獲物自ら出てきたところで、魔物の自信に変化はない。牙の並ぶ顎を下げて咆哮と共に鋭い脚の攻撃が振り下ろされる。ユーリは攻撃を避けながらも再び魔物の下へと潜り込み――攻撃することはなく、彼はそのまま巨体の下を通過。同時に、道具の一つを取り出して魔物に向ける。
自らの真下その物を通過するとは思っていなかったらしく、魔物の攻撃は自らのあご下で空を切る。背後へ抜けたユーリが抜刀された刀身を叩きこむも、甲羅に弾かれた刃の乾いた音が響く。
魔物が背中に背負っていた甲羅に籠もることで攻撃をやり過ごし、同時に向けた甲羅から無数の棘が素早く放たれる。
横に転がって攻撃を避けようとするも、完全に交わし切れなかった棘の雨が黒服を引きちぎる。掠めた肌が僅かにえぐれて出血をしているものの、気にとめなることなく後退して態勢を立て直す。視線を握りしめていたレンズへ向け、現れ出た結果に口元を三日月にする。

「反撃させてもらうぜ、デカ物」

呟きと、彼は小さなボトルの中身を飲み干す。
魔物が気にせず突っ込んでくるのを相手するかのように、刃を水平に構えて彼が疾走。先ほどと同じことを警戒したらしい魔物は、自らの体を甲羅の中に収め、走り寄ってきたユーリに突進しつつ、左右の前足で挟みうちにしようと飛び込んできた瞬間、刃を水平に振う。
しかし、魔物の二つの足は宙を切る。同時に、とんっ、と軽く飛躍する音。それに気づくことが出来なかった魔物が周囲を見渡し――自らの目が獲物の姿をとらえた時には、その獲物が振りかざした武器が自らの両目をつぶした瞬間だった。
叫びにも似たうめき声と共に魔物が思わず首を振り、自らの顔を掻くように前足を動かす。一撃で二つの目をつぶしたユーリは、そのまま後方へと飛び、地面に着地。足から伝わる痺れを無視して、彼は再び魔物のすぐ真下に飛び込む。

「いくら装甲が硬くとも、中が柔らかいのは常識だよな。」

そのまま刃を思い切り振りあげながら切り上げると、破れた魔物の皮膚から血がこぼれ、黒い姿の彼を赤く染める。

「今までの倍返しだ――腹ぁ括れよ!」

呟きと同時に、ユーリが"飛燕猛襲牙"による切り上げをかけ、魔物がひっくりかえる。そのまま刀による突きと斬激の応酬を与えると、魔物のうめき声が一段と高く上がる。ユーリが魔導器からの力に同調するように攻撃を続けるうちに、刀身が熱気を、炎を帯びて燃え上がる。

「天狼滅牙・飛炎!」

炎を纏った刃が巨大なモンスターの体を突き上げ、内側から焦がしあげる。しかし、流石に他のモンスターとは違う"ギガントモンスター"と呼ばれる種族だけあって、それだけで終わらない。目が見えないながらも地面を伝わる振動で位置を特定したのか、攻撃直後のユーリを鋭利な前足が切り裂く。利き手ではない右裾がはっきりとやぶけ、爪先が食いこんだ肌から大量の出血。
だが、その時には既にユーリの意識は、最後の一撃のための集中力に変わっていた。
もう一度、モンスターが獲物がいたと思しき場所に口を開けた顎を突進させるも、それは残像となったユーリの体を突き抜けるだけとなる。

刀身を滑らせて走らせる。

颶風となって魔物を縦横無尽に切り裂く。

腕から伝わる確かな手ごたえに、にやりと笑みを浮かべる。

「漸毅狼影陣(ざんこうろうえいじん)」

流れるような呟きと同時に、魔物が最後のうめき声をあげてその場に崩れ落ちる。完全に息絶えたらしく、蒸気をあげ、ぴくりともしない。
それを尻目にユーリが安堵し、同時に無茶による反動で彼もまたその場に膝をつく。意地でも倒れないようにしながら、ユーリは投げ置かれていた傍の荷物入れからアップルグミを取り出し、租借。痛みを無理やり誤魔化して、その場に武器を落とすと、痛みを覚える片腕を引きづりながらエステルのもとへ向かう。

「おい……エステル……」

手を出そうとして、しかし自分のどちらの手も血でぬれていることに気づくと、彼は動かすことが可能な利き手の血を服に擦り付けてから、彼女の頬を軽く叩く。
しかし彼女の反応はない。どころか、呼吸する息があまり聞きとれない。
蒼白になると同時にエステルを抱きかかえ、先の元いた場所に戻るなり、ユーリは荷物袋を蹴り飛ばす。転がり出てきたライフボトルの蓋を捨て、口に当てさせたまま流し込む。焦燥感が体を包み、罪悪感が身を締め付ける。エステルの唇からライフボトルの中身が零れるのを見て、背筋に寒気を覚える。
全てを流し込ませると同時に、ユーリはボトルを投げ捨てて彼女の体を揺さぶる。

「起きろっ、起きろよ―――エステルっ!」

叫びながら、彼は彼女の背中を何度か軽く叩き――――咳こんだエステルの姿に、ユーリの肩の力が抜ける。彼女の口元に軽く手を宛がってみると、普通となっている寝息がかかる。ゆっくりと、貯めこんでいた息を吐き出す。
と、地面を踏み越える足音が、先程、魔物がやってきた方向から近づく。思わず身構え、しかし、その先から灯りと見慣れ過ぎた者達の影を捉え、警戒心が一気になくなる。

「ウォンウォン!!」
「おーおー、二人とも生きてらぁ」
「って、あんた達、ギガントと戦ったわけ?」
「あら残念。倒してみたかったわね……」
「ユーリ! エステル! 大丈夫!?」

見慣れた煩い彼らの姿が、あまりにも懐かしいような感覚に襲われ、ユーリは苦笑しながらも声を上げようとする。
――ふらりと、視界が歪む。
頭が激しい頭痛に襲われ、気づかないでおいたはずの痛みが体をむしばむ。
仲間達の若いメンバーと相棒が慌てて駆け寄ってくる様子に最後まで苦笑しながら――ユーリはエステルを抱きかかえたまま意識を失った。



近くで見つけた洞穴がね、下に続いていたんだよ。あ、荷物を真っ先に落下させたのはレイヴンだったかなぁ。何か間違って蹴落としてた気がするけど。

町に着いてから治療を受け終えたユーリに、カロルがそう説明してくれた。ちなみに、ユーリとエステルが落下してから、大慌てしたのは実はカロルだけで、残りの全員は焦ることよりもどうやって二人を迎えに行くかという冷静な判断をしていた、というのはリタが付け加えて説明していた。
何となく、ユーリはベッドに腰を下ろしたまま、窓際に寄りかかっていた。時間的にそろそろ夜が近いこともあってか、冷えた風が滑らかな黒髪を撫で、心地よいその感覚に目を細める。
時間的にもそれなりに人が行き来し始めた街を見下ろしていたユーリは、ふと、部屋の扉を叩かれることに首を傾げた。

「誰だ?」

その質問に返答はなく、扉がゆっくりと開く。
薬をもらってすっかり良くなったらしいエステルがそこに立っていた。よく分からずに目を瞬くと、彼女は部屋の扉を閉め、とことことユーリの元までやってくる。
そして、深く深く頭を下げた。

「ユーリ、有難う御座います」
「……どうして、有難うのほうにした?」
「謝るのはおかしい、と教えてくれたのはユーリです」

顔をあげて笑うエステルに、ユーリもまた満足そうな笑みを見せる。
窓際に寄りかかっている彼に倣い、エステルもまた窓から顔をのぞかせ、心地よい夜風に嬉しそうな顔をする。

「気持ちがいいです」
「そうだな」
「それに……」
「それに?」

首を傾げると、エステルの細い指先が暗がりになりつつある青を、橙色が消えて藍色に染まりつつある夜空を指し示す。
見えたのは強い輝きを放つと言われる宵の明星(ヴェスペリア)だった。
ユーリは何も言わない。エステルは何も言わない。ただそれでも、二人と包む無言の空間が、時間と共に続く。

と。
「ウォン!」
「ユーリ、リタが何か買い物を思い出したからついてきて……って、あれ? エステル?」
「あ、カロルもラピードも、見て下さい! 町の景色が綺麗ですよ!」

はしゃぐエステルに誘われ、カロルがいそいそとベッドに乗りあがる。見える景色に感嘆の声を洩らし、やがてエステルと盛り上がり始める。ちらりとユーリが足元を見れば、主人を心配そうに見上げるラピードの姿があり、彼は肩をすくめて相棒の頭を撫でてやった。
普段撫でられるのをあまり好まないはずの相棒は、しかし、特に嫌がるでもなく、怪我をしていたはずの右手でなんということもなく撫でられながら、仏頂面を崩さないでいる。

「カロル、ユーリのこと誘えたわけ……って、何やってるの、あんた達」

ひょっこりと顔をのぞかせて呆れた表情をしたのはリタで、その後ろからやってきたレイヴンとジュディスの姿を視界に収めると、ユーリは半眼で尋ねる。

「一応、数時間前まで出血とかの怪我していたんだけどな。あんた達だけで連れていけないのかよ」
「いやぁ、俺達だけだと面倒ごとに対処出来ないぜ?」
「お出かけしたいんですって。みんなで行くのもいいんじゃないかしら?」

返答のしようがないこともあり、ユーリは二人に向かってため息をつくと、ベッドから抜け出した。立ち上がり、背伸びをする。

「そんじゃ、夕飯兼ねて買い物に行くか」

こう言うときだけ揃って声を揃えるメンバーの姿を眺めつつ、ユーリは軽く肩をすくめた。


必要性の定義


(笑うこと。怒ること。泣くこと。呆れること。感情をあらわにする。――――必要の基準というのは、いつでもその者の「正義」に依存する。)

080724/三回連続投稿した作品。ギガントの種類はハーミットドリル。テーマは、
・フレンとユーリの会話
・エステルが熱を出す
・秘奥義
・ギガントボス登場
・おっさん名誉挽回台詞(台詞だけ大人っぽく)
・ジュディスに喋らせる機会をつくる
・テーマに沿う
だったのですが、最後は達成できた気がしないorz ちなみに突っ込みどころは以下の通り。
・ユーリが火を起こしたのは剣手入れの油と(多分持ってた)火起こし用の魔導器
・おっさんが荷物を落としたのは故意かたまたまかはご想像にお任せ
・ライフボトルっていうのは多分、死にそうな時に飲ませたら効果発動
・↑げ、原理は分からないけど……orz
・ギガントが起きたのは活動時間の問題、と考えてみた
・……ところでユーリの口調がやや安定してない(ぶっきらぼうだったり冷静だったり(汗)
・エステルが可愛く描写出来なかった……orz
・あと、無駄に長い
そういえば今更思い出したのですが、本編でも謝るんじゃなくてお礼を言うーっていう話があって正直びっくりしました。まさかサブじゃなくて本編で訂正突っ込みあるとは……(突っ込みって)
ところで実際のハーミットドリルはノーマルで一度全滅しましたよええもう強かったですよリタ嬢入れてなくて接近戦でほとんど死亡決定ーorz