「ぷっはぁ! いいねぇこの味、お、店員これもう一杯!」

結局、酒場の中の被害はひび割れた壁と壊された机や椅子だけで、全壊の一歩手前という状態だった。とはいえ、直せないわけでもないということから、起き上がった店員達(エステルの回復効果を受けていながら気絶していた者達)による懸命な修復作業の結果、ごまかしが効く程度、店の営業にある程度支障が出ないほどにはどうにか直すことが出来たのである。
所々補強された酒場で、レイヴンは飲み干したジョッキを店員へと突きだす。店員は中年男性の顔を見るなり、にこやかな表情でそれを受け取ると、急ぎ足で厨房へと駆け込む。前日の事件のこともあってか、店員達にはすっかり顔なじみなので、時折すれ違う店員がにこやかに手を振ることもある。
酒場は前日の騒ぎが嘘のように感じられるほど、そしてまた、街で行われている街の影響もあるのか、普段以上にの騒がしくも賑やかな宴の間となっていた。ユーリ達は今日もまた(今回は普段の恰好で)酒場にある少々大きな丸テーブルの席に腰をおろしている。ただし、その中には、一昨日まではいなかったメンバーも含めて、ではあるが。

「ふーん、ここが酒場ねぇ」
「さっきまでのお祭り会場みたいです!」
「基本的に、酒場は情報が集まる場所だからね。大抵の場所は、いつもこんな感じで盛り上がってるよ」

つまらなさそうな表情で頬杖を突くリタの隣で、エステルはきょろきょろとあたりを見回し、ある程度事情に詳しい向かい席に座るカロルの説明に感心した声を洩らす。
その日は、女主人の"所要"という理由でレストランのアルバイトはなく(置手紙が残されていた)エステルの提案により、全員で祭りを見に行くことになったのは昼もそこそこ過ぎたあたりである。港街と言っても複雑に入り組んだスペースがあり、それぞれが決められた時間まで自由に行動しているうちに日は既に沈んでいる。
平然と酒を飲むレイヴンを尻目に、ユーリが目の前に置かれてある酒には手をつけないまま、軽くため息をつく。

「……何でこうなるんだ……」
「あら、駄目だったかしら?」

くすりとほほ笑むジュディスは、出されてあるお酒を軽く口にしてはいるものの、平然とした表情である。それを眺めつつ、ユーリはかぶりを振る。

「未成年を酒場に連れてきたら、あとが面倒だろうが。特にこいつらの場合」
「内緒で夜間仕事やってるあんたの方が先に面倒事持ってきたんでしょ? 今更、面倒も何もないじゃないの」
「確かになー。見つかったのは基本的にお前さんで、嬢ちゃんはたまたま巻き込まれたわけだしなぁ」

にやっと揃って笑ったリタとレイヴンの言葉に反論できず、ユーリが不服そうな表情を露わにする。
あの後、事態を女主人から聞きつけた仲間達がやってきたらしく、気づけば気絶していたユーリはエステルと共に宿の方へ運ばれていた。酒場の方で説明の為に残っていたレイヴンの話によれば「謝礼の受け渡しとお礼も兼ねて、明日、普段よりも少々早いの時間からの夕食はどうでしょうか」と戻ってきた主人に事情説明後にそう言われたそうだ。今回、エステル達を連れてきたのは(彼女たちにせがまれたこともあって)きちんろした事情説明をすると同時に、夕食を食べさせるという理由も一応兼ねている。
結局、主犯格であるクロウドは当然のことながら、酒場荒らしとして名前の挙がっていた"狂犬の牙"は、今回の事件により騎士団に逮捕される形となった。ちなみに、ギルドの首領であるウムラウトもクロウドから一撃受けたもののどうにか一命を取り留めたとかで、明日から病院から牢獄行きが決定した、というのは今日の新聞の隅に掲載されていた内容である。

「でも、ユーリは凄いよね。僕もクロウドの名前は聞いたことあるけど、魔狩りの剣でも結構な実力者で研究者ってことで有名だったんだよ。それを、エステル守りながらも一人で解決しちゃうなんてさ!」

カロルの言葉に答えず、ユーリは黙ってレイヴンを見つめる。つられて仲間達が目を向けると、彼はへらりと笑ってみせた。

「いやぁ、おじさんも実は結構活躍してたんだぜ。しかし残念なことに、その雄姿を見た奴らは全員牢獄行きなもんで、結局、見事に取り上げられなかったわけだなぁ、これが」
「……胡散臭いわよね」
「……だよね」
「最近のお子様は冷たいねー」

半眼でぼやくリタとカロルの言葉に、レイヴンは肩をすくめる。
結局、レイヴンは今回の件について特に説明をすることもなく、また、ユーリも詮索する気もなかった。先程、事件の粗回しの説明をする際も、レイヴンがやってきた時の、そして、普段の戦闘以上の動きについて語ろうとする前に、割って入ってきた彼によってさっさと邪魔をされてしまった。ちなみに新聞には、ユーリ達のことは一切載っておらず、事件そのものは騎士団が片付けたと掲載されている。ユーリとしては目立たないことが何よりも良いのは(今回の件で特に)分かっているので、記事を見た時は思わず安堵したくらいである。

「あぁ、こちらでしたか。昨日の件は本当に申し訳ない」

店員から来店を聞いたのか――慌てて厨房から出てきた店の主人は、やってくるなりユーリの方へ向き直ると深々と頭を下げる。
彼はたまたま隣町まで、今日の街で行われる祭りの為に注文したお酒を取りに行ったらしい。そのため、彼が帰ってきたのは事件によって酒場の内装が大幅に変化しているので補修をしている、というその真っ最中であったそうだ。ユーリは苦笑した。

「いや、どっちかというと、俺の不注意ですから……」
「にしても、ユーリのばれるような変装ってどんな感じだったのかしら」
「案外、眼鏡に髪を縛って服装を変えていたんじゃないかしら?」
「何だか普段のユーリではない感じです」
「変装してるんだから、やっぱそうじゃないと意味無いんじゃないかな? ま、まぁ結局ばれてるけど」
「となると、意外と女装の方がばれない可能性もあったのかもなぁ」

好きなように話を始める仲間達を尻目溜息をつくと、主人がそっと封筒を手渡す。手に持った瞬間、思った以上の封筒の厚さと重さに思わず顔をあげると、彼は目を細めて笑う。

「もう一日分ほどの報酬金を入れてあります。エステルさんの治癒術のおかげで、店の者達全員が助かりました。ですので、これは私からの報酬金と、店員達からの感謝、ということにして下さい。ああ、もちろん、今日の夕食も是非楽しんでいただければと思います。私の妻が話を聞いて、是非ともお礼をしたいというもので。――未成年の方々は、ジュースでよろしいですね?」

声を揃えて返事を返す三名を見返してから、主人は一礼するとその場を去っていく。その後ろ姿を眺めていたリタが、ふと、呟く。

「そういえばあの人、どこかであったことある?」
「え、無いとは思うけど……何で?」
「……何となくよ」

不服そうなリタに、カロルとエステルは首を傾げる。レイヴンは表情の読めない笑みを浮かべながらその様子を傍観しており、ジュディスもまた、自らのグラスに注がれていた酒を空けて傍観している。ユーリは訝しげな表情をする。

「街の中ですれ違った、とかじゃねぇの?」
「何か違うのよね。こう、雰囲気って言うか、匂いって言うか――――」
「ああ、やっぱりアンタ達だったのね……!!」

何となくここ数日間聞きなれたような女性の声が酒場の中に響き、ユーリ達は一斉に振り返り――とりあえず、突進してきた宿の女主人が、ユーリとエステルを揃って抱きしめる。

「もうっ、若いんだから無茶し過ぎるのは分かるけど……! 夫と店員達から聞いたわよ! 本当、やっぱり貴方達のことだったのねぇ……!!」
「……す、すみま、せ……苦しい、ん、です、が……!」

(何かしら骨がめきっと軋んだ気がしないでもない)ユーリが、もう何時ものことで全く慣れてしまっているエステルの隣で僅かにうめくような声を洩らし――ふと、鼻先を掠めたのは、最近エステルを助けた時に嗅いだ、柔らかな香りである。
女主人は、ユーリが前日に大怪我をしていたという話を聞いていたのを思い出したのか「あら嫌だわ」と少々恥ずかしそうに口元に手を当てると、両腕から二人を解放する。
一方で、傍にいたリタが「あぁ」と呟きを洩らし、女主人を見上げる。

「おばさん、夫って、ここの酒場の主人よね?」
「ええそうよ。普段はそれぞれの仕事があるからあまり連絡はとってないけど、月に一度は合う様にしてるの」
「それよ」
「へ、何が何が?」

にこりと微笑む女主人の言葉に、リタが納得のいく表情で首を縦に振る。ジュディスは面白そうにリタの様子を眺め、カロルとエステルが首を傾げていると、レイヴンが楽しそうな表情で――視線は、はっきりと、ちょうど脳内思考が理解へ追いつき、やや呆然としているユーリに向けつつ――指を立ててみせる。

「つまり、あの主人から僅かに香る匂いが、夫人のつけている物と一緒だった、というわけだな。だからこそ"会ったことがある"ように感じられるわけだな、これが。匂いと人物像がシンクロしちまってるっつーわけだ」
「あら、やっぱり分かるかしら? ……そういえば私、いつも思わず抱きついていちゃって、貴方のほうにこの匂いとか移っちゃってたと思うけど、平気だったかしら?」
「はい。お客さんにも、時々『優しい匂いが同じ』と言って、とても喜ばれていました」

首を傾げる女主人に、リタの言うことに合点がいったエステルが、嬉しそうに首を縦に振る。再びエステルに抱きつく女主人を見ながら、ユーリは片手で軽く自分の頭を抱えた。傍にいたジュディスが耳元で囁く。

「あら、お酒に弱いのかしら?」
「……色々な意味で頭が痛くなっただけだ」
「なるほどなぁ。それで、護衛中は酒を飲まなかったわけだ――――って、おいおいおい、フォークは武器じゃないぞー」

ほとんど反射的動作で投げたフォークが、レイヴンの背後に、さくっという小刻みのいい音を立ててどうにか補強している(と思う)わらに突き刺さる。

「さって、アンタ達には色々――特に二人には世話になったからね。今日はたーんとお食べ。ついでに若いんだからね、無茶は一回くらいしときな? ――厨房、持っておいでー!」

エステルを解放した女主人が厨房に向けて声を上げると、店員達が様々な料理を持ってやってくる。一分もしないうちに彼らが囲んでいる木の丸テーブルの上を様々な種類の料理の皿が埋め尽くす。
そして、それぞれの飲み物も用意され、気づけば酒場は全体的に静まり返っていた。

「今日はお祭りだよ、アンタ達。とにかく馬鹿騒ぎしても何でもいい。ただ、昨日みたいな犯罪者はごめんだよ? 場を共有する、っていうのが大切なのは、こういう場所にいるなら分かるね!」

女主人の声に、その場にいる者達の歓声ともいうべき声が響き渡る。そこには前日響いていた揶揄の男達の声は一つもなく、ただ純粋に"楽しく騒ぐ"という者達の声がある。彼女は腕をあげた。その場にいる者達が、揃えて飲み物を持ち上げ、未成年の者達も倣う様に持ち上げてみせる。

「さぁて、夜のお祭りはこれからさ、楽しみな!!」


Secret Waltz


(掲げた祝盃がぶつかり合う涼やかな音と歓声が、酒場の中にこだました瞬間だった。)

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発売前カウントダウンと称した七分割した作品を掲載するにあたってほんの少しだけ手直しを加えたものです。とはいえ、ストーリーはほとんど変わっておりませんし、増えたのは術詠唱の台詞くらいと……あー、あと、犯人(?)のクロウドの元所属ギルドを海凶の爪に設定しました。魔狩りの剣だとむしろこう言う奴がいる可能性が少ない気が思いっきりする(汗) 後は……なんだろ、前書きと後書き、かな? 当初は八分割は多かったのでまとめて五分割程度にまとめようと思ったのですが、何か結局八分割のままになってしまいました。変にわけにくい構造にしたのはどこの誰だ(貴方です)
この話は飯塚にしては珍しく長くなることもあって伏線をいくつか設けてみたものです。まぁ長い話で伏線は仕込むのは楽しいのですが、何が大変って回収し忘れがもう大変で大変で……(ぇ) 発売前に書いたこともあり、どこの街〜というイメージはありませんが、ゲーム終わった今考えると、一番しっくりくるのはダングレストかな。酒場が多いので。あと、道が石畳だし(笑) とにもかくにも、ここまで読んでくださいました方、お疲れ様です!

……え、続きあるのに何故ここで後書きかって? そりゃあれですよ、次はまぁなんというか……趣味で書いたものですから、見る見ないは自由な風なので、一応全体的な締めはここで。



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