強いポケモン弱いポケモン、そんなの全く関係ない。
自分で好きなポケモンを好きなように育てるのが、本当のポケモントレーナー。
――――しかしながら、戦闘における優劣というのは、極めて現実的である。
「っ――――!!」
男の一人に強く蹴飛ばされれ、少年は裏路地の壁に叩きつけられた。肺に詰まっていた酸素どころか、胃の中のものまで逆流しそうになるが、叩きつけられて焼けるように痛い喉がそれを許そうとしない。同時に、腰から提げていたモンスターボールが転がり落ちる。
「おいおい、ガキ相手にそんな本気で蹴っていいのかよぉ〜」
「けっ、いいんだよ。要は勝てればいいのさ、勝てれば」
「容赦ねぇな〜。っと、なんだ、出したのも貧弱だけど、手元はもっと貧弱だな」
その場に散らばるボールを吟味する男の一人は、にたにたと下劣な笑みを浮かべつつ、足もとにいる存在を強く踏みつけている。紫色の体に特徴的な長い前歯、先がくるりと丸まった尻尾は、体と共に地面に踏みつけられている。この世界では"コラッタ"と呼ばれる種族は、もはや戦闘不能を通り越してぐったりとしていた。男が前に出ると、重心が移動したために、体に伸しかかる重みが増え、コラッタが弱々しい声で悲鳴じみた声を洩らす。
「コララ……! ぁっ……かえ……せ……っ!」
「うるせぇ! ポケモンバトルに負けた奴は、勝者の言うことを何でも聞く必要性があんだよ。――ヘルガー」
少年を蹴とばした男の声が、トーンを押さえた低いものになる。同時に、ヘルガーと呼ばれた存在が暗闇の中から躍り出てくる。
闇の中では身体すら同化してしまいそうな黒い身体の背には、骨の様な物がはまっている。紅色の瞳が少年を一睨みすると、頭から生えた曲線を描く角を突きたて、先端が矢じりの形をした尻尾を立てて、唸り声をあげる。悲鳴を上げることも出来ず、少年は引きつった声を洩らし、目の前のポケモンから目を逸らす。
その様子に、男達が嘲笑うような笑い声を上げる。
「傑作だよなぁ。こうやってトレーナー狩ってりゃ、自分でポケモン捕獲する必要性ねぇし」
「ま、その分弱いのが玉に瑕、ってか?」
「どうせ売り飛ばすからいいんだよ。なぁなぁ、こいつなんかは、きっと個体値が高そうだぜ?」
転がるボールの中のポケモン達は、外に出ている主人の様子に心配するも、男達の手持ちであろうヘルガーに一睨みされ、すぐに縮こまってしまっている。コラッタを踏みつけていた男は、転がっていたボールから収まっていたであろうものを見つけると、勝手にボールへと収め、懐にしまい始める。
「あっ……ぼ、僕、の……!」
「お前の物は俺の物。負けた自分を恨むんだな。――ヘルガー、そいつに一発かましてやれ」
絶望的な表情の少年の前で、男同様にヘルガーが肉食獣特有の勝ち誇った笑みを浮かべる。そして、鋭い歯が並んだ口腔に、紅色の火球を作りだす。震えることしかできずに、今にも泣きそうな少年の前で、エネルギーをため終えたヘルガーの"火の粉"が――――、
「ギュガァアアアアアアアアアァアアッ!!!!!」
咆哮の様な声に男達が振り返った瞬間、彼らは吹っ飛んできたヘルガーもろとも前方へと吹き飛ばされていた。
「な、何だぁ!?」
ヘルガーを吹き飛ばし、挙句、男達三人をまとめて吹き飛ばした存在は、少年の前に立っていた。
蒼い怪獣だった。背中や腕にはサメヒレの様な形状の翼、二の腕と腿から生えた牙の様な突起が、刃のような長い爪先とあいまって、相手を威嚇するには十分すぎるほどの脅威を見せる。黄色の瞳は男達を睨みつけ、獰猛な唸り声が白い牙が並ぶ口から零れる。
「ガブリ……アス……?」
「大丈夫か、坊主」
ぼんやりとポケモンの名前を呟いた少年は、いつの間にか、自分の上に小さな影が二つさしているのに気づく。声をかけたのは、そのうちの一つ、人間の形をした影だった。黒い髪に黒い瞳。これと言って特徴的でない青年である。その隣、もう一つの影の主が――卵の様な体系をした真っ白い身体からは、丸みを帯びた羽が生えている。腹部には赤と青の三角模様が散りばめられており、頭からは生えている三本の体毛の先端は、赤、白、青で分けられている―――ふわふわと浮いている。
青年は、ガブリアスの傍に横たわっているコラッタを抱きあげ、少年の傍に置いてやりつつ、ちらりと男達へ目を向けた。
「あんた達、こんなことして恥ずかしくないのかー?」
「へ……へっ! 他人が他所事に口突っ込む気――――」
「ガアアアァッ!!!」
男の言葉を遮る様に、少年の前に立ちはだかっている蒼の大型ポケモン――ガブリアスが吼えたける。今にも襲いかからんばかりの獣の咆哮に、男達が揃って悲鳴をあげ、先程まで少年を威嚇していたヘルガーすら、身体をこわばらせてどうにか威嚇し返している。
青年はというと、小さくため息をつき、ガブリアスの肩を軽く叩く。
「ユリア、ストップ。――――とりあえず、この子からとったボールを返してもらおうか。後、他の人から奪って横流ししたボールのありかもだ」
「そ、そんなの分かるわけねーじゃん! うっぱらった物の場所まで把握してるわけねぇだろ!」
「なら、まずはこのこのボールからだ。それから、まとめて売った人間の名前、教えてもらおうか」
青年はややけだるそうな様子で頭を掻きつつ、男達の方へ手を差し出す。その様子に、彼と会話をしていた男性の一人が目を細め、それに合わせて、残りの男達もにやりと笑う。
「……――ボールを返してやるのはいいが、俺達を起こしてくれよー。こんな風に重なり合っていたんじゃ、ボールを懐から取ろうにも取れやしねぇ」
「自分で起き上がれないなんて、幼稚園児でもマシと思わないのかー?」
「っ…………アンタのその狂暴すぎる相棒の所為で、手足が痺れて動けねぇんだよー」
少し間があることで、間延びしたような会話の応酬。ユリアと呼ばれたガブリアスが、男達の言葉に今にも突進しようとする動きを見せるも、もう一度主人に名前を呼ばれ、渋々と爪先を下ろす。
軽くため息をついた後、青年は重なり合う男達の方へ歩き出し、付き添う様に、卵型の白いポケモンも動きだす。そして、男達との距離を一メートルほど、重なる様にして倒れている彼らの前で唸り声をあげるヘルガーと距離を置いたまま、青年は声をかける。
「助けてやってもいいが、そのヘルガー、その場から動かしてくれないか? あんまり傍で唸られていても困るんだけど」
「ああ、分かった。ヘルガー、その場から――――スモッグ!」
瞬間、漆黒の獣の口から黒い霧が吐き出される。強烈な異臭を伴う匂いが、毒素を含んだ霧と共に、その場に立っていた青年と浮いていたポケモンを包み込む。しかし、男達のいる方向へはスモッグが流れない。前方から僅かに流れてくる風によって、男達は全くスモッグの被害に合う様子はなかった。
驚きで少年とガブリアスが目を見開いている前方、男達は何事もなかったかのようにその場で立ち上がった。
「ケハハハハッ! 随分とアマちゃんだなぁ、オイ! ポケモンが人間を攻撃しないなんて思ったのか?」
「今の時代、トレーナーを攻撃してなんぼ。勝てりゃいいんだよ、なぁ?」
「そっちのガブリアスも大人しくしてろよぉ。お前が駆け寄るよりも先に、気絶してぶっ倒れている主人を盾に出来るんだからなぁ!」
その言葉に。
ガブリアスは肩をすくめた。そして、スモッグの余りが来る前に、その場で動けないでいる少年とコラッタを抱きかかえると、路地の頭上へと飛び上がる。その様子に、三人の男達どころか、抱きあげられた少年ですら、思わずぽかんと口を開けてしまった。そして、
「確かに。戦略的にはそういうものだよな」
「「「!?」」」
声はスモッグを直接吹きかけたであろう対象がいた場所からだった。黒い霧が薄れ、何事もなかったかのように立つ青年と、白いポケモンの姿を露わになる。スモッグは、彼らの周りだけをすっぽりと切り取ったかのように背後へと流れていた。
「ただし、流石に一週間で同じパターンを二度も受けていないことを前提、だけど。――ゼルマ、でんじは」
ゼルマ、と呼ばれたポケモン――トゲキッスが一鳴きすると共に、身体全体から放出された電撃がヘルガーを直撃。キャンッ、とか細い声をあげて倒れるヘルガーの後ろでは、既にこちらを見向きもしないで路地出口へ走り去ろうとする男達の姿があった。
「くそっ! 何なんだ、アイツ! 今どき正義の味方なんぞ気取っ――」
ドンっ、と何かにぶつかる音と同時に、男は自分の体がその場で尻もちをついたことに気づいた。焦燥と苛立ちの中で、微かに、ぶつかった相手を人質にすればいいのでは、という考えが思いつく。素早くその場で立ち上がると、男は、周りで自分と同じように尻もちをついて、"恐怖で顔を真っ青"にしていた仲間二人から目を放し、前方へ顔を向けつつ手を伸ばし、
ゴンッッ!
手が弾き返される、どころか、指先から痛みを伴った感触。慌てて手を引っ込め、同時に、男は自分の目の前の存在に、仲間達の表情の理由に気づいた。
先程のガブリアスが蒼の細身恐竜ならば、こちらは緑の巨大怪獣と表現すべきか。太い腕と足がそれぞれ二本、分厚く長い尾が一本、背中には棘の様なものが生えており、見た者を圧倒させるほどの大きな巨体によって生み出される影は、三人の男達の姿をすっぽりと覆う。男の手は、そのポケモンの固い鎧とでも言うべき表面に弾かれたようだった。怪獣の様なそいつは、何も言わずただ黙したまま、じっと男達三人を見下ろす。それだけで、彼らの誰もが動けないでいた。
やがて、立ち上がっていた男がその場で崩れ落ち、地面に手を突く。路地裏に響く足音に振り替えると、ポケギアを持って近寄ってきた青年と目があった。
「は、反則だ! こんな……こん、な……強い、ポケモン、なんか……!!」
「反則だろうと何でもいいだけどな。それより――」
そう言って、青年は再び手を差し出した。男達の前に立ちふさがるよろいポケモン――バンギラスが、無言のまま、その重たい身体を一歩前へと前進させ、距離を縮める。
「ボール、返してもらおうか。あと、売った奴の名前」
「何で……何で他人事なのに、そん、な、に……首、突っ込むんだよ! お前には、かかか関係、ない、だろ……!」
青年が困ったように軽く頭を掻き、ふと、バンギラスの方へ目を向ける。無言のまま頷くバンギラスに頷き返してから、彼は小さくため息をついて、
「ガイア、ストーンエッジの準備」
ガゥ、と、やはり控え目な声でバンギラスが声を洩らす。同時に、アスファルトを割って、男達の周りに酷く鋭利な尖端の岩が浮き上がり、ぎょっとした様子で彼らは目を見開いた。
「なっ!?」
「アンタ達の言葉を借りれば、要は"勝てば"いいんだろう?」
「あっ、あああぁっっ……!!」
「もう一度言う。さっきの子のボール、それと、売人の名前と売った場所。別に言わないならそれでいいけど、俺の手持ちのバンギラスが攻撃を仕掛けたって知らんぞ。少なくとも、ボールに関しては気絶したあんたらの懐を漁って見つければ解決だ」
「こここ、殺す気か!?」
「子供半殺しにしていたアンタ達にその台詞、そのまんま返してやろうか?」
必死そうな男の言葉に、青年は平然と言いきる。やはり気だるそうな様子で男達を見下ろすと、もう一度ため息をついた。
「しょうがないな、10秒待ってやるよ。ほら――10、9、8……」
「た、タマムシシティのフェイクだ! 確か、そういう、名前、で!」
「こうしたポケモン狩りのやり方も?」
「あ、ああ! 金になるって! ど、どんなルートでも、ポケモンによっては、こ、個体値が、あって、それを、測れば、上手くしたら売れるって……!」
「なるほど。――んで、さっきの子のボールは?」
「ひ、ひぃっ……! こ、これで、全部……!」
喋っていた男とは別の男が、懐にあったボールをとにかく投げだす。暗いアスファルトの上に、からころ、と音を立ててボールが転がされる、青年は丁寧にそれらを拾い上げる。ちらりと、青年は先程まで自分達が立っていた場所へ目を向ける。指示がないながらも戦闘をしていたらしいヘルガーへ、彼の手持ちであろうトゲキッスがひたすらエアスラッシュを放っている姿が見えた。
青年はため息をつきつつ、バンギラスの方へ向けて、軽く手を下ろす。それによって、浮き出ていた岩が何事もなかったかのように地面へと吸い込まれる。金長の意図がほどけたらしく、男達が全員ため息をつく。そして、安心したように、胸元を抑えるようにして懐に手を持っていき、
「はぁ、安心……なんて言うと思うなよ! エアームド、鋼の――」
ガキンッ!
それは酷く鈍い音であり、懐から取り出したボールから出現したエアームド自身も、最初、何が起こったのか理解できなかった。そしてそれは、ボールからポケモンを繰り出した男とその周りにも理解できなかった。
次の瞬間、狂ったような悲鳴を上げるエアームドの羽が酷く赤く熱されているのに、溜息をついた青年と、炎の残滓を零して銀色の翼に噛みつくバンギラス自身以外が気づいた。
そのまま、バンギラスは首を振ってエアームドを空高く放り投げるやいなや、燃え盛る業火を大きな口から吹き放つ。ゴオオゥ、と真紅の火柱が立ち上り、明かりの少ない路地を橙色に染める。真っ黒に焼け焦げたエアームドが地面に落下するまで、男達はその光景を茫然と眺めるしかなかった。そして、
「ガァアアアアアァァァァッッッ!!!」
空気どころか建物すらも震わせるバンギラスの雄たけびに、男達はなすすべもなく気絶した。
「あ、あの、傷薬とか、えっと……とにかく、助けて下さって……!」
「あー、いいって。お礼は、俺よりもこいつらに言ってあげてくれないか?」
ジュンサー達が男達をパトカーへ押し込んでいく傍で、青年は少年に回収したボールを手渡した。どうやら、全部返したのは本当らしく、ボールの中のポケモン達を見て、少年が安心した表情をしている。
深々と頭を下げる少年へ困ったように笑う青年の傍では、何やら不満そうな表情で肩を怒らせているガブリアス、それをなだめるバンギラスとトゲキッスの姿があった。青年から受け取った傷薬ですっかり良くなったコラッタを抱きかかえつつ、少年はポケモン達へ向き直る。
「あの……助けて下さって有難う御座います!」
少年の声に、三匹が振り返る。バンギラスとトゲキッスが、無事で何より、と言わんばかりの声を洩らす中、ガブリアスはドシドシと歩いて少年との距離を縮める。自分とは背丈も体格差も有り余る存在に少年がたじろぎ、コラッタが唸り声をあげるのもお構いなしに、ガブリアスは少年の目の前でしゃがみ込む。そして、鋭い爪をなるべく注意深く動かしつつ、傷のつかない部分で、少年が抱きかかえるコラッタの頭を撫で始める。
呆然とする少年とコラッタをこれまた気にせず、一方的に立ち上がったガブリアスは、ギャウッ、と彼らを――――特に少年を睨みつけつつ小さく吠えたける。と、青年が困ったように笑いながら、少年の肩を叩く。
「君達はさっきの大きな男達みたいになるな、ってさ」
「ポケモンの言葉が分かるんですか!?」
「何となく、だよ。雰囲気は大事だろ?」
驚く少年の前で、青年がひらひらと手を振る。好奇心に溢れた瞳で、少年が彼の相棒と共に、青年にすがりつく。
「僕も……このコラッタのコララも、貴方とあのポケモン達みたいに強くなりたいです!」
「うーん、俺みたいになってもいいことはないと思うけど……そうだね、一つだけ教訓じみたことを言ってあげようか」
首を傾げる少年と視線を合わせるようにして、青年がしゃがみ込む。そして、懐から傷薬を取り出し、少年に握らせて一言。
「自分で信じたポケモンは、最後まで信じてあげること。トレーナーとして、最低限のルールは守ること。それから、実力主義といって勝ち負けにこだわり続けることは、良いことじゃないから気をつけること」
「勝ち負け自体が悪い事なんですか?」
「そういう意味でもない。勝ち負けにこだわる事で、一つの物事に向けてがむしゃらに頑張ろうとすることを、俺は否定しない。ただ、それだけに強いポケモンだけにこだわり過ぎると――――」
そこで青年は立ち上がった。既に路地裏から出て、明るい街中の広場に出てきているために、青空に上がる太陽が逆光となって、青年の顔を影で埋め尽くす。少年が眩しそうに目を眇める中、彼の唇が動いた。
「後で死ぬほど後悔するのさ」
太陽が雲に隠れ、少年は青年を見仰いだ。彼はいつの間にか少年に背を向けていた。
「さて、そろそろ俺は行くね。君も帰りは気をつけて。後、変に裏路地には入らないこと。ポケモンを追っていたとしても、偶には諦めることは肝心さ。どんな存在だって、もう一度会う機会は必ずあるはずだよ」
「あのっ……!」
既に立ち去ろうとしていた青年の背に、少年は声をかけた。青年の傍には、彼を挟みつつ、ボールに入ることなく会話を続けているポケモン達の姿がある。
「名前を教えて下さい……! 僕、もっと強くなって……いつか……いつか貴方と会った時に、戦いたいから……!」
傍にいるガブリアスとバンギラスがともに振り返り、トゲキッスが軽く振りかえった。
――――青年が振り返ることなく片手をあげた。
「キョウスケ――しがないポケモントレーナー、だ」
我が道を行く者ども
090801/当初の予定はストーリー仕立てにするつもりだったのに何かきまぐれで止めてしまった奴。気が向いたら続き書くかも知れん程度。