「しかしこの戦い……ポケモンバトルじゃねぇだろ、絶対に」
『それ言ったら負けやで、エメラルド』

近くの店で買ってきたらしいポップコーンを食べているエメラルドの言葉に、シンクロによって意思を伝える事が出来る(ポケモンの言葉を翻訳したものを伝えているのだ)エーフィがぼそりと呟いた。
彼らの目の前――――正確には、眼下に見えるポケモン協会のトレーニング用の闘技場。そこでは、一人の人間と一匹のサーナイトが、一匹のミュウツーと戦っていた。
ただし、人間と思しき青年の背中からは黒い羽根が生えており、それを羽ばたかせることで、空中に浮いているミュウツーと同じ高度を保っている。サーナイトは、地面から主人と対峙しているミュウツーをじっと見上げていた。

「ほぅ……中々、やるじゃないか。最近は全く体を動かしているようには見えなかったんだがな」
『そういう手前こそ、女が出来たから、てっきり、弱くなったと思っていたんだが、なっ!』

言葉と共に、ミュウツーが素早く青年との距離を縮める。テレポートでもしたのではないかという速度で懐に潜り込むと、サイコキネシスの力を込めた拳で殴りつけようとする。しかし、青年はミュウツーの胸元を両足で蹴りつけることで一気に距離をとる。瞬間、下にいたサーナイトがシャドーボールが連続で放たれる。それを、ミュウツーは片手で防御。バリアの外側を黒いエネルギー球体が叩きつける爆音が、闘技場内に響き渡る。
と、バリアーの外側で弾けたエネルギー弾は、黒い煙となって、ミュウツーの視界を塞ぐ。一瞬だけ、ミュウツーは目を細め――――すぐさま飛び上がった刹那、その空間を銀色のナイフと黒く鋭い刃の様な羽根が突き抜けていく。
青年が上を見る。闘技場のライトを背にして、急速降下してきたミュウツーと空中でぶつかり、そのまま押し込まれるように地面にたたきつけられる。サーナイトは動かない。ただし、主人が叩きつけられたと思しき方向に体を向け、その手には先ほどミュウツーに投げつけたシャドーボールが形をなしている。
地面に衝突した事で巻きあがった粉塵がフィールドを覆い尽くす。そして、粉塵の中からミュウツーが飛び上がる。その片足には銀色のナイフががしっかりと刺さっており、空中に浮いている間、足は力が抜けたかのようにぶらりと垂れ下がっていた。一方、青年のほうは地面に座っていた。背中の黒い羽根は少しばかりくたびれているように見える。
互いに負傷していながらも、しかし、その口元には、隠しきれない笑みが浮かんでいた。紫色の瞳と、明るい紅色の瞳が空中で見えない火花を散らす。

「やるな、カオス」
『お前こそ、思ったよりは出来るじゃないか、ファントム』

カオスと呼ばれたミュウツーが、片手に波動弾を作り出す。ファントムと呼ばれた青年が黒い羽根を持ち上げ、サーナイトに目配せをする。サーナイトは主人のすぐ傍まで近寄ると、自分の戦うべき相手を睨みあげる。そして再び、サーナイトのシャドーボールとミュウツーの波動弾がぶつかり合ったところで、ファントムとカオスは戦いを再開させた。
ポップコーンを適当に食べ掴むエメラルドは、その戦いを見て、ぐったりとした表情でつぶやいた。

「……正直、ファントムも規格外だろ。というか俺としては、協会四天王の一般人って言われたら、アイルズしか思いつかないって」
『アゼルはんやメイミはんは?』
「アゼルはゲンガーのポケ人だろ? メイミは……いや、確かに普通の人間だとしても、なんか絶対に一般人じゃないだろ、絶対……」

ありえない、と付け加えて、エメラルドは首を振った。再び、闘技場内で爆発音。観客席と戦闘場所を分け隔てる透明な壁が、びりびりと振動している。
地下にあるその地下闘技場は、他の闘技場以上に特注であり、ポケモン達の持つどんな技に対しても壊れないような設計となっている。が、その設計条件を思い出したとしても不安になるほど、エメラルドの視界に見えている戦いは激しさを増し、地面はいくつも抉れている。
ある時はカオスの放った灼熱の炎が地面を焼き焦がし、またある時は、サーナイトの放った十万ボルトが闘技場の照明を全てたたき壊し、更にまたある時には、ファントムが放った刃の様な黒く鋭い羽根が、ガラス張りにヒビの様なものを入れる。
苦いものを飲み込むような表情の主人を見上げて、エーフィが言った。

『で、エメラルドはどっちを応援するん?』
「協会四天王長である兄弟子を応援するか、協会副会長の最強である元手持ちを応援するかって? 俺に選べるわけないだろ。それに」

困ったような表情で言ってから、エメラルドはエーフィから顔をそらす。そして、

「……何で……何で俺は、この後……このどっちかと戦わないといけないんだよーー!? 俺、普通の人間だよ!? なんで俺が、こんなチート機能満載のどっちかと戦わないと行けないんだよ! こーいうのは、同じチート能力っぽいのでもありそうなテイルでもいーだろう!?」
『テイルはんと、ジャンケンで決めたのが悪かったわな』
「ちっきしょー! テイル、生きてたら絶対にお前にも、この俺の大変さを味あわせてやるからなー!」
『まずは生き残る事前提やけどなー』

一人と一匹しかいない競技場で、エメラルドは片腕を突き上げ、悲鳴のような声をあげ、その傍で相方は相変わらず呆れた様子で二股に分かれた尾を振りながら呟くのであった。



そんなある日のリアルファイト



(「っ!」
 「テイル、どうしたの? 風邪?」
 「いや…………嫌な予感がするだけだ」
 後日、その嫌な予感が当たるテイルであった。)

101201/ 我が家における「最強(最凶)」の二人。とはいえ、何だかんだと言ってみれば、カオス≧ファントムという公式があるのは作者脳内。とはいえ、こいつらでも負けるときは負けます。ただ、少なくとも自宅の中では、一部以外にはほぼ負けなしの奴らです。後、会話に年齢制限的な要素がよく入るともいえる。大体エロイ方向の会話ばかりの、駄目大人と駄目ポケモンの良い例。エメラルドはいつも通り不憫担当。