宿屋を確保したのはいいが時間が余る、というのは、旅ではよくあることだ。


「ええっと、後は"ホーリーボトル"と"グミ"を幾つか……それと、食材の買い足しでしょうか?」
「だろうな。ったく、人数増えたおかげで、食費も馬鹿にならねぇぜ」

メモを見ながら小首を傾げるエステルの言葉に、紙袋を片手で担ぐユーリが軽く頷きつつも、やや悲嘆に暮れたように空を見上げる。

「でも、旅の仲間が増えることは嬉しいですよ」
「喧しい上にちょろちょろ自由行動ばっかりの自由勝手気ままな奴らが?」

不服そうな表情で鼻を鳴らす彼に、彼女が鈴のような音で笑う。ちらりと見下ろすと、エステルは嬉しそうな表情のまま、前方を見つめる。

「私は今まで、お城の中に住んでいました。時折フレンが話してくれることや、ほんのこっそりだけ見ていた町の中、それから本で何度も見た物。それが、今までの私の"楽しいこと"で、私の知っている外の世界でした。でも――本当の外の世界って、それだけじゃないのが分かったんです。カロルやリタ、それにユーリと会話してて、思ったんです。こういうのが、本当に"楽しいこと"だということに」

桜色の髪が揺れ、若草色の瞳が細められる。少女の唇から最後に掠れた息が零れ、青年は彼女から目を離し、視線を前方へと投げる。二人の間に暫く言葉が交わされることはなく、街角をすり抜ける風が、彼らの間も平然と通り抜ける。
ふと、ユーリの足が止まる。倣ったように、エステルの足も止まる。

「今後だって、きっと楽しいんだろうよ、お前には」
「え?」
「今が楽しいんだろ。俺も――フレンに言われたとおり、まだまだ狭い視野だったらしいしな。こうやって旅をしてるから、他にも見たこともないものがある。それは、今までの具合から分かるだろ?」

黒い髪が風を受けて孕み、流れる。片手で髪を押さえつつ、ユーリは傍にいる小さな彼女を見下ろした。

「なら、もっと楽しそうな顔しろよ、お前は」

ぶらりと横に投げ出していた片手でエステルの柔らかな髪を撫で、彼はついと視線を他の露天へと向ける。
エステルは――――ほんの少しだけ目元をおろして――柔らかに笑った。

「そうですね。有難う御座います、ユーリ」

彼は一度ちらりと彼女へ目を向けるが、すぐに道具扱う露店へと目を向け、背伸びをしてみせる。

「さって――――とりあえず、ホーリーボトルと、それにアップルグミを数個だな」
「オレンジグミは良いんですか?」
「そうだな。どこぞの回復行う奴が、やたら術を行使するから必要か」
「……ユーリは本当に意地悪です」

エステルが肩をすくめてしょげる様子にユーリは彼女の頭を優しく叩きながら、くすくすと笑うのだった。


本当の刹那というもの


(「……遅いわねぇ、あの二人」
 「買い物が長引いているんじゃないかな?」
 「ま、そういうことにしておきましょ。鈍感なあんたじゃ、思いつくわけないよねぇ」
 「え?」
 宿屋のとある部屋にて。
 本から顔をあげた少女の溜息の意味が分からず、少年はただただ首を傾げていた。)

080706/ゲームをやって気付いたのは、カロルだけが恋愛に鈍感っぽそーだなということ。