――それから赤ずきんはベッドのことろに行くと、カーテンを開けました。
するとおばあさんは、ボンネットを深くかぶり、おかしな様子をしていました。
「まあ、おばあさん。なんて大きな耳をしているの!」『おまえがよく聞こえるようにね』
「まあ、おばあさん。なんて大きな目をしているの!」『おまえがよく見えるようにね』
「まあ、おばあさん。なんて大きな手をしているの!」『おまえをよく抱けるようにね』
「でも、おばあさん。なんてものすごく大きな口をしているの!」『おまえがよく食べられるようにね』
そう言うと、狼はベッドから跳び出て、かわいそうな赤ずきんにとびかかり、呑み込んでしまいました。
「あ……ファントムさん、このお話、ここで途切れているのはおかしく有りませんか?」
彼女――ホウナは、そう言って不思議そうに小首を傾げた。
そもそも、今日は本の整理をしていたのだが、いかんせん溜めては放置していた本の山である。手付かずの物もあれば何度も読み返した物もあり、整理作業は難航していた。
それらの中から、ホウナが引っ張り出して尋ねてきたそれは、俺――ファントムが何度も幼い頃に何度も読み返したものであった。
俺は彼女の後ろから近づいて本を覗き込んでから、その次のページ――つまりは巻末の発行日を指し示す。それは現在から少なくとも百年は超えてあるものだった。
「これは随分古いものだからな。現在伝承されているものは、これに『救い』の要素を付け加えた『子ども』向けだろう」
確か現在版は、狼に喰われた"赤ずきん"なる少女が、猟師の助けを借りて"おばあさん"と共に狼の腹から出てくるといった内容だった。普通に考えればまずありえないのだが(そもそも腹を掻っ捌いた時点で血などが周囲に飛び散って残酷な描写になるだろうが)現在に伝わる伝承などというものは、所詮社会に適応して生き残る為に、大まかに歪んでいるものも幾つかある。
不思議そうな表情で未だにぺらぺらと本を捲りながら眺めるホウナは、「そうなんですか」と呟いてから一向に目を放そうとしない。なお、彼女の読んでいる本は分厚く、他にも幾つか伝承が乗っているようであった。
それを見ながら――ふと、ホウナが言葉を零す。
「こんな綺麗なお花畑があったら寄ると思うんだけど……なんだかこの"赤ずきん"、私みたいにのんびりしてますね」
くすくす笑いながらそんなことを言われたもので。
俺は慌て、再び本を覗き込む。本の中の少女は花畑で金色の髪をなびかせたまま嬉しそうに微笑んでいた(よく見れば中身に色の付いた絵が一枚だけ挟まっていた。どうやら昔、どこかでプリントしたらしい、何故かは知らないが)。
じゃあ誰がホウナを食らう大馬鹿者だ、とそんなことをぼやこうとし――ふと、とある事に思い当たる。
それからにいっと口元に笑みを浮かべ、本を開きっぱなしの彼女に抱きついた。
突然の事に小さな母音を漏らすと、彼女の慌てた顔が此方を見上げる。それに構う事無く、俺は彼女の金色の髪を梳いてやりながら、背から首元へ導くように自らの指で彼女の首筋をすぅっとなぞってやる。
今度は流石に予想していたのか、彼女は自分の声を押し殺すように口元に両手を持ってくる。僅かに漏れる熱を帯びた息がさらに俺を誘い込んでることに気が付いていないのか、彼女はその体制で驚いた表情を向けた。
ホウナが何かを言う前に、俺は彼女の耳たぶを甘噛みしながら、低く甘く囁いた。
「お前がもしもこの話の"赤ずきん"なら、俺は"狼"がぴったりだな。お前を喰らったら、後はずっとお前を手離さない――だろう?」
その言葉に、思った以上に顔を紅くしながらホウナが俯く。
僅かに彼女の口元を覆う手が緩み、俺はその隙をついて彼女の手を膝上に押し戻す。そのまま抱きしめる手で彼女の躯全体を撫で、首元に顔を埋めて紅い華を残してやる。丁度口元を押さえるものが何も無いホウナの唇から、甘く熱のある吐息と声が漏れた。
「ふぁ、ファントム、さん……今は、その……か、片づけをしていますし――」
「残念だがホウナ、お前が俺を誘うようなことをしたのが悪いんだ」
そういって、餌を見つけた狼という捕食者の笑顔を浮かべてやると、ホウナは溜息をついて、
「……今、だけですよ?」
小さな唇を悪戯っぽく尖らせ、にこりと彼女は艶かしく微笑んだ。
見上げる彼女の色は、さながら人を興奮させる"赤"の色。
物語に出てくる"狼"は現在彼女を喰らおうとしている"彼"そのもの。
"おおかみ"と"しょうじょ"は紅の夢を見る。
互いに意識を共通しあい、感覚を重ね合わせていく。
ただ『愛おしい』とそう思ってみたいから。
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赤ずきんと狼の関係
(それは、決してあってはならない禁断の恋にも似た、甘い誘惑だらけの関係図。)
060719/確か最近学校の図書館で閲覧したグリム童話では、シンデレラの内容が非常に残酷に見えたような気がしました。
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