「――で、俺が戻ってきた頃には大惨事。なんでフォルもクインもティアも大人しくしていられないっつーか、ロキは何でアイツらをからかうんだか……」
「ふふっ、毎日忙しそうね、ディン」
カチャカチャ、と食器の擦れ合う音が部屋の中に僅かに響くも、しかし、それが話を中断させるための要因になる事はなかった。
肩を竦めて椅子の背もたれに躯を預けるオーディンに、フレイヤは軽く微笑みながら、紅茶を次いだティーカップをテーブルの上におくと、テーブルを挟んだ目の前の椅子に腰を下ろす。
どちらも普段の格好――片や騎士団長として動きやすさを重視した格好で、片やメイド長という言葉を見る人にそのまま連想させるメイド服――ではあるものの、特に急いで席を立つ様子は見られない。
微笑んだまま、じっと、彼を見つめたままのフレイヤを尻目に、オーディンが白いティーカップの取っ手を掴む。
湯気が立ち昇るカップをソーサーから浮かせ、それに軽く息を吹きかける。歪んだ湯気が空中で形を取り、僅かに吹き飛ばされたのを見計らい、口をつけて、ひと言。
「Assam(アッサム)で砂糖無し」
「当たり。貴方っていつも昔から変わらないわよね、紅茶当ては特に」
「集めて飲むのが趣味だからな。まぁ、ゼロには随分と不思議がられたっけなぁ……。『勉学よりも体術といったほうに興味があるお前が紅茶集めが趣味というのもなぁ』だぜ? もう少し優しい言い方無いのかよって」
「ふふっ、でも、私も最初は不思議だったわ。でも――あの時は、本当にそれで救われたもの」
言葉と共にフレイヤが表情を翳らせ、それを誤魔化すようにオーディンに席を立って背を向けると、台所の方へ向き直りつつ続ける。
「もうほら、最初なんて色々あったじゃない? 貴方に枕投げつけちゃったり、ヴィエルに心配かけようにって気を張ってたり……そんな時に貴方が紅茶入れてくれたでしょ? 紅茶ってずっと苦いイメージだけしかなかったけど、貴方の入れてくれた林檎紅茶(アップルティー)、とても柔らかくて温かくて、いい香りだったわ。……って、もうその話、結構何度も言ったわよね」
困ったように苦笑し、フレイヤは水に濡らした汚れた皿に、泡塗れのスポンジを滑らせる。手馴れた様子で後ろを振り向く事無く、彼女は肩を竦める。
「ほんと、私もまだまだ子供よねー。ヴィエルのこと、いつも子供っぽいなんて言ってるけど……やっぱし、母親が違っても姉妹――」
「フレイヤ」
ふと。
声が耳元で響き、躯が抱きしめられる感覚を覚え、フレイヤは持っていた皿を静かに下す。
後ろを振り返ろうとして、しかしそれを遮るように肩に彼の顎が乗った感触が伝わり、彼女が躯を硬直させる。
「頼むから、そうやって自分を追い詰めるな。お前は、今だけ見てりゃいい」
「もう、ディンったら。私、別に、自嘲気味になんて――」
「震えてるのにそうやって無理するお前を、俺が何度見てきていると思ってるんだ?」
その言葉に、フレイヤが瞼を下ろす。そうして冷静になる事で、自分の躯が無駄なくらいに震えていることに今更気づいてしまう。背後で落ち着かせるためだけに抱きしめながら背を撫でて居たかと思うと、軽く口付けしてきたオーディンの行動に目を細め――躯を預けるように力を抜く。
「……ばか」
「馬鹿で結構。お前に言われるなら文句はないさ」
見上げた先にある彼の顔に思わず頬を膨らませて言うと、彼女ににやりと笑った彼がキスで答えた。
分かってる関係
(あー、またディンがフレイヤ押し倒してるわぁ。もう、ディンって万年発情期よねぇ。
双眼鏡片手に何杯目になるか分からないワインを飲んで服を乱したままベッドの傍にある
窓を見つめている王妃の隣で、国王がこっそりと溜息をついた。)
071218/ヴィエルは馬鹿がつくほどのシスコン。オーディンとはそんなんで親友風で強い姑みたいな感じ。ちなみにゼロは傍観に徹底。