リタは肩に担いでいた本と幾つか魔導器を抱え直しつつ、憮然とした表情で夜の宿の廊下を歩いていた。

「もう……なんか納得いかないわね」

ぼそりと悪態をつき、彼女は自分の行動を軽く振りかえってみた。
一応メンバーのリーダーだと思わないでもない青年から「夜遅くに町へ出歩くな」とは念を押されたものの、そんなのを守って見せるほど彼女も律儀でもない。外に出ようとしたところでやってきたカロルを(強引に)引き入れ、同じように外に出ようとしていたレイヴンも連れだって夜の街へ出れば、興味深い資料や魔導器が彼女の目に飛び込んでくる。モンスターを倒したあとにこっそりと貯めこんでいたお金も先立って購入していけば、気づくと手元が一杯。
戻ろうとしたところで面倒な酔っ払いに絡まれ、気づけばレイヴンの姿はなく、軽く立ち向かうも吹っ飛ばされるカロルに悪態をつき、彼女が単身で動き出そうとしたとき―――やってきたのは、リーダーであり面倒見役の彼、ユーリだった。
数秒の間もなく"みねうち"らしき技を決めると、転がっていたカロルと呆然としていたリタをずるずると引っ張って、そうして彼女は宿に戻ってきた。
戻ってくる最中、彼は悪態はついたものの、これといった説教はしてこなかった。が、一言、こんなことを呟いていた。

「お前ら"も"同じことで俺の苦労を増やすんじゃねぇ。次は助けないぞ」

その言葉から、どうやら何か"似たような事があった"のは推測できるが、しかしその推測のいくつかが本当か、或いは単純に言い間違えか、とにかくはっきりとはしない。それが、ある程度はっきりとした答えを求める科学者として許せないのか、彼女の中にある不満というのは中々晴れなかった。
ふと、暗いはずの廊下に一筋の細い光の帯を見つける。目を凝らすと、ほんの僅かに開いた扉から零れているのが見えた。
宿屋の主の趣味で、珍しい本を置いた書庫のような部屋がある。
それがその場所だということを思い出すと同時に、リタは扉をゆっくり開き――そこに、桃色の髪が、空に浮かぶ大きな明かりに照らされているのが見えた。夜風を受けて揺れる様子は、その町にある、同じ色の花を咲かせる樹木その物を連想させ、軽く息をのむ。それが見知った人物だと気付くのに時間がかかるはずもなかった。

「なぁにしてるのよ」

呆れたような声をかけると、窓際に腰かけて本を見ていたエステルがびくりと体を震わせる。しかし、リタに気づくと、本を閉じて嬉しそうな表情を向けてくる。

「あ、リタ。どうしたのですか?」
「どうしたはこっちよ。あんたこそ、こんな時間まで何してるわけ?」
「珍しい本が置いてあると聞いたので、読みふけっていました。とっても古いものもあるんですよ!」

よく見れば、部屋の影になっている窓際、エステルのすぐ傍には、いくつかの本の山が出来ていた。払われきれていない埃が本の上から僅かに零れているのを見る限り、彼女がそれらを全て手にとって眺めていたのは一目瞭然だった。

「……結構冊数あるけど、どのくらい読んでるわけ?」
「えっと、多分20冊くらいです」
「何時から?」
「夕食後です。ユーリが『宿内なら自由にしてていい』と言ったので」
「ふーん」

何とはなしに生返事を返す。ちらりと床に置いてある本に目を向けると、科学者としていくつか心疼く興味深いタイトルの本が見え、リタはその場にしゃがむ。

「これ全部読んだわけ?」
「はい。リタも気になりますか?」
「まぁ、ね……借りて平気よね」
「宿を出る明日は返さないといけませんよ」

困ったように笑うエステルを見て、リタは軽く肩をすくめ――ふと、彼女の言っていた言葉にひっかかりがあったのを思い出す。

「ねぇ、さっき『宿内なら自由に』ってユーリが言ってたって言ったわよね?」
「あ、はい」
「エステル、もしかして夜に宿の外に出たことあるの?」

その言葉に――――エステルが苦笑し、頷いて見せる。

「まだ、リタ達と会う前にユーリとラピードと一緒に旅をしていた時、ほんのちょっとだけ窓の外から見えた屋台が気になって、こっそり抜け出したことがあったんです」
「屋台?」
「はい。何だか子供たちが一杯集まっていて、"射的"というのをやっていたんです」

言って、エステルがもう一度苦笑しつつ、手元に置いてあった本の表紙を撫でる。薄い本のタイトルは古代語で表記されていてリタには分からなかったが、彼女はそれをもう一度撫でてから目を細めた。

「ほんの少しだけ。そう思ってやっていたいたんですけど……その、ちょっと夢中になっていたら、人の目をひいていたみたいで……」
「その髪と服じゃ、確かに目立つわよねぇ。で、何か人だかりが出来てて囲まれていた、と」
「あの時、ユーリが来てくれなかったら、ちょっと騒ぎになりそうでした。幸い、誰かユーリや私のことを覚えていた人ははいなかったですけど」

一応"指名手配"とされている彼らである。当然ながら、彼女自身が目立つことは面倒事にほかならないだろう。
あの時はとても呆れられました、と困ったように、でもどこか嬉しそうに話すエステルの姿を見て、リタはふと、先ほどの疑問とでもいうべき彼の言葉の意味を理解した。そして、軽くため息とともに肩をすくめる。

「なんか、あいつが苦労している一番の理由、分かった気がするわ」
「?」

首を傾げるエステルを見詰めつつ、リタは傍にあった本を拾い上げると、その場に腰を下ろすことにした。


労事担当者情把握


(次の日の朝、僅かに開きっぱなしの扉へ向かったカロルは、そこで本の山に埋もれるようにして寝ているエステルとリタの姿を見つけるのだった。)

080714/当初の目的:リタとエステルがPV2を見る限り結構仲がよさそうだったから、何か本に関する話題とかじゃないけどとにかく二人でまぁ仲良くしてるよなー見たいなシーンを書く。
……いやこれのどこがって状態に結局なっちゃいました。むしろユーリの苦労を眺めていたリタの感想みたいな具合ってなんなんだコレorz こうやってちょろりと書くと、リタは今までのシリーズの中でD2のハロルドに近いんですよねぇ。でも年齢とかもあいまってまだまだ割り切れていないところが多そうな気がする。とりあえず最終落ちの意味は何って、まぁ少しは苦労事減らしてやろうかな、とか思ってリタが借りたまま返さない、という事態を起こさないため、その場で本を読みふけっていたというイメージで。……なんて説明不足な描写……。