心が軋む。
目の前の者達が交わす言葉が異国の声に聞こえてくる。
酷い気持ち悪さだけが胃から込み上げ、嘔吐感を覚える。
目を細めると、少し離れた所に友の顔が見えた。
ただ真っ直ぐ見つめる彼の顔は確かに騎士の顔だ。
あまりにも気まじめで何時か必ず信念と法の板挟みになるのが見えるはずの彼が――――。

しかし、親友のように自分の中で響く警鐘に抗うことなど、あの時の彼も今の彼も、考えられるものではなかった。



「――――ユーリ、大丈夫ですか……?」

降りかかる声に。
目が覚めた彼は、片手で目を目元を擦る。すぐ傍で心配そうな表情で見下ろしてくるエステルは、彼の片手を両手で包みこんでいた。

「……酷かったか、俺は」
「あの、うなされていたました……」

ほんの僅かに振り切れない眠気と痛みに顔をしかめつつ尋ねると、彼女がさらに心配そうな顔でユーリの手を握る。

「治癒術はこういった事には効かないみたいで、私、どうしたらいいか分からなくて……」
「おいおい、悪夢に治癒術効くなら、誰も苦労しないって」

口元に苦笑を浮かべると、彼は寝る前に寄りかかっていた大木から身を起こそうとして――そこでふと、頭部に触れる感触が、樹木の硬くごつごつしたものではなく、柔らかな感触であることに気づく。
ぐるりと首を後ろに回してみると、そこにあるのは茶色と緑の混じった大地ではなく、青と白が入り混じった獣の毛皮だった。視線を背後から横に向けてみると、主人の枕代わりになって横たわっていた相棒は、キセルを器用に口元で揺らしながら昼寝をしている。
ユーリが何となく顔を向けると、エステルが楽しそうな表情で胸元に両手を合わせる。

「ユーリが寝やすいように、ラピードにお願いして枕になって貰っていました!」
「…………そうか」

どう返答すべきか悩みつつも、一応妥当だと思しき無難な返答をする。それにエステルがさらに嬉しそうな表情をすると、長い尾を揺らすラピードの背を撫でる。撫でられている当人は今なお夢心地で、揺れるキセルが上機嫌に上向きになる。それを見た彼女が、口元と目元を緩める。

「きっと、良い夢を見ているのでしょうね」
「どんな夢だと思う?」
「え?」

何とはなしに話題を振ると、とたんに彼女が真剣そうな表情になる。柔らかな風が髪の間を抜ける心地よい感覚に身をゆだねると、先ほどまで見ていたと思しき悪夢の影も薄れてくる。その頃には、どうにか答えを思いついた彼女が口を開く。

「えっと……ご飯でもたくさん食べる夢でしょうか?」
「それってお前の"良い夢"の話だろう」
「もう、そんなことありません!」

ほんの僅かに少女が頬を膨らませる様子に、彼は軽く吹き出し、つられたように彼女も吹き出すのだった。


良い夢とは何ですか?


(彼らが再び立ち上がる頃には、明るい朱色が地平線の煌めきの中を走り、彼らの影をとても長く見せていた。)

080709/まさか本編中でもラピードが枕代わりになってるシーンがあるとは思ってもみなかった時に書いたもの。