小屋の中にいた少女は、呆れたような表情でファレンハイト=ケルビンを迎えた。
木造建築のその小屋は、しかし山頂に存在するにしては温かな温度を保っている。
部屋の造りに似た丸太造りのテーブルに置かれた温かなコーヒーに手をかけ、ファレンハイトは少女の隣にある丸太椅子に腰を下ろした。

「さっきの奴な……俺が今までの人生の中で恐らく"親友"と呼べる人間の子供なのさ」

唐突に。
ファレンハイトが口を開く。少女が僅かに片目を上げる。聞かない様子がない事だけを判断すると、彼は続ける。

「ほんの何十年か前の話だ。一人の男と女が、この地方にいた。そいつらは"騎士団"で飛躍的な活躍を見せる奴らだった。俺の元に自力で辿り着いたかと思えば『戦闘訓練を見てくれ!』っていうのが奴らの初っ端からの言葉でな。思わず笑ったよ、俺は」

どこか遠い過去を見るように、ファレンハイトの金色の瞳が細められる。少女は訝しげな表情をしつつ、白い湯気の立ち上るコップに口をつけつつ、瞳で促すようにじろりと向ける。

「最初は喧嘩ばっかりしていた奴らだったけどよ、気づけば結婚、さらに子持ち、挙句の果てに騎士団長とメイド長夫婦だ。その後も子育てしながらアイツ等は良く働いたし、一年に一度は俺に会いに来た。――俺も、偶に山を降りて、アイツ等に会いに行くこともあった。」

ちらりと、瞳が小屋にある四角い窓へ向けられる。少女が訝しげにそちらへと顔を向ける様子を見ると、ファレンハイトは笑って彼女の肩を叩く。

「別に何も無いって、窓の外には。ただそうだな……あの日も、こんな曇り空だった」

溜息を吐き出すと、マグカップから湧き出る湯気が吐息に煽られ、揺れ動く。
それを何となく眺めながら、ファレンハイトがもう一度溜息。

「十二年前、俺はバイブルの力で暴走した。――なんてことは無い。原因は、俺が城へ行った時、バイブルを見ようとしたらちと油断しちまってな。その為に"原本"に触れてしまった。――結果、神の影響を受けている俺の力が暴走して……俺の心の奥底の望みを叶えようと動いた。……なんだと思う?」

その言葉に、少女はただファレンハイトを睨む。「そんなもの知るか」と訴えるその瞳に肩を竦めると、彼は瞳を細め――口元に自嘲の笑みを浮かべた。

「俺は、"あの親子の殺したい"そう思ってたんだ。正確には、"彼らの本気が見たい"っていうそんなもんだ。人間ってのは、死の間際になるほど強くなるらしいからな。俺は、あの二人の本気を見てみたかった。だから戦った。――予想通り、彼らは強かった。暴走して、ただ戦闘に酔いしれている俺に、互角に渡り合えたんだ。あの時の血の吹き出し具合も、雰囲気も、緊張感も……今で尚、何もかも覚えている」

うっとりと、どこか美酒に酔うようにして、ファレンハイトが表情を緩ませる。ただその瞳の奥に、暗い感情を残して。

「んでな。――戦闘している最中にやってきたのが、アイツだ。あの"餓鬼"だよ。弱いのに隙を突こうと俺の背後に回ってきやがった。
普段なら加減できるはずなんだが、俺もあの時は、ただ雑魚は殺すっていう思考だけでな――最初に死んだのは、アイツの母親だ。父親の方は、餓鬼を庇って死んだ母親と呆然としたあの餓鬼を庇うためかね。焦燥感から攻撃に乱れが生じて――それで終わりだ。
俺は心底からの望みが叶ったからか、直ぐに暴走状態も解けた。結局視界に収まってたのは、彼らの死体と、呆然としてる餓鬼だけだった」

もう一度、ファレンハイトは息を吐き出した。今度はとても深い溜息で、肺に吸い込む量はほんの僅かだった。金色の瞳が細められ、冷えた声が呟かれる。

「あの餓鬼は、"不老不死"を授かってる俺を殺そうと必死なのさ。結局、俺は法に裁かれるような存在では無いし、そもそも殺されることもないから、あの事件で裁かれることはなかった。
一応、アイツは俺に戦闘訓練を教わるなんていう名目で来ているが――実際は、俺を殺す為にここまで来ている。ただ、それだけの話だ。
……下らない。アイツは何時まで経っても餓鬼だ。あんな風に情に流される戦闘をしていれば、奴は大事なものを何一つ守れない」

酷く冷めた、それでいて不機嫌そうに、ファレンハイトは呟く。やがて少女の呆れた瞳に気づくと、彼はゆるく首を振って立ち上がった。
そして、ファレンハイトは少女に向って呆れた笑みを向けた。

「どうだ、やっぱりお前も"愚か"だと思うか?  奴の、復讐に塗れた愚かな姿を」

その笑顔は、他人を愚弄することに特化した様子で歪んでいた。



F O O L I S H


(少女の反応を見て、ファレンハイトと呼ばれるキングダム地方の"監視者"は肩を竦めた。
 その姿が、アイレッド族の少年、スフォツァンドと瓜二つだという事実を知る者は少ない。)

070408/ファレンハイトがオーディンを嫌う理由。ちなみに話を聞いてくださった少女さんには「どちらも愚か」と答えられたとか。
ちなみに、今回二つの壁紙の日本語訳は「過去を生きるな、未来を夢見るな、現在のこの瞬間に心を集中せよ 」というもので、釈尊が残した物です。