ってか、も、って何!? 俺、基本的に人畜無害だから! ねー、ヨミ君?」
「あっ、えっと…………そうですね。はい」

 視線を僅かに泳がせて曖昧な表情を浮かべるヨミに、タツヤとワタルは顔を見合わせる。

「やっぱりお前、なんかしただろ、こいつに」
「うん。無いはずの罪悪感だけは感じるかも」
「みんなー、夕食の準備が出来たよー」

 遠くから聞こえてきた明るい少女の声に、ひとまず話はお開きとなった。

*****

 夕食後。
 全員が一通りの片付けをし始めるころ、ワタルは何とはなしに最年少の姿を探す。
 意外にも、その姿は仲間たちの周囲には見当たらず、そのまま周辺の木陰を探すように散策して、

「っ!? ワタル、さん……?」

 いた。
 周囲の木々の中では比較的大きい木の根元に、少女姿の少年がひとり、ぽつねんと木に寄り添っている。周囲があまり明るくないので、もしも隠れているつもりだったとすれば、かくれんぼの天才として、同年代の中でも称賛を浴びることは出来たかもしれない。
 なるべく警戒されないようにと、ワタルは片手を低めの位置で振ってみせる。

「ヨミ君、大丈夫かい? あっ、話もしたいから、とりあえず近付いても良いかな」
「えっ、あ、はい」

 何故そんなことを聞くのかという不思議な顔をされ、ワタルは胸中だけでほっとする。少なくとも、本当に怖がられている訳ではないようだ。
 誰かがくれば間に入ってこれるような微妙な隙間を空け、ワタルはヨミの隣に腰かける。
 そのまま、二人して暫く無言となる。木々を抜ける夜風の音は心地よく、耳を済ませているだけで、そのまま意識を落としてしまいそうになる。隣のヨミは、来てから黙りっぱなしのこちらを気にしてちらちらと視線を向けてくるが、ひとまず知らないふりをして黙っておく。
 しばらくして、少年は意を決して訊ねてきた。

「えっと……ワタルさんは、何か用事があったんですか?」
「うん? 最初に言ったよ。ヨミ君、大丈夫かい、って」
「大丈夫、っていうのは、その……どういう、意味ですか?」
「どういう意味だと思う?」

 質問に対して質問を返す、というズルい大人の見本みたいなことをしてみるが、ヨミは特に疑うことなく頭を捻り、考え始める。やがて、彼は恐る恐るといった調子でこちらを見上げる。

「体調的な意味、ですか…?」
「そんなところかな。どんな感じ?」
「えっと、普通ですけど」
「それは上々」
「……結構、あいまいな言い方なんですね」

 不安そうな顔で僅かに不満そうな声を漏らす彼に、片眉を上げて見下ろす。それに気が付いたのか、慌てて取り繕うように笑おうとしたヨミに、人差し指を突きつけて笑う。

「まぁまぁ。なんとなく胡散臭そうだなーと思ったら、顔に出して良いんだよ。ほら、たっちゃんやめーちゃんは、俺にいつも面倒な顔向けるでしょ? ナナミちゃんだって、面倒だなーと思ったら苦笑いはするでしよ? だから君も、そんなに周りを気にするもんでもないよ」
「そういうもの、ですか?」
「そーいうもの。周りを気にする仕事は、俺と王子様位で充分。まぁ、王子様の方は立場ってのもあるけどね」

 自分とは異なる形で人を掴ませない性格の王子様は、人の上に立つ以上、自分よりも更に複雑な修羅場をくぐってきているだろう。それこそ、人の顔色を伺うどころか、自分の感情すら誤魔化してしまっているかもしれない。一方で目の前の少年の場合は、まだ人の様子とそこから自分がどのように見えるのかを気になっている位のようにうかがえる。ヨミは困惑した表情で見上げてきた。

「ワタルさんも、周りを気にしているんですか?」
「おっ、鋭い発言だね、ヨミ君。そうそう、そんな調子だな」
「えっ!? そ、その、ごめんなさ」
「そこは喜ぶところだよ、俺なりに褒めてるからさ。――まぁ、俺は色々と人付き合いと観察が好きだから、それなりに気にするようにしてはいるってだけだよ。でも、そういうのはもう少し酸いも甘いも学んでからでいいわけ。ってことで、 とりあえずヨミ君は、思ってることを顔に出す練習からしよっか」

 そういうと、彼は神妙な顔で頷きつつも、少しだけ眉を顰める。

「は、はい……。でも、どうやって練習したら……」
「まぁ、そこらへんの適任、君の傍にはもういると思うけどね」
「適任?」
「おーい、ヨミちゃーん、どこいったんだー!」

 そこそこ離れた位置にも関わらずしっかりと聞こえてきた少年の声に、ヨミが目を丸くし、ワタルは片眉をあげる。

「おっと、丁度いいところにセコムの登場だ。俺はもう行くよ。ネム君呼ぶけど、良い?」
「え、あ、はい」

 流れるように問うと、ヨミがこくこくと首を縦に振る。
 首を振ったのを確認して立ち上がると、走り寄る音に当たりをつけ、音のするほうへと顔を覗かせる。と、見慣れた少年が、少しだけ険しそうに辺りを見渡している姿が伺えた。声をかけて近寄ろうとする前に、こちらに気が付いた少年が慌てて歩み寄ってくる。

「あっ、ワタルさん! ヨミちゃんをどこかで」
「実は、ちょっとお話しようか、ってこっちに連れ出しちゃっててさ。んで、今はそこの木陰で休んで――って、あー、えーとごめんね。と、特には何もしてないから。ね、ね?」

 眉間に皺が寄っていくネフィリムに、ワタルはどうどうと宥める様なポーズをとりながら謝る。彼は半眼のままため息をつく。

「ワタルさん。あんまり、ヨミちゃんに変なことを言わないで下さいよ」
「具体的には?」
「具体的って言われると難しいですけど……とにかく、変なことです」
「はいはい、気を付けますよ。ほら、そんなことよりもヨミ君を迎えに行っておいで」

 訝しげな顔を向けられ、降参だといわんばかりに両手を上げつつも、先ほどまでヨミと話をしていた場所を指し示してやると、彼は一目散に木陰へと走り寄っていく。軽く聞き耳を立てていると、最初こそ少しばかり騒がしい感じだった二人の会話が、穏やかなトーンになったのを確認して、さっさとその場を離れる。
 ちらりと視界の端で捉えた先、少しばかり困った表情のヨミと上機嫌で楽しそうに話をするネフィリムの姿が伺え、思わず肩をすくめる。

「俺もまだまだ、観察が甘いみたいだな。ちゃんと出してるじゃないか、顔に」

2016/9/17
>ヨミ君、ネフィリム君、タツヤ君、(ほんの少しだけですが)ナナミちゃんをお借りして!
最年少ヨミ君を心配しつつ、ネフィリム君と一緒に成長していく彼を凄く見守っていきたいと言いますか……!
ああっ、ヨミ君可愛い……!(語彙力orz)
ワタルとしては、少しでも不安ばかりでヨミ君が暗くならないように、混ぜっ返したい感じでちょっかいを出している感じです((