お借りした方:りーさん宅より ハドリちゃん


「はぁ……カオスも少し考えた場所に送ってくれればいいのに」

ソファーに腰掛ける黒髪の少年――シュウは深いため息をついて、手元の機械を見下ろす。上下に二つの画面がついたその機械は、電源ボタンが押しこんであるにもかかわらず、電源ランプを点灯させてはいない。それどころか、画面の片方にはしっかりヒビが走っている。先ほどから悪戦苦闘しているのだが、少なくとも、機械が音を立てる様子はなかった。

「海水に浸かったら、そりゃ無理だよね。他の機械を持ってこなかったのは、この際、不幸中の幸いなんだろうけど」

結局、彼は動かない機械をその場に放り出してから、改めて周囲を見渡した。
そこはポケモンセンターだった。入り口の看板を見る限り、ここはイッシュ地方の『ヒウンシティ』という場所らしい。街の至る所に高層ビルが立ち並んでおり、人々がせわしなく行き来している姿が、センターのガラス越しに見て取れる。
また、そんな人々のいる道よりもさらに先に見えるのは、広々とした青――海だ。浮かぶ船の大きさは、大きなものから小さいものまで様々だ。ぷかぷかと浮かぶ船の上には、ジョウ地方などでは見たことのない鳥ポケモンが羽を休めている姿が伺える。海のほうでは、時折、やはり見慣れない(おそらくこの地方にのみ生息する)ポケモンの泳ぐ姿がある。
彼は再びため息をついた。

「異国の地で、事前情報なしに『とりあえずジムバッジ全部集めてこい』って何なんだよ……いや、いつものカオスの嫌がらせだと思うけど……」

ちらっと、彼は、うんともすんとも言わない機械を摘み上げ、もう一度開いてみる。
この地方に自分を放り投げ飛ばしたミュウツーが、旅立つ(?)直前に手渡してきたものだ。しかし、この地方に放り投げだされた最初の場所は海であったため、塩水に浸かったその機械は、それから全く動く様子を見せない。

「所持金少し、道具なし、ポケモンは……まぁいうこと聞くか微妙な猫っぽいのをゲットしたけど……」

ちなみに、その猫っぽいポケモン(学名は知らない。まぁそんなものだ)は、現在、回復のためにセンターに預けている。捕獲する際のイザコザでひどい怪我を負ってしまったのだが、治らない怪我ではないそうだ。そのために、或いはだからこそ、彼は現在の状況を再認識するために荷物の整理をしていたのだが、結果が、現在の溜息しかつけない現状である。
彼はもう何度目とも知らぬ深いため息をついた。

「ああもう、本当にどうしたら――」
「あれ? アナタ、カントー地方から来たの?」

唐突に背後から声をかけられて振り返る。と、ソファーに座っている彼と同じ視点で、腰をかがめる形で、彼の手にしている機械を覗き込む少女の顔があった。
振り返った彼の眼前に。

「う、うわぁ!?」

まさか声をかけられるとも思って泣く(あまりにも間近に顔があったことも含めて)驚いた彼は、手にしていた機械を思わず宙へと投げ出す。が、立ち上がった少女は落下してきたそれを手慣れた手つきでキャッチ。呆れた表情で、自分から距離を少し開けようと逃げ腰気味な彼を見下ろす。

「ちょっと、なによ! そんなに驚かなくてもいいでしょ?」
「い、いやだって、その、声をかけられるとは思ってなかったというか……顔が近くにあったのは誰でも驚くと思うんだけど……」

その強気そうな雰囲気に尻込みしながら、少年は目の前の少女をまじまじと見つめた。
青く長い髪を二つに束ねているのは、女の子らしいその恰好にとても似合っている。特徴的なのは、星形のピアスと左手首につけた白いリストバンドか。赤い瞳が不思議そうな色で少年を見る。

「そうかしら? むしろ、一人で何か言っているほうが怖いと思うけど」
「ええと…………まぁ、そうだよね」

特に反論らしい反論が思いつかず、少年はため息をつく。そんな彼に構うことなく、少女は手にした機械を開いて、しばらくそれを見つめたり、何度か文字盤を叩いてみたりなどする。
壊れているのが分からないのだろうか、と思い、とりあえず少年は、少女が何をしているのか尋ねようとして、

「うん。これぐらいだったら直せるわね」
「え、本当!?」

全く違う反応が口をついで出た。言ってから、彼は慌てて理由を尋ねようとしたが、少女のしゃべりはすでに止まらない。

「まずは、材料集めね。液晶画面は一枚で大丈夫ね。後は壊れてる外部パーツの交換で……――」
「ええと、あの……?」
「それじゃ、行くわよ」
「どこへ!?」

荷物らしき黒いキャリーバッグに手をかけていた少女に、少年が思わず声を上げる。当たり前と言わんばかりに彼女は呆れた目を向けた。

「材料集めのために、お店に行くのよ。港町だし、多分全部集まると思うわ」
「あ、あの、ちょっと……!」
「何よ?」

尋ねたいことばかりの頭を整理するようにして声をかけると、まだ何か不足か、と尋ねるような赤い瞳。その強気な姿勢に、わずかに腰が引けるものの、シュウは意を決して尋ねた。

「あの……名前を尋ねても、いい?」

その言葉に、少女は振り返る。そして、にっと口元に笑みを浮かべ、被っていた帽子を少しだけ上に持ち上げた。

「アタシはハドリ。旅のトレーナーよ!」


機械と少女


(彼女の名乗りと同時、ボールからいつの間にか出てきたピカチュウが元気よく声をあげ、結局その場で目立ったということに気づいたのは、あとの話である。)


111017/ 壊れた機械はカントーでのみ発表されたライブキャスターでカントーの人間だって気づいたとかそんな話です。本当はこの後にもちょろっと色々含める予定でしたが、お祝いが更に伸びそうになった予感がしたのでこの辺で……((
遅くなりましたが、リーさん、お誕生日おめでとう御座いますー!!