「フォル」


ぱたぱたと走り寄ってくる弟のような存在に、俺の頬が自然と緩む。
子どもらしい楽しそうな笑みを顔一杯に浮かべて、持っていた花を俺に突き出す。真っ白く綺麗なその花は彼女を――ルアナを、俺に思い出させた。
彼女もまた――巫女でしかやっていけない生活の中で、時にこっそりと抜け出しては――俺にこの花を持ってきてくれていた。
俺自身、これが一体何の花か知らないし、アイツもまた知らないその花を、俺達は何時しか「ホワイトフラワー(白い華)」なんて陳腐な名前で呼んでいた。
それでも、その陳腐な名前の花は、俺とルアナの愛を確信する証であり、互いの事を思い出す数少ないの品の一つだった。

「トール、どうだ? とっても綺麗だろ?」
「ああ、とっても綺麗な花だ」

俺は笑顔で言いながらやってきたフォルを抱きしめながら呟くと、フォルは満面の笑顔で俺の首に抱きついてきた。その笑顔が――それは姉弟だからなんだろう――ルアナの笑顔に重なった。
とにかく自分の感情を素直に顔に表現し、何でもかんでも一直線のあいつの影が、フォルの姿と重なる。

「……ルアナ……」

小さく呟くと、フォルがぴくりと躯を振るわせたのが分かる。

「トール……なんで、寂しそうな気持ちになってるんだ? 俺、何か悪いことした? 何か、俺に出来ることないか?」

忘れていた。
フォルは一族の中でも力の許容量が半端ではないがために、相手の心に対してとても敏感だ。俺が少しだけ見せた弱みを直ぐに感じ取ったらしいフォルが、子どもならではの小さな手を一生懸命に俺の頬へと伸ばして、心配そうな顔を向ける。
苦笑しても、それでも俺の震える心はフォルには筒抜けなのだろう。
人一倍に自分の身近な人間を心配するのは、もう数ヶ月も前に、"俺と同じ大切な人"を失っているからだ。そして俺がコイツを拾い上げるまで、能力の大きさから人々に下げずまれ、憎まれ、裏切られ、見捨てられていた。
だから今、(自慢ではないが)こいつの心を支えている唯一の存在となってる俺の心に対して、特に敏感な反応をしたのだ。嫌われたくないという一心で、ただひたすらに声を掛けているのだ。
俺は小さく息を吸って――心を落ち着かせる。崩れそうだった自制心をどうにか取り戻し、フォルを強く抱きしめてやる。

「と、トール……ちょっ、く、苦しい……」
「出来ることやってくれるんだろ? なら俺は今お前に抱きつきたいんだ。だからいいだろ、な?」

俺の言葉に、フォルが思い出したような顔をして、普段の幼い顔をどうにか難しい顔に変える。
その様子に苦笑してから、俺はフォルをゆっくりと離してやる。
気がつけば、アイツの持ってきてくれた花は抱きしめた際に押し花とかしてしまっていた。

「あー……フォル、その」
「ん? ああ、花が潰れたこと? 大丈夫だって、トール、ほら!」

そう言って、フォルが俺のことを少し遠くに見える丘の上まで引っ張っていく。そもそも現在いる場所が全く足を踏み入れたことの無い場所なので、何処をどう行けば分からない俺は、フォルに半ば無理矢理といった様子で引きずらる。
そして、唐突に止まったフォルに、一体何があるのか尋ねようとして――俺は、目の前の光景に息を呑んだ。

「フォル、これは……」
「あのな、昔、姉様に一度だけ連れられてきた場所なんだぜ! 姉様と二人だけの秘密の場所で、その時もこうやって……真っ白い花が一面に広がっていたんだ」

そこにあったのは、雪のように白い花の海だった。まるで朝の雪山で、上り始めたばかりの日の光できらきらと反射する雪斜面を眺めているような光景である。
きっと彼女は、俺の為にいつも此処から花を一本取ってきていたのだろう。
アイツの喜ぶ顔が俺の喜びであるように、俺の喜ぶ顔がアイツの喜びであったのだから。

「フォル」
「なんだよ、トール?」

どこか自信満々といった様子で俺を見上げてくるフォル。
最初は単なる仇だったはずなのに、何時の間にか俺にとって大事な存在になっていた"弟"を見下ろして、俺は、しっかりとした意思を持って言った。

「今度、上手い弁当持って、ここでピクニックしよう。ポケモン達と一緒に、此処で一杯遊ぼう。そんで持って、夜には星が綺麗に見えるだろうから、天体観測もしよう……約束だ」


記憶の片隅に残る、ルアナとの思い出。 


  『トール』
  『なんだ、ルアナ』
  『実はね、貴方に教えてあげたい場所があるのよ。
   今度、ピクニックに行く時に教えてあげるわ。
   美味しいお弁当持って、ポケモン達と一緒に遊びましょう。
   それで夜にはお星様が綺麗だから天体観測もやるの。
   もちろん、その時に私の可愛い弟のことをを紹介してあげる』
  『また随分突拍子もない事だな……まぁいい、約束してやるよ』
  『いいでしょう? 女の子は夢を見るものなのっ。
   それにしてもトール、本当に約束してくれるの?』
  『俺は今までお前との約束、破ったことあるか?』
  『ふふっ、そうよね』


記憶の中にあるルアナは、いつも純粋そうな金色の瞳で俺を見上げながら、何時もの俺の言葉にそう答えていた。

そして俺の言葉に、フォルはやっぱり純粋そうな金色の瞳を輝かせていた。
「本当か!?」
「俺は今までお前との約束、破ったことあるか?」
 何時も通りの、お決まりの言葉。
首を左右に振るフォルを見ながら、俺は小指を立てて、フォルの小指と絡み合わせた。

わされた約束何時



(起き上がった俺は、あの人のことを思い返していた。夢の中で、フォルは楽しそうに笑っていて、俺を安心させてくれている。
 でも今、アイツはここにいない。腕の中に何も無いという喪失感に、俺は酷く醜い表情を毛布に埋めた。)
<BGM:天体観測/BUMP OF CFICKEN>




060926/DP発売直前のティーブレイクタイム。当時は文化祭の物品担当の為に表纏めで死にそうな思いをしていました。