「足りないわ」
唐突に。 部屋のベッドに座って平然と告げる妻の言葉に、そばのいすに腰を下ろして読書をしていた夫は少しだけ言葉に悩む。 ここで一歩間違えると、彼女の機嫌が最高に悪くなるのは、既に夫婦生活が長いからだというのは言うまでもないが。 少しだけ目を細めて、彼はぼそりと呟く。
「何がだ?」 「突っ込みとボケと押し具合よ!」
力説する妻の言葉に夫は眉間に皺を寄せて指を軽く押し当てる。
「……重要か、それは?」 「あー、ゼロ、今、すっごい呆れてるでしょ! これないと話が成り立たない上に場合によったらみんなボケて突っ込み居ないとか、面白くも無いシリアスが続くのよ!?」
詰め寄ってきた上にびしぃっと効果音でも突きそうなほど指を突き立ててくる王妃。国王は少しだけ困った表情で首を傾げる。
「困ることか、それは?」 「当然よ! だってシリアスだと、ティアちゃんもフォルもからかえないのよ! 後ディンとフレイヤも! ロキはあれよね、からかう前に逃げるかむしろからかう方に徹底してるわよね。流石、参謀長官だわ」 「……そこは役職は関係あるのか……?」 「だってほらぁ、参謀長官、って役職だけ聞いたら何か策略を立てる人でしょ? だから、普段の生活でも何かと画策するのが好きそうだし、というか実際そうじゃないの」
ふんぞり返って説明する女性の言葉に、男性が軽く頬を書く。一瞬、軽く流すべきかと思ったが、しかしそれも悪いかと思ってしまう彼は、未だに、自分が妻に対して見解が甘いことを微妙に理解していなかったりする。
「確かにそうだが、他の場所で言う"参謀長官"という役所の柄の人間全員が策略を練るのを好むとも限らないぞ。そういうことを"しなくれはならない"立場だったらそういうものだろう。……ただまぁ、彼の場合は、日常生活で"好んで"画策する、というのは正しいな。実際、そういう姿は何度か目にしている」
ふむ、と少しだけ考え込むように呟く彼が顔を上げると、じっとこちらを見つめる彼女が居た。こちらに言葉に納得した様子は伺えたが、それ以上に何かあるのかと思い首を傾げると、彼女は少し考え込むように目線を宙へ彷徨わせ、
「考えたら、ゼロって何でも一押しが足りないわよね。告白のときとかアレのときとかその他色々で」
今度は核爆弾がすっ飛んできた。 その言葉にゼロが頭を抱えるようにすると、ヴィエルが不思議そうに首を傾げる。
「どうしたの、ゼロ? 頭痛いなら寝てる?」 「…………時々お前の発言の意味が理解できない私は知識不足なんだろうか」
深刻そうに呟くゼロの様子に、ヴィエルが苦笑して、全く持って無邪気に彼の背を撫でる。
「そんなこと無いわよー。ゼロはゼロで、私は私。私にとって必要でも、貴方が別に気に留めなくても良い事だってあるもの。ふふっ、ゼロってば何時も真面目よね」 「ヴィエル……」
楽しそうに微笑む彼女の笑みに、彼は少しだけ呆然となった後、つられたように小さく笑う。 そして、ヴィエルがゼロの手を取り、顔を近づけ、
「で、ゼロもディンをどうやって弄ってみるか考えてね。ディンったら、この前ちょっと馬鹿して大怪我負ってフレイヤに心配かけたのよ!? で、姉としてちょーっとディンにはきーっついお仕置きするんだから!」 「………………」
ちなみに、その大怪我の原因は単にフォルが足を滑らせて高いところから落ちた際にそれを庇うように同じ様に飛び降りて庇ったその結果の怪我であるという事実を、ヴィエルは知っているかどうかとゼロは思ったが、しかし言わなくても親友はどのみち大変な目に会うのが当たり前の生活なのであるからと、結局注意をすることは止めるのだった。
「ゼーロー……」 「なんだ?」 「お前、ヴィエルに甘すぎる」
包帯を頭に巻いて腹部に撒いて素肌の上から黒いコートを無理矢理羽織って椅子に腰掛けていた親友は、ベッドの上に腰掛けているゼロをびしっと指し示して告げてきた。とりあえず、首を傾げて尋ねる。
「そうか?」 「他の兵士やメイドはお前とヴィエルを単に仲睦まじい夫婦としてしか見ていないから分からないだろうけどな。……アイツ、ロキの影響を近年モロに受けてるぞ。後、ティアとか」 「……ヴィエルはともかく、彼女は違うんじゃないのか? 少なくとも、彼のように何か裏を持つ娘(こ)ではないだろ」
首を傾げるゼロに、オーディンが軽く肩を竦め、ぐいっと顔を近づけてぴっと指を立てる。
「じゃあ聞くが、お前、クインとティアの仲が此処最近、今まで以上に曲がりに曲がっているのを知ってるか?」 「あの二人がある程度は険悪な仲なのは知ってはいたが、そんなに酷いのか?」
親友の言葉にゼロが首をかしげると、彼が瞼を下ろして米神を押さえ、辛そうな声で呟いた。
「この前、"どっちもどっち"な写真を持っているという話で、クインのほうが先にブチ切れた。結果、止めにかかった兵士達の方が凄まじく負傷したって話だ。ちなみに最終的に止めたのはフォルだったそうだ」 「ちなみにお前は?」 「大怪我して全治一週間でベッドの上で絶対安静を突っ込まれた人間が、騎士団でも実力ありすぎる二人を怪我をさせないように細心の注意を払って止めれるとでも?」
ロキにも似たもの返してやった、とぼやくオーディンの言葉に、ゼロが苦笑する。それから親友の肩を軽く叩いてやる。
「そんな卑屈になるな。それにしても、その話を聞く限りでは彼女が彼の影響を受けたとは思えないが……?」 「…………大喧嘩の際、その"どっちもどっち"な写真に関して『そんなに気にすることですか?』とさらっと言ったらしい」 「ちなみに"どっちもどっち"な写真っていうのはなんだ?」 「出所はロキで写真はちと暗かったってだけで通じろ。みなまで俺に言わせるな」
半眼で頭を抱えるオーディンの様子に、事情を察したらしいゼロが彼の肩をもう一度軽く叩きつつ溜息。そして呟く。
「随分と大変だな、お前は。――さっきヴィエルから色々言われたわけか?」 「ああ、そうだ。お前考えてみろ、アイツ未だに妹離れが微妙に出来てないんだぞ!? 幾らなんでも過保護すぎだろうがというか、俺とフレイヤの仲な訳でアイツに俺がとやかく言われて弄られる必要性は無いだろうが! 後、ロキも悪乗りだぞ!?」
ばっと顔を上げたオーディンは、立ち上がるなり親友の両肩を掴んでとりあえず激しく揺さぶり、悲鳴のような声で捲くし立てる。
「しかも兵士達もメイド達も仕事しないで野次馬に来るし、フォルはフォルで最近立て続けに問題起こすし、クインとティアの大喧嘩の回数は日に日に増えてるし、ファレンハイトは嫌味のように俺に電話してくるし、しかもその用事がどうでもいいような荷物運びでこっちはこっちで色々あるのに無理をいうし、ジムリーダーの面子は仕事しないし――――……ゼロ、お前は玉座で寝る回数増えてないか……?」 「気のせいだ。ついでに、揺さぶりすぎてもこっちは目を回しそうなのだが……」 「たまにはこっちの大変具合を味わえ! そもそもお前がヴィエルを止めないから――!」
ドスンッ、と。 頭に何か当たった気がしたと思ったときには、目の前に影でやや暗く見えるオーディンの顔が見えた。 単に揺さぶりすぎた結果、重力的問題でゼロの躯がベッドの上に転がり、その肩を強く掴んでいたオーディンがそのまま引きづられて覆いかぶさるようになっている状態なのは分かっていたのだが、しかしそれにしては随分と近くに親友の顔が見えるなどと他愛のない事をゼロが考え、ただでさえ体力が完全に回復していないにも関わらず喋りすぎた為に疲れたオーディンはやや荒い呼吸を整えるために、親友の肩を掴んだまま何も喋らずにいて――――きぃ、と扉の開く音に、二人が部屋に一つしかない扉を見る。 その入口に、平然とした顔のロキと、やや呆然としたヴィエルがいた。入口の二人は顔を見合わせ、そして、
「おや、お楽しみ中でしたか。では、お邪魔するわけには行きませんねぇ。隊長、王様とごゆっくりー。終わったら教えてくださいね」 「ゼロ、お邪魔してごめんなさい。ディン、貴方もそーいう気分のときはあるのね。分かったわ、フレイヤに念入りに説明しておいてあげるから」
ばたん、と扉が開いたとき同様、何事も無かったかのように閉まる。 部屋に残された二人は顔を見合わせる。――数秒も、間は無かった。
「おい、ちょっ、お前等待てええええええええ――――!!」
大怪我を負ってただでさえ体力がない状態にも関わらず、素早く起き上がるなり、大慌てで部屋を出て行く親友の姿を見送りつつ、ゼロは乱れた襟元を直して、こっそりと溜息をつくのだった。
Who is to have a hard time?
(「いやぁ、ホント、今日は面白い日ですねぇ」 珍しく"心から"楽しそうな表情で、ロキはぼそりとぼやいた。)
<BGM:もってけ!セーラーふく/らき☆すた>
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