真っ白い雪が荒れ狂う外を見ると、何だか部屋に居るのにとても寒い所にいるような気がした。


 私――セイナは、緑色の綺麗なカーテンを締めるとソファーのところまで駆け寄る。
「やっぱり今日は外出れ無さそー」
「仕方ないな」
 ソファーに座って黒い本を読んでいたテイルが、本を閉じて私のほうを見る。肩まである茶色の前髪が軽く首を振ることで横に移動し、いつもの無機質な赤い瞳がコッチに向けられる。
「むー……今日はお出かけした時にテイルに美味しいケーキ屋に連れて行ってもらおうと思ったのに」
「別に店は逃げるわけ無いだろう。この寒さで出かけるより、部屋で寛(くつろ)ぐ方が有意義だと思うが?」
 私が膨れて隣に座ったのを眺めながら、テイルが肩を竦める。
 解ってるんだけど、やっぱり美味しい料理は何か食べたかった。それに……、
「部屋の中で何もしていないのは暇」
「なら、何か飲むか――何を飲む?」
 言って、本を目の前の机の上において立ち上がる。私も倣って立ち上がりながら、考え込む。
 特に飲みたい物はない。
 でも、折角テイルが準備してくれるんだから何か飲みたい。
 そういうわけだから、結論は直ぐに出た。
「テイルが飲むものと一緒なら何でもいい」
「ココアで決定か」
 腕に抱きついて寄りかかる私を見下ろしながら、テイルが軽く苦笑する。
「あ、ついでにこの間シャドウが買ってた変わったお菓子食べてみたいんだけど。"アレ"って、どんなのだったの?」
「『ピーチチップス』とかいう奴か。……まぁまぁだったが、もう少し甘かった方が良かったと俺は思う。まぁ、ココアで味を調整すれば良いだろう」
 台所で、私がお盆の上にティーカップ二つ、ココアのパック二つ、スティックシュガー二つ、それに小さなスプーン二つを乗せ終えた頃には、テイルが棚から取り出した『ピーチチップス』の袋と、お湯の入ったティーポットをそれぞれの手に持っているところだった。
 私がニコニコしながらお盆を持つと、テイルがお湯の入ったティーポットで上手い具合に下を支えてくれる。
 こういうテイルの無言の優しさが、私はとにかく大好き。
 もちろんテイル自身はとても好きだけど、その中でもこういう優しい部分が私は好き。

 うん、さっきまで暇だったけど、今はとても楽しい。
 周囲がどんなんでも、私は気にしないもん。












「シャドウ! おまっ、それはないだろ! いくら『のほほん』と笑ってるからって、少しは表情露にしろよ!」
「何言ってるんだよ、エメラルド。それはエメラルドの技量のなさが問題だよ? ほらほら、アゼル君はこれで」
「――上がりだな。さて、さっさと上がらないと、また罰ゲームだぞ? しかも今度は二人いっぺんだからな」
「面白そうに笑うなこのチビがー! くそっ、今回だけは絶対に勝たないと、マジにオレの精神の方が廃人になる……!」
「……アンタって、本当に馬鹿よね」
「でもワカナちゃんもそんな事言ってられないよ? 最後の二人が罰ゲームだからね」
「わ、解ってるわよ! うっさいわね! これ位なら絶対に……って、シャドウ! アンタ、何でジョーカー二枚も……!」
「あれ? 僕は元からジョーカー二枚所持していたんだけどなぁ……言ってなかったっけ?」
「「そんな事言ってない!(わよ!)」」
「おやおや、二人とも揃って叫んでいて良いのかい? じゃないとこうやって……スペードの"2"が登場ー……つまり僕が上がり、二人で罰ゲーム決定というわけさ」
「「え」」













 何だか隣の部屋では、テイルのお兄さんのシャドウ、協会四天王っていう何だか位の高いお偉いさんになってるアゼル、捕獲屋なんていうヘンテコな商売をしているエメラルド、それからシャドウ曰く『エメラルドの恋人』の色々と家事が出来るワカナさん――の計四人で、『大貧民』なんていうのをやっているみたい。
 でも、話を聞いていると何だか妙に凄まじいゲームのように聞こえてくるけど……ま、いっか。別に私やテイルがやってるわけじゃないもんね。
 ソファーのところに戻ってくると、私は置いてあった黒い本を脇に避けてお盆を置いた。その隣では、テイルが持って来たポットとお菓子の袋を置く。
 私がそれぞれのコップに砂のようなココアの粉をサラサラと入れてくと、テイルがそれぞれのコップにお湯をこぽこぽと注いでいく。何だか自分達の手際のよさに私がつい笑うと、テイルも同じように軽く軽く肩を竦めながらも小さく笑ってくれるのが、何だか何時見ても嬉しい。
 真っ白い湯気が鼻腔をくすぐって、食事する前から甘い匂いで一杯になった。
「んー……美味しそう」
「後は砂糖か」
 封を切ったテイルが、まずは自分の分を入れる。
 サラサラっと砂時計のこぼれる音で注がれた真っ白い粉が茶色の世界に純白を広める。
 純白は一瞬だけ茶色を白に染め上げ、でも直ぐに茶色に同化してしまう。
 カチャカチャと銀色のスプーンでかき混ぜている様子を見ながら、私も砂糖を入れようとシュガースティックの切り口に手を付ける。
 が……切れない。
 普段目にしているような紙製のじゃなくて、それよりもう少ししっかりした、表面がつるつる材質なシュガースティック袋。
 何度か折り目をつけて、一気に引っ張るんだけど、中々切れない。
 いい加減イラついてきたので、いっその事ツー(ミュウツー)かグマちゃん(マッスグマ♀)に頼んで、砂糖を粉々にして貰おうかな。
 私がそう思ったとき、テイルがスプーンでかき混ぜるのを止め、私の悪戦苦闘しているシュガースティックをスッと奪い取る。
 首を傾げる私の前で軽く肩を竦めると――反対の切り口を簡単に引っ張った。
「ぁ」
「反対じゃ開かない。……入れてやるから、どの位が良いんだ?」
 少し呆然とした私に、テイルが頭を軽く撫でてくれながら尋ねてくる。
 んー、やっぱりこういう優しさが素敵なんだもんね、テイルは。
 とりあえず、普通にココアの味見。
 チャポン
 スプーンを沈み込ませて浮き上がらせると、表面の凹んだ部分に茶色の液体が乗っかる。それを口に含んで味見。……でもなんか足りない。
「何かもっと欲しいから、とりあえずスプーン一杯分」
「解った」
 テイルが自分のスプーンに擦り切れ程度の砂糖を入れてかき混ぜる。カップの中で茶色と白が混ぜ合わさって、一瞬で茶色に同化してしまった。
 そして、テイルがスッとスプーンでココアを掬って、私の目の前に突きつけてくる。
 一瞬訳が解らずに首を傾げると、テイルが肩を竦めた。
「味見はしないのか?」
 あ、何だか光景に見とれてて、ついつい最初の目的を忘れていた。
 とりあえず、スプーンにパクついて味見。ついでに、私がティーカップを持っているために両手がふさがっているのを見て、テイルが器用に片手で『ピーチチップス』の袋を開ける。それから中に入っていた一枚のチップを突きつけてくるから、それにもパクついておく。
 うーん、ポケモン達がポロックを貰って満足そうな顔する理由が今なら解るかも。













「そうだねぇ……じゃあ罰ゲームは、二人で揃ってセイナ達のところにある『ピーチチップス』を二枚分貰ってきて。あ、なるべく大きい奴」
「え、そんな簡単なことで言いわけ?」
「甘いぞ、ワカナ。このテイルの兄貴は、テイル以上に性質が悪いんだ。……しかも確信犯だから尚更最悪で」
「とっとと行かないと、さらに無茶な要求されるんじゃないか?」
「アゼル君、そのアイディアは良いね。それじゃあ二人とも、三十数える前に部屋を出ないと、目の前でディープキスでも良いかなーって……」
「解ったわよ解ったわ! 行けばいいんでしょ、行けば!」
「あ? だったらオレ、今シャドウの出した案の方が楽なんだが――」












 ゲシッという、何だか物凄く痛々しい音が聞こえた気もしたけど、関係ないからやっぱり無視。
「もう少しか?」
 ふと、テイルの声でこっちに意識が戻ってくる。パッと見、色はやっぱり変わってないし、何だかまだ苦そうに見える。
「うーんとね――面倒だからテイルが決めちゃっていいや」
「なら全部だ」
 アッサリと言ったテイルが、スティックの中に入っていた砂糖を全部つぎ込む。それでもココアの色は全く変化する様子がなかった。
 くあ、と欠伸をかみ殺しながら口元に手を当てると、テイルがココアをかき混ぜながら、何時もの如くただ気になったから聞いたといった様子で尋ねてくる。
「眠いのか?」
「うん。さっきまでは暇だったから」
「なら今は?」
「テイルと一緒に何かしているから、暇じゃないもん」
 そう言って笑うと、テイルもやっぱり少し呆れた様子で笑う。二人揃ってあげる小さな笑い声が、ほどよく気分を落ち着かせてくれた。
「あの、ええっと……お二人さん、ちょっと良いかしら?」
 ふと――私達に向かって言ったのだと思う声に、私とテイルは揃って声のした方向、つまりは右側へと顔を上げる。
 エメラルドの義理の姉であるアスーフ曰く、女性は少なくともとある三ポイントを持ち合わせれば絶対にもてるらしい。
 黒く長い髪、細く引き締まった躯と腰、ふっくらと膨らんだ胸。そして私が知る中で、その三つ全てを持ち合わせた女性なんて一人しか知らない。
 私の知っている人達曰く『女性から目の敵にされる確立が最も高い女性』――ワカナさんが立っていた。
 ただ、表情は何だか知らないけど困惑している。ついでにどうでもいい事を付け加えるなら、顔面に思いっきり足跡をつけたエメラルドがその後ろから引き摺られててくる。
「「何ですか?」」
 私とテイルで揃って尋ねると、ワカナさんは表情をさらに困惑させる。暫し虚空に目線を彷徨わせて、
「えっと……悪いんだけど、その袋のお菓子、二枚程もらえない? 出来るだけ大きい奴」
 私は何となくテイルのほうを見る。テイルも同じく私のほうを見る。そして何となく頷いてから、
「いいですよ」
「どうぞ」
 にっこり笑う私の隣で、テイルが何時もの興味のない無表情で、持っていた袋の入り口をワカナさんに差し出す。
 何だかワカナさんが更に困惑――というか、何かよく見たら物凄く疲れているような表情で、比較的大きいチップを二枚袋から取り出す。
 用事が済んだからさっさと部屋に戻ってしまうのかと思ったけど、ワカナさんはまだ何か言いたいのか、さっきと同じように目を中へ泳がす。
 沈黙。
 暫くして、どうにか見つけたらしい言葉を文章にさせたワカナさんが、私達に尋ねてくる。
「ところで貴方達って、そのー……此処最近ずっとそんな感じなの?」
 意味がわからずに私が首を傾げ、テイルも意味がわからないといった様子で不思議そうな表情をする。
 と、起き上がったらしいエメラルドが何時の間にかワカナさんの手から逃れて、その隣に立っている。
 全員の視線がエメラルドに向かう中、エメラルドは平然とした表情で――どこか呆れたように肩を竦めると、両手を目の前で大げさに広げた。
「ワカナ、無駄だぞ。そこのバカップルに意味のない突っ込みしたって。どーせ今までの旅では仲が悪いように見えても、セイナの記憶が戻れば、元々それくらい甘い関係なんだって……あーあー良いよなぁー。そんなに二人そろって馬鹿みたいにベタベタで、んでもって周囲がどんだけその甘だるさに目線をそらしてても尚そのまま続けやがって……なぁ、ワカナー、偶にはオレだってお前に甘えても罰当たるわけ――ってそこの三名様ー、何処からとも無くロープ二つにやけに大きめなバンダナ持って、しかもそれをオレに向けて一体何しようってんだお前ら――」









「まぁいいわ。それじゃ、私部屋に戻ってるから。お二人さんはごゆっくり」
 ワカナさんが肩を竦めて、一人だけ再び部屋に戻っていく。それから少しして、部屋の中で驚いたような声がしたと思ったけど、直ぐに笑い声に変わり、カードを混ぜる音へと転じた。
 私はといえば、ソファーに座っているテイルの膝の上で甘いココアを飲みながら、後ろのテイルに寄りかかってる。
 だって楽だし暖かいし、何よりも退屈じゃないだもの。満足そうな声で、私は声に出す。
「んー、有意義ー」
「確かに有意義だが……」
 言って、テイルが飲んでいたココアの入ったマグマカップを。目の前の机に置く。
 私が首を傾げようとする前に、テイルが自由になった両手を後ろから前にまわして、交差させる。それから、顎を私の右肩にスッと乗っけてきた。
 背中越しに心臓音が、温もりが、息遣いが聞こえ、感じれたような気がして……ええと、とにかく何かそんな事に躯が極度に反応して震える。
「ひゃう!?」
 ビックリして肩越しに振り返った私に、テイルはこんなことを囁いた。
「俺は、この方がずっと有意義だな」
 とりあえず私は――真っ赤になりながらも、満足そうに背を後ろに傾けた。




Sweet×Sweet

       =Foolish lovers



(別にエメラルドは吹雪で大荒れになっている外に縛って放り出したけど――関係ないから、ま、いっか。)
062014/ヨーロッパへ飛び立つ前に某所に投稿した話。実は相棒のイラストが事の発端。