それぞれのボールからポケモン達が繰り出されることで、状況を見守っていた兵士やメイド達の間からどよめきが湧き上がる。
快晴に近い青空の下、向かい合う一方は普段通りの穏やかなマイペースを保ったまま笑顔でボールを手にしており、もう一方はそれとは正反対のやや苦しそうな表情を浮かべている。

「手加減なんてしませんからね、隊長。こちらとしてもあまり"武力行使"なんてしたくないので、出来ればいう事を聞いては下さいませんか?」
「悪いが……今日ばっかりは、ちと……易々とYesは出せない、な……」

僅かに顔を歪めても尚、不敵な笑みを浮かべるオーディンに、ロキが溜息と共に肩を竦める。
先程まで僅かに残っていたおどけた様子が霧散し、瞳には類を見ない真剣さがにじみ出る。
自ら繰り出したミカルゲ、ヨノワールへちらりと目を向け、その一方で対峙するカビゴンとギャラドスも一瞥。
どちらのポケモン達も戦意が剥き出しになっており、対峙するギャラドスが威嚇の構えを見せると、ミカルゲが鋭い殺気を露にする。カビゴンが戦闘態勢を取る様子に同調して、ヨノワールが自らの腹部にかかれた模様を強調するように膨らませ、重ね合わせた両手を自らにの眼前で揉む。

「そうですか」
「そう、だ……」

空気が一気に張り詰める。それに合わせて木々の間をすり抜けていた風が止む。周りの人間達もざわめきを抑えて静まり返る。

風が一陣吹いた。
先に動いたのは――――余力の無い方。

「ツェト、ミカルゲに"電磁波! ウィル、地震!」

命令に従順に反応を示したギャラドスがミカルゲに電磁波を放つ一方で、カビゴンが上空へと飛び上がる。そして地面に自らの躯を叩きつける事で、大地が大きく振動し、二体の幽霊へと襲い掛かる。
しかし、対峙するロキの口元に浮かんだのは――笑み。

「ミカルゲ、守る。ヨノワール、トリックルーム」

瞬間。
その場に存在する空気全てが歪む。
見物していた者達の中で再びどよめきが起こるのに対し、互いの表情にはそれぞれ戦いを楽しむ笑みがある。
放たれた地震はゆっくりとした速度となり、電磁波や地震を弾いたミカルゲは全くの無傷で、僅かに地震の余波を食らったヨノワールも全く平然とした動きで起き上がる。

「ウィル、噛み砕く。ツェト――」

次の指示を出そうとしていたオーディンの表情がさらに歪み、言葉を出す余力がなくなり、その場に方膝をつく。
指示が止まった事で驚いたポケモン達が自らの主人を見仰ぐ瞬間を、対峙していた彼が見逃すはずもなかった。

「ミカルゲ、催眠術。ヨノワール――」

手が上げられ、振り下ろされる事と。
躯を素早く起き上がらせ、叫ぶことと。
それはほぼ同時だった。

「鬼火」
「身代わり!」

そうして、オーディンが舌打ちし、ロキが嘲笑を僅かに孕んだ笑みを浮かべる。

先程まで非常に早かったはずのギャラドスとカビゴンの動きが――不自然なほどに――鈍る。
その隙を突くようにして、ミカルゲが襲い掛かってきたカビゴンと目を合わせ、瞳を紅く光らせる。カビゴンの巨体が傾き、その場に大の字になって寝転がってしまう。
一方で、ギャラドスが自らの変わり身を出現させる前に、ヨノワールの周辺を取り囲むようにして出現した火の塊が一瞬にしてギャラドスを多い尽くす。
次の瞬間、ボンッ、という音を立ててギャラドスと全く同じ存在が出現。しかし、その半身からはじゅうっと肉体を焦がすような音と煙が立ち上がる。

そうして、ロキは眼前に視線を向けて――彼らしくもなく小さく舌打ちした。
見ていた人間すべてが一瞬首を傾げたが、直ぐにそれを理解すると、溜息やら肩を竦めるやら呆れた表情を浮かべた。

バトルそのものを"身代わり"にして、騎士団長はすでにその場から逃走を果たしていたのだった。


数分後、ロキはバルコニーで小さく溜息をついていた。未だメイド達や兵士達は散らばる事無く、動く様子を見せないロキを眺めている。
それらを気にもぜず、彼は項垂れている"逃亡者"のポケモン達に向って呆れた表情をしていた。

「全く、貴方達も"主人"が大切なら彼を止めなさい。はぁ……大体、何で私がこんな面倒なことをしなきゃいけないんですか」
「ロキが普段、ディンと仲良しだからだろ?」

その言葉に、その場が凍りつく。
ゆっくりと、ロキは状況を見ていて発したらしいフォルへと向き直る。
表情は――珍しく、呆れと怒りを同居させた感情を含んだもの。

「あれは仲良しとかじゃありませんよ」
「じゃあ何なんだよ」

じれったい表情で首を傾げるフォルを見続けたまま、ロキは指を一度、パチン、と鳴らした。
同時に、ヨノワールがオーディンが走り去ったと思しき方向へと飛んでいく。
その様子を見送る事もなく、彼は淡々と呟いた。

「水と油の関係です」


交わらない液体同士


(「でも、ディンは何で健康診断なんて嫌がるんだろ?」
 「隊長は隊長なりに気遣いがあるのでしょう。私には非常に迷惑ですが」)



070906/ちなみにオーディンが嫌がってるのは、健康診断で風邪をひいてるのが公になると(もう城のメンバーにバレてるのはさておき)フレイヤがものすごく心配するからという理由。
走り回るほうがよっぽど風邪を悪化させるのに困ったものです、とか言いながら探すロキは面倒くさがり屋だけではない、と思う。ちなみにやっぱり王様は少し楽しそうに傍観。