過去の話だ、それは。
降り注ぐ雨の中で、バンギラスは立ち尽くしていた。
ぼろぼろな主人の眼の前には、無残な姿で転がっている生き物がいた。いつも綺麗に整えていた羽が無残なほどにむしり取られ、流線形を描いていた体は、顔を含めて異様な変容を見せている。内臓は辛うじて零れていないが、しかし、切り裂かれた体のあちこちから零れる体液は、雨とまじりあって地面に吸い込まれていく。
既に胃の中をひっくり返し終えた主人は、顔を上げることなく、その場に座り込んだままだ。
辺りは激しい雨音に包まれているにも関わらず、バンギラスにとって、そこは無音の空間のように感じられた。それは、自分が普段から放っている砂嵐の中に包まれている感じとは違う。感覚が全て異常をきたし、目の前の現実を受け付けれない、拒絶のようなものだと頭の片隅で感じる。
主人の横を通り過ぎ、バンギラスは、自分の相棒であったはずの"物体"に近づく。体を屈ませ、もはや肉片と化したそれを掴みあげた瞬間、ずるり、と嫌な音と共に、肉の一部が、岩の手の中から滑り落ちる。
べちゃり、と、血の混じった水しぶきが主人の顔と、バンギラスの身体に飛びかかる。主人は顔を上げようとしない。
辛うじて顔だと思しき部分――長いタテガミから鋭く小さな口ばしにかけての部分を撫でると、空洞となった目の上にある焼けただれた瞼が、ゆっくりと落ちたように見えた。
水溜りの中に落ちた肉塊を拾い上げて、バンギラスは、ゆっくりと、震える主人の肩を叩いた。
そして、悲鳴とは違う、つんざくような人間の声が、主人の口から吐き出される。彼の声をかき消すような雨の中で、バンギラスは、肉塊を片腕に抱きかかえたまま、主人が落ち着くまでその背を撫で続けた。
岩の身体を凍えるほどに濡らしていく雨をものともせず、バンギラスはそのまま、ゆっくりと瞼を下し―――、
「――ガ……ア……き…、さい……ガイ――も……っと……ガイア!」
がんがんと身体を揺さぶられて、バンギラスのガイアはゆっくりと瞼を開けた。一瞬だけ寝ぼけた目では、自分の前にいる人物の姿を全く捉えれる様子はなかったのだが、どうやら頭のほうは、既に目の前の存在が何なのか認識し終えていたようだ。自然と、バンギラスは自分を叩き起こして騒ぐ者の名前を口にしていた。
「ガブリアスの、ユリア?」
「何で種族まで尋ねてるのよ」
目をこすり、改めて前方を見ると、金色の瞳を丸々とさせて、現在の相棒は首をかしげていた。その様子をバンギラスは数秒ほど眺めてから、
「ふっ」
「ちょっと、ガイア! 今、なんか笑ったでしょ! なによ、理由を言いなさいよ!」
「あ、あぁ、済まない済まない。俺が悪かった、ユリア」
今すぐにでも噛みつきそうなガブリアスの頭を軽く撫でて、バンギラスは困ったように笑った。未だ不機嫌そうな相方の温度が、自らの岩の手を通じて伝わってくる。その感覚を確かめるように、バンギラスはゆっくりと相棒から手を離し、二、三回ほど手を握り開きした。
その様子に、ガブリアスは心底疑わしそうな顔を向けた。
「全くもう。アンタ、寝てるときから変よ」
「変ってお前…………寝てる、時から?」
意外な事を言われたような気がして、今度はバンギラスが目を丸くする番だった。青い身体のドラゴンは、ダブルにおけるパートナーを見上げ、こくんと頷く。
「なんかうなされてばかりで、さっきから腕を上下に振りまわすし、片手でお腹抑えちゃって……あんまり心配なもんだから、こうして起こしたじゃないのよ」
「――お前が、俺を助けてくれた、のか」
「助けた……っていうかは知らないけど、でも、本当に大丈夫なの」
感覚を確かめていた手をすくい取るようにして、目の前の相方は顔を覗き込んでくる。
――――その心配そうな顔に、夢の中で見た、昔の相棒の顔が重なる。
彼女はピジョットだった。いつも丁寧に繕っていた羽は、時に美しく、時に優しく、時に頼もしい物として見えた。
互いに気のおけない者同士であり、対戦においてこれ以上背を預けれる者もおらず、主人の命令を受けるだけで、どんな試合に対しても勇猛果敢に立ち向かえた。
まるで黄金色のように輝き続ける日々は素晴らしく、主人と数匹の仲間達と共に過ごすその毎日が、永遠のものだと思っていた。
『フェザー』
呼びかける。すると、彼女はやはり何時ものように微笑んでいる。
『どうしたの? ふふっ、ガイアはいつも心配性ね。そんな気難しい顔しないでよ』
――ああ、もう彼女の声を、聞くことはなく、自分には二度と、相棒など出来るなど思っていなくて――
「ガイア?」
ほんの一瞬の走馬灯のようなものから引き戻されて、バンギラスのガイアはゆるりと首を振った。すくい取られた手を逆に握り返すと、驚いたガブリアスのユリアの顔がある。その彼女を真正面に見据えて、バンギラスは口を開き、
すまない。 有難う。
(ユリア、俺にはお前が眩しすぎるよ)
(ほんの少しだけ、ユリアは口を小さく開けて驚いていた。しかし、すぐに照れくさくなったのか、顔をついと違う方向に向けるのだった。
手は、握ったままでいてくれたことが彼女の配慮であることを、ガイアは口に出すことなく感謝した。)
100916/去年、ぴくしぶでぼそっと上げたもの。ちょいちょい修正はしてるよーで多分基本は一緒でふ。
バンギラスのガイアの元相棒のピジョット(フェザー)と、現相棒のユリアについてちょろっと。主人であるキョウスケは、このピジョットの事件が原因で、一度は旅を止めています。
その後、バンギラスやゲンガー達に支えられて何とか立ち直り、現在の旅をし始めます。ちなみにユリアとは、二度目の旅を始めてから一週間ほど経って出会っています。
それは、相棒を失ってしまったガイアにとっての救いであり、人間を憎み続けていたユリアにとっての救いでもあったかな、なんてそんな出会い。