Chicken Game

モノクロ地方協会内のある日の会話より



 用意された幾つかの宣伝資料を前に、アゼルは深々と溜息を着く。そして、会議に集まった同僚の中で、最初に口火を切った女性を見据える。
「つまり貴様は、サマートライアル期間中、そもそも地方にいない、と?」
「えぇ~。私も、十二獣家としてやることがあるものぉ。1年も前から決めていることだから、今更、突然降って湧いてきた企画に手を割く余裕はないわねぇ」
 のんびりとした口調で、協会四天王の一人メイミは微笑む。会議資料に目を落としている姿勢だが、ほとんどパフォーマンスだけのようなものだろう。元々期待はしていないので、別の四天王へとアゼルは半眼を向ける。
「ファントムは、」
「地方にはいるが、新人の手伝いをするつもりは無い。エメラルドに振れ。女トレーナー相手なら、諸手を挙げて引き受けるだろう」
 協会四天王の長であるファントムは、会議資料を一瞥することも無く、目の前にある机に組んだ両足を乗せてふんぞり返っていた。協調性の欠片も無い彼の回答も想定内ではあったので、アゼルは資料へと顔を引き戻し、溜息をつく。
「エメラルドは僕の方で使うから、シュウを推薦するつもりだ。新人トレーナーの引率ぐらいは出来るはずだろう。というか、それも出来ないようなら、この期間中だけでも手持ちごと拘束しておきたいところなんだが」
「では私は、通常業務の傍ら、貴方のフォローに入る形で問題ないでしょうか? 流石に、メインを受け持つことは難しいですが」
 四人いる協会四天王の中で、唯一アゼルが信頼しているアイルズが、読み終えたらしい資料を手元でまとめつつ声を上げる。こちらも予想していた通りの回答を貰え、安堵と共に頭を下げる。
「あぁ、それで構わない。白の組織対策もあって忙しいときに、すまない」
「いえ。地方でポケモントレーナーのなり手が減っていることは事実です。その対策という意味では、この『サマートライアル』は良い企画かと思いますよ」
「……あぁ。そうだな」
 何でも無い顔で頷けば、手伝いをするつもりのない二人の視線が向けられるが、無視を決め込んだアゼルは、そのまま手早く話を取り纏めるのであった。

*****
「本当に、"私"が知っているだけで問題ないのでしょうか」
 そこは、薄暗い室内だった。全ての窓をカーテンで覆っているものの、隙間から零れる光は、外がまだ明るい時間であることを自覚させる。部屋にいるのは、アゼルにとって上司とも言える者達――ポケモン協会長が一人、副会長が二人。彼らは定位置の椅子に腰掛け、三者三様の視線でアゼルを見つめ、或いは、資料に目を落とし続けている。
 先の言葉は、アゼルが現状の報告をしていた中で感じた疑問であり、それに応えたのは、副会長の一人レジェンだった。
「問題ないよ~。メイミ君の予定は分かっていたし、ファントム君もホウナちゃん絡みじゃないと動かないもんねぇ。アイルズ君もまぁ、僕から何か言わない限りは、そこまで深く突っ込んだりはしないだろうさ。彼、そういう"面倒事"を嗅ぎ分けるのは、無意識ながら案外上手なもんでね。アルクは何かあるかい?」
 いつものように気の抜けた表情でへらりと笑う彼は、眉間に深い皺を寄せる向かいの男へ意味ありげな視線を向ける。
 もう一人の副会長アルクは、酷薄そうな瞳でじろりとアゼルを見据える。出来る限り緊張を悟られないようにと、後ろ手に組んだ両手に力を込め、毅然とした表情でアゼルが見つめ返すと、彼はすぐに視線を外して肩をすくめる。
「特には。ただ……レジェン。あの"阿呆"は、この期間に戻ってくる予定はあるか?」
「幼馴染みの君が聞いた方がいいんじゃない?」
「フンッ、面白い冗談だ。アレと会話して、まともに成り立つ事の方が少なすぎる。アゼル、お前はレイオンの弟子どもから何か聞いていないのか」
 思ってもいなかった話を突然振られ、内心の慌てを硬い表情で覆い隠したアゼルは、軽く首を横に振る。
「……いいえ。彼らにしても、師の行動は突拍子が無い、と言っていましたので」
「その辺は君の方がよぉく分かってるのに、息子に確認しちゃう辺り、やっぱ信頼してるねぇ」
「アゼルは協会四天王であり、あの阿呆の弟子達とは会話が出来ている。ならば、私よりも知っていることが多いと考えてのことだ。息子云々は関係ない」
 はいはい、とどこか楽しそうに返事を返すレジェンと、更に眉間の皺が深まるアルクのやりとりは、これも多少なりといつも通りである。そして頃合いを見計らったかのように、部屋の中で沈黙を貫いていた三人目、協会長のクールが資料から顔を上げる。
「アゼル。君の不安は最もだ。メイミは、事情を知れば地方外に出て行くのを取りやめるだろう。ファントムは、"協会長命令だ"と言えば従うだろう。アイルズもまた、事情を聞けば考えるかも知れない。だが今回の件は……"私の個人的な事情"によるものだ。だから、事情を知る者は最低限にしておきたい。経由して聞いた者達に、あまり誤解を招きたくないのだ」
「それに、白の組織の件もあるしねぇ。件の"ウツロックス"についても、元の成分が全然分からない。摂取したポケモンとそのトレーナーがシンクロ現象を起こし、擬似的にポケモンになれる、なんてねぇ。通常ならエスパータイプの仕業を疑うところなんだけど」
「貴様は現実を受け止めろ。目撃情報、証拠情報の全てが、かの薬品が原因であると物語っている。
 ――ともかく。アゼル、お前はこの件について不満があるのか?」
 窘めるような視線を向けてくるアルクへアゼルは向き直ると、背筋を正して首を横に振る。
「いえ。私は、ポケモン協会の協会四天王の一人です。この立場である限り、職務を放棄するつもりは毛頭ありません」
「ならば結構。お前は与えられた仕事をこなせば良い。こちらはこちらの都合で動いている以上、気にする必要は無い。以上だ」
 これで話は終わりだと言わんばかりに切り上げられたため、アゼルは胸中で溜息をつきつつ、その場で軽い礼をして部屋を後にすることにした。

*****

「アルクさぁ。『協会トップスリーが何考えているか分からないから気にしないで、自分のやるべき事をしなさい』って言えば良いのを、なんであんな回りくどい言い方するかなぁ」
「貴様に言われなく無い、ひねくれピエロ」
「えぇっ!? ちょっとクール! アルクが酷いんだけどー! 僕、親子関係は仲良くするべきだよ、って言ったのにさぁ!」
「レジェン。君こそ、シュウ君とは上手くやってるのか?」
「そういうクールは、シャドウ君と最近会話してる?」
「う……最近、あまりこちらに来ないため、連絡が出来ていないのだ……」
「おやおや? 協会に寄り付かないなんて、遅めの反抗期かな? ま、アルクみたいに厳しい態度で接してるわけじゃないから、単に他の仕事が忙しいだけかもね~」
「私からはもう何も言うまい。ただ……クール。自分の息子の手綱はキチンと握っておけ。後で暴走しても知らんぞ」
「シャドウは私よりも余程冷静だ。そんなにおかしな事はしないだろう」
 その言葉に、レジェンはどこか面白がるような笑みを浮かべ、アルクは深々と溜息をついた。
「……どうなっても、本当に知らんぞ」

*****
2021/4/1
言い訳はブログでね!!!

Page Top