「おーい、エイリ!」
「ッ!?」
聞こえる筈の無い声に違和感を感じつつ、自己嫌悪に悩まされていたエイリは、自然と気まずそうに肩を震わせ振り返る。そして、そこに居た青年を認めるなり違和感は確信に変わり、近寄ってくる彼へ向ける顔が仏頂面になるのが自分でも分かった。
「…なんだ、オッサンかよ」
「だから、俺をオッサン呼ばわりするなって言っただろうが」
「オッサンをオッサンって何が問題だよ。10も年が離れてるんだからな」
最近知り合うようになった青年――オーディンに対する、いつもの軽口、いつものやり取り。にやにやと口元に笑みが戻るのを確認し、本来の自分を戻す事が出来たとエイリは内心安堵した。そんな彼の心情を知ってか知らずか、オーディンはやや納得のいかない表情で肩をすくめる。
「そういうお前は、こんなところで何やってるんだ」
彼からすれば、至極自然な質問だろう。しかしそれは、今のエイリにとってはまさに地雷と言うべき発言だった。取り繕っていた余裕が一気に瓦解するのを感じる。ああやはり、エイリはカタリよりも余程素直で単純な性分だった。
「…悪いかよ。ただの散歩だ」
「なるほど」
すっと目を細めるオーディンに対し、エイリは早くこの場から立ち去りたくて仕方が無かった。今までの経験上、このお節介な騎士団長の次の発言が容易に想像付いたからだ。そして、
「なぁエイリ」
「何だよ」
「悪いが、お前の家まで案内してくれないか」
勘の良い彼の事、エイリの予感は見事に的中した。
(こいつ、分かって言ってやがる…!)
苦虫を噛み潰したかのような表情のエイリに怯むわけもなく、オーディンは懐から一通の封筒を涼しい顔で取り出して見せた。
「カタリに渡す物があってな。案内してくれないか」
彼の余裕たっぷりな大人の態度に苛々しつつ、エイリはぶっきらぼうに道を指差しす。
「ここ行ってあっち曲がればすぐだ」
「全体的に暗くて、かつ、街に詳しくない人間に、その大雑把な説明は通じないぞ」
オーディンに肩を叩かれ苦笑され、エイリは本格的に逃げ場を失った。
「俺に無理やり連れてこられた、とかなんでもいい。カタリには俺から謝る。お前には……あー、今度奢ってやるから、それで勘弁してくれ」
エイリは、何だかんだで彼の事を慕っていた。自分とカタリを同等に見て、扱ってくれた人。彼の前では、自分達は対等で居られたし、彼の大らかさに二人して救われた事も何度か有った。――だからこそ。オーディンにぽんぽんと肩を叩かれ、漸くエイリは素直に折れた。完敗だった。
「……――約束、守れよ」
「分かってる。悪いな、散歩の時間を邪魔して」
彼と接していると、つくづく自分がガキだと認識させられるものだ。金色の髪をがりがりと掻きながら笑うオーディンを見、エイリはため息混じりにそう言いつつも、内心では切欠をくれた彼に感謝を捧げた。
――――――――――――――
扉が開く音を微かに聞き付け、止まっていた時が動き出す。朦朧としていた意識が覚醒し、同時にカタリは玄関へと走った。そこで彼は、ずっと心配していた同居人の無事な姿を認め、同時に思いもよらなかった人物に素っ頓狂な声を上げる事になる。
「エイリ! っと、オーディンさん!?」
「夜遅くに悪いな」
軽く手を挙げるオーディンを見つつ、この思いもよらなかった組み合わせにカタリの思考はパニックに陥った。また自分と彼のせいで迷惑をかけたのか?そもそもエイリはキングダムまで行ったのか?だからオーディンさんがまさか、連れ戻してきてくれたんじゃないだろうな!?
溢れる疑問をカタリがエイリにぶつけようとした時、オーディンがエイリの肩を叩いた。
「渡す物があるんでね。場所が分からないから、頼んで連れてきてもらった」
「ふんっ」
礼を言うオーディンに軽く背を向ける形で、エイリが背を向ける。その様子から自分の心配は杞憂だったと気付いたわけだが、しかしエイリの失礼な態度が見逃せず、彼にいつものお説教をしようとした所で――――わしゃわしゃ、と頭を撫でられ、カタリの思考が止まった。
驚いて顔を上げると、オーディンは素知らぬ顔でカタリから手を放し、懐から一通の封筒を取り出して見せる。
「悪いな。俺がこの街に詳しくないからちょっとエイリを連れまわしちまったんだ。カタリ、お前には心配させただろうから、これで二人でなんか食べてくれ。――ってことで、エイリ、次に奢れるタイミング分からないから、それでチャラにしてくれよ」
オーディンの予想外の発言に、エイリは思わず問い返す。
「そりゃ構わないけど……オッサン、コイツに渡す物あったんじゃないのかよ」
「今渡したやつだからいいんだよ。後、オッサンって言うな」
苦笑気味のオーディンに髪を掻き撫でる様に弄られ、エイリは逃げるように肩をすくめた。そんな彼の頭からも手を放すと、オーディンはさっと身をひるがえす。
「あ、あの、オーディンさん!」
頭の整理がつかないままカタリは彼を呼び止めるが、オーディンはひらひらと手を振った。
「まぁ用件はそんだけだ。エイリ、今度は会ったときに挨拶くらいはしてくれよ」
「…………考えとく」
照れ臭いやら何やらでむすっとした表情の彼に、オーディンはやれやれと肩をすくめ、そのままさっさと出て行ってしまう。結局、その場にはカタリとエイリの二人が残された。
沈黙は気まずかった。何せ、こうして二人きりで向き合うのなんざ数日ぶりなのだから。言いたい事は沢山有って、言葉が脳内に浮かんでは消える。でも、それを上手く伝える事も出来ずに、お互い口をつぐんだまま時が過ぎ――
――静寂を破ったのは、カタリだった。顔を上げ、ため息をつき、仕方がないなと肩をすくめる。そんな仕種をしつつも、エイリが帰ってきてくれた、それだけで彼は本当に嬉しかったのだ。
渡された封筒を左手に持ち換え、昔のように、右手を彼に差し出した。玄関に立つ、もうすっかり大人になった彼に向かって。
「……――お帰り」
年齢が年齢なのだから、かつてのように手を取ってもらえることなんか全く期待はしていなかった。振り払われる事すら予想していた。
しかし、エイリは、その手を掴んだ。
「……おう」
視線を少しだけそらして、呟きと共に首を縦に振った、彼。その反応は全くの想定外。カタリは不意を付かれて一瞬幼い表情を覗かせ、それでも、すぐに幸せそうに微笑んだ。
それを受け、真っ赤になったエイリは逃げるように部屋へと引っ込んで。そんな彼に苦笑したカタリは、頂いた封筒を大切そうに胸元で握った。
「…このお金は、オーディンさんの為に使おうね」
誰に対してでもなく呟きながら、カタリは自分と彼を再び繋げてくれたオーディンに感謝した。このお金で何か美味しいものでも買って彼に送ろう。そのためであれば、今なら久しぶりにエイリを買い物に誘えるかなと、そんな期待もよせて。
自分達の義兄とも言える人に想いを馳せながら、リビングへと足を向ける。優しい彼の幸せを、カタリは心から願った。
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長くてすみませんでした…!!
正反対コンビにとってオーディンさんは本当にお兄さんのような存在というか、とにかくめっちゃ懐いているのではないかと…wオーディンさんには本当に感謝感謝です…!
えっと、本当に長くてすみませんでした!ww
メールで着た瞬間に死にましたよええ、ええ。ってことでおりえちゃんより、エイカタ側の視点で頂きました。
うおおおお頭振ってお礼言いたいよおおおおおおおおおおお!!!(深々)
とりあえず着た瞬間に枕投げつけたことは謝るよ携帯さん(( エイカタのすれ違い好きすぎるのでご馳走様でした(^q^)