1.挑戦してみたはいいものの

銀髪の少年が戦闘態勢を整えた姿を眺めつつ、ファントムは軽くため息をついた。彼が現在椅子に座っており、そしてまた、動く素振りもない。砂を削る足音を僅かに響かせ、握りしめた拳を胸前で構える少年は、彼をじっと睨んでいる。しかし、睨まれている当人は眠たそうな瞳で、どころかあくびの一つでもしそうな様子だった。
はたして、ファントムがあくびをした。刹那、

「フィーン!」

鋭い声と同時に少年が自分よりも背の高い彼へと殴りかかり、その背後から咄嗟に飛び出てきたエーフィが、サイコキネシスでファントムの自由を奪う。そして、少年の小さな握りこぶしが、吸い込まれるようにファントムの腹部へと入り――――そうになる手前、ファントムの背中から黒い大きな羽が広げられる。羽根が巻き起こった風で周囲を舞い、一人と一匹の視界を塞ぐ。
空中で動けないその一瞬。
エーフィの体をファントムの翼が吹き飛ばし、飛翔。そのまま少年の小柄な体で体当たりをかますことで、軽く地面にたたきつける。彼が地面に着地した時には、吹き飛ばされつつも軽症で済んだエーフィが、主人の少年のもとへと歩み寄っていた。

「まー、悪くはないが……あとあれだな、こうやって俺みたいな特殊な力を持つ奴にはその戦法は利かないぞ?」
「ファントムが反則すぎるくらい強いからだろ!?」

勢いよく飛び起きて悲鳴じみた声を上げる少年は、言うと同時にすぐに咳こみ、体を縮める。

「まぁそうだが……少なくとも、"特殊な力"を持つ奴には、まずは軽く先制攻撃で様子を見た方がいい。意外と、技を放つ時の癖なんぞが分かるぞ?」

ファントムはただ困ったようなん表情をすると、少年の傍まで歩み寄る。黒い翼は波が引くような音と共に消え、今は普通の人間となんら変わりのない。少年は不満どうな顔をしながらも、とりあえずはこくりと頷いた。
"特殊な力"と畏怖され、避けられ続けた自分が、いつの間にか"普通の人間"に、その倒し方の教える。それは自分の弱点をさらすようで、しかし、いくらさらしたところで、それは挑戦するということで、実はそれによって相手の弱点をさらに見つけることで。
とにもかくにもそんな現在。
そう思うと、笑いがこみあげてくる。

「ふ、フフフフッ……!」
「ど、どうしたんだよ、ファントム……?」
「いや」

言葉を濁し、しかし笑い続け、彼は――――尊大な態度で言った。

「挑戦することそれ自体に、意味がある、という話だ」
「はぁ?」



2.はったおす

「倒れろ倒れろ倒れろたーおーれーろー!」
「……いや無理でしょ」
「よし、なら……これでどーだー!」
「馬鹿だな」
「馬鹿だろ」
「煩い、そこのバカップルの彼氏組! 物を上げてご機嫌を取ろうと試みているこの俺に対して、手前らにそんなことを言われたくないわ!」
「馬鹿だな」
「馬鹿だろ」
「あああああああ手前ら、絶対に、後で絞める! って、ああああ、倒れろよー!!」
『馬鹿だな、アイツ』
「あー、もう、カオスまで。そうやって言うから、エメラルドがまた無理して……」
『んあ、だからな。そんなにあのぬいぐるみを落としたいなら、あの裏に回って不正を摘発すればいいじゃねぇか。協会員だし、一応、協会四天王二人もいるし』
「だああああああ、何故、何で倒れないー!!」
「え?」
『シュウ、気づかないのか? あのピカチュウのぬいぐるみ、中に重りが入ってんだよ。あんなもん、見りゃわかるだろーよ』
「くっ、おっさん、後もう五回!」
「…………アゼルもテイル兄も、気づいてた、もしかして?」
「当然だろう」
「そもそも、そうじゃなかったら無視して先行ってるぞ」
「…………」
「ちっきしょー、少しは当たれってんだよ馬鹿や――――」
「あ、投げたピストルが跳ね返った。ついでにピカチュウの顔が凹んで、中の砂が……」
「……えー……もしかしなくてもこの店、不正?」
「そうだな」
「だろうな」
『クハハハッ、うーわーバッカ見て―!』
「もう、だから笑うのは駄目だって、カオス。エメラルドが可哀想だから」
「シュウ、それ、フォローになってねぇ……」



3.白い腹が見えた

「要するにね、チラリズムっていうのは大事なのよ」
「で」
「そういうのって、やっぱし似合う人と似合わない人がいるわけよ。分かる?」
「分からん、ってか分かりたくもない」
「いいから分かりなさい。で、私としてはいいと思うのよ、似合う人に似合うことさせるのって。あーゆーおーけぃ?」
「ノー」
「そこはイエスでしょ! とにかくそう言うわけだから……ディン、ちょろっと服を改造させなさい!」
「断る! お前がそんな謎のことをした暁には、俺が恥かくのが目に見えてる!」
「なによー! せっかくの目の保養とか含まれてるんだからー!」
「何が目の保養だ! しかも誰のだ!」
「私と他のメイド達と一部のご婦人達」
「ロキでやれ!」
「ロキはあれだけで十分目の保養になるからいいの!」
「どこがだ!? あんな陰湿根暗不気味な幽霊紳士もかくやの男のどこが!」
「だからいいんじゃないのよ! ミステリアスで謎めいた雰囲気を漂わせる紳士の中の紳士、しかも普段から浮かべる笑みと最上級の甘い言葉のセットで、大抵のご婦人達を落としまくってるのよ!」
「それってマジか?」
「マジよ」
「…………」
「と、言うわけだから、むしろロキってああいう紳士服が似合うから良いの。――はい、それじゃあ納得したから服貸して」
「誰も納得したとは言ってないだろうが! 大体、服をそんなに弄りたいなら自分の夫でやれよ! ゼロで!」
「ゼロはもうとっくにやったわよ。あの王族服、私がデザインしてるんだから」
「……え? あれって確か、城下町で有名なデザイナーがやってるとかじゃなかったのか?」
「だから、それって私だってば」
「…………えええええー!? お前が考えたのか、あの服!」
「アレって何よ、アレって! 王族っぽいといったら金縁ちょろっと交えて黒だったり紫にするとか、場合によって色々変えると、人の印象って変わるもんだから、全部私がデザインして作ってるんだから!」
「じゃあ――――いや、ゼロってどうも露出は嫌がってたな、そーいや……」
「それもあるけど……ゼロの裸体を眺めるのは、私だけの特権よ!」
「独占欲が無駄にあるな、おい」
「当たり前じゃないの! じゃあ何よ、もしもフレイヤが気分転換称して露出度高そうな服着たら!」
「絶対阻止」
「でしょ?」
「あのなぁ、それとこれとは話が――」
「あ、そーよ。じゃあ聞くけど、フレイヤが腹部ちら見せな感じでうなじのラインが妙にくっきりする感じの化粧と服装で近づいてきた挙句、上目づかいで強請ってくる、という手法使ってきたらどう?」
「……――っ、あ、あのなぁ、そういうことなんて……!」
「あったら?」
「うー…………まぁ、その、なんだ……状況にもよるが……」
「絶対に目の保養にはなるでしょ?」
「そらそーだろうけど……」
「と、言うわけではい、服貸して。フレイヤの件、ちょろっとお手伝いしてあげるから……まぁ、頼まれてるし」
「は?」
「だからねー、あの子、最近、貴方に甘えたがってるの。大体、貴方が甘えたばかりで、逆にさせてないでしょ?」
「あー……」
「まぁそんなわけだから、ちょっとはデートしても似合いそうな服を作ってあげるから」
「……分かった」
「大丈夫、ちゃんと露出度ぎりぎり程度にしておいてあげるわよ。なんだかんだ言って、あの子も独占欲強いのよねぇ」

そうかぁ、と言って首を傾げる騎士団長に、そーいうもんなの、と王妃が言った。



4.あんなに助けてあげたのに!

「酷いですね、隊長」
「何がだ?」
「おやぁ、あくまでもシラを切るおつもりで?」
「普段のお前の常套手段だろーよ」
「おやおや、あんなに助けてあげたというのに、冷たいですねぇ」
「何が、どこが! お前がいつ俺を助けた!」
「例えば、フォルが引き起こした問題ごとを解決してあげてるとか」
「お前の場合、解決どころか盛りたててないか……?」
「いえいえ、ちゃんと最後は情報まとめにはいっているじゃないですか」
「というかお前の場合、全貌を分かってるくせに晒さないだろ……」
「隊長、人間、物分かりの良さが大事ですよ?」
「とか言って注射器構えるお前はあれだろ、いつでも強硬手段とるよな」
「おや、強硬手段とは失礼ですね。一般的な手段の一つですよ」
「ついでにメス何ぞ増やすお前はなんだ、そんなに俺に仕返ししたいのか?」
「首を縦に振ったらどうします?」
「……こーする」

言葉と共に、背後にいたロキへと裏拳を放つ。素早く身をそらして後退するロキに合わせ、オーディンもすぐさま後方へと退く。。

「おやぁ隊長、大人げないですよー」
「お前のほうが大人げないだろうが! たかだが貴族令嬢の相手を押し付けたくらいで――」
「隊長、足もとがお留守ですよー」

同時に、ロキの端払いがオーディンの脹脛を叩く。足をくじいてよろけた瞬間をねらい、そのまま首後ろをひっつかんでその場に転がす。
にこりと微笑む参謀長官が、普段は見上げる青年を見下ろして、一言。

「面倒事が大嫌いなのは、隊長もご存じでしょう?」

頬をひくりと引き攣らせた騎士団長が、普段は見下ろす青年を見上げて、一言。

「俺が毎度お前の所為でやっかいごとをトラブルを処理してるのは、お前も分かってんだろ?」

数秒もしないうちに、起き上がった騎士団長が殴りかかって、それをひょいひょいと肩をすくめて参謀長官が攻撃を避けて――――。


「ゼロ、止めなくていいのか?」
「何時もの事だし、楽しんでるからいいだろ。そもそも、助けたところで止まるわけでもないからな、あの二人は」

特に気にすることもなくお菓子を掻い摘んでるスフォルツァンドの言葉に、昔は喧嘩事の数々を止めていたゼロは、もう諦めて何時ものように止める気配を全く見せないまま、肩をすくめるのだった。



5.虎が脱兎の如く

どんなに完璧そうに見える人間にも、苦手な物が存在するなんていう事例は近年珍しくもない。
そんな訳で、彼は"その種族"がとりわけ苦手だった。

シャドウの弟はものすごくうんざりとした、そして若干冷や汗気味で、少し離れた場所にいる兄貴と親友と女性と少女の姿を眺めている。
彼らの周囲に群がっているのはエネコやニャースやニューラといった猫型のポケモン達で、数えるだけでも軽く30匹は超えている。
現在、彼は少し離れた大きな木に寄りかかっているわけだが、腰は珍しく若干引き気味――分かりやすく言うなら、いつでも猛ダッシュで逃げれる状態である。
遠くにいる少女が何事か叫んで片腕を上下に振っている。もう片方の腕にはエネコを抱きしめており、当のエネコはぐっすりと寝ている。
彼は少しだけ少女から視線をずらすと、開いている手を眼前でひらひらと振ってみせる。事情を知らない女性と、単純に知ってても忘れてそうな少女が首を傾げたのが見えたが、しかし、そこまで言って説明するには拒絶反応が多すぎて無理があった。ちなみに、彼女たちのそばにいる兄貴と親友はものの見事に笑っている。
後で一度は半殺しにでもする覚悟を固め、また傍観に戻る――つもりだった彼に、ここで予想外の出来事が起きた。
というのも、来ないことに痺れを切らしたらしい少女が、エネコを抱いたまま、ついでに数匹の猫種族の物達をひきつれて、彼の方へやってきたのである。
ぞわり、と洒落にならないくらいの冷や汗に加えて、氷塊を背中に潜らせたような緊張感に肌が泡立つ。
一も二もなくボールから自らの相棒を取り出すと、何も言わずに行かせる。流石に長年の相棒である"彼女"は主人の命令がなくとも意図を読み取り、走り寄ってきた少女へ近寄り、事情を説明。少女はそれを思い出してか、ぽんっ、と手を叩く。同時に、腕の中のエネコがするりと地面に飛び降りる。
そして、少女は目元を下に向け、桜色の髪を僅かに垂らし、そのまましょげてしまう。どうにかしてはやりたいという衝動がわきあがるものの、その周辺にいる猫種を見るたびに、体が鉛のようになって全く動けない。
と、その中にいる一匹のエネコ――リーダー格だろうか、周辺の猫たちとの話をまとめている――がじっと彼を見つめる。脳内で激しい警鐘が聞こえ、体を揺さぶる感覚に襲われる。
それがいったい何なのかと、彼が瞬きした瞬間だった。
リーダーらしきエネコが、高々と雄たけびにも似た声を上げ――――その場にいた猫系の種族のポケモン達をひきつれて、彼へと突進。

洒落にならない速度で、彼は無言ながらも全速力でその場から逃げだした。


「えーっと……いいの、かしら?」
「ワカナは気にしなくていいぞ。大体、テイルなら放置してても逃げ切るだろうし。ま、セイナの静止か俺の静止があれば止まるけど」
「確かに。あれの主犯は、"彼女"のエネコだしねぇ」
「"彼女"……?」
「ほら、前に義理の姉貴がいるって話しただろ? さっきセイナが抱いていた俺のエネコは、もとは姉貴の物なんだよ。単に戦力不足だろーってことでもらっただけだし。ま、近々進化はさせようとは思ってるんだけどな。……もしかしてお前、嫉妬してくれたのか!? いやぁ、まさかお前が嫉妬してくれるなんて夢にも思わんがっ!」
「ばか……ところで、テイル君って、なんで猫が駄目なんですか?」
「それねぇ、半分くらいは僕のせいで、さらに半分はそのエメラルドのお姉さんの所為かな」
「というと?」
「昔、強くなりたい、って結構騒いでいた時期があったんだよ。ま、男の子って、自分の無力さを悟ると守る者のためとかって無茶したがるんだけどね……。で、ちょっとは痛い目見たら、そういうことは言わないかなぁと思って、エメラルドと一緒に猫関係のポケモン達が多く存在する巣窟に閉じ込めてね」
「そうそう。しかもあいつら、全部姉貴の手持ちポケモンでさぁ、強いったらありゃしない。で、まぁその……俺はぶっ飛ばされて初頭から気絶。そーいや、当時のテイルはやたら黒いところがあったな……親友をずるずる引きずりまくった挙句に岩にぶつけて走り回ったんだぞ!?」
「それで?」
「あっさりスルー!?」
「うん。本当は一日だけしたら出してあげようと思ったんだけど、ちょっと段取り間違えて三日間くらい閉じ込めちゃって……しかも、タイミングよく、ポケモン達の食料が枯渇しちゃってさぁ……ほら、餓えてる奴って、何でも襲ったりする傾向があるでしょ? 人間も当然だけど。結局、飢えたエネコやらに追いかけまわされたり食糧確保に色々乱闘したりとかで、それがすっごくトラウマになっちゃったみたいでねぇ」
「…………」
「その後、どうにか起き上がった俺が気絶したテイルをひっつれてまぁ保護されたんだが……あいつ、アレ以来、猫を見るたびにどーも拒絶反応が出るらしくてな。触れるのは当然駄目だし、見るだけでも鳥肌ものなんだと」
「なんていうか……その、意外ね」
「ちなみに、姉貴のエネコ――つまり俺のエネコはどうもテイルが気に入ってるらしくてな。暇さえあれば抱きつこうと画策してるんだとさ」
「テイルの悲鳴とか最近聞いてないから、聞くのもいいかもねぇ」
「……サド兄貴、本性垣間見え痛たたたたたたた、いたっ! シャドウさん、笑顔で容赦なく頭を爪先で踏みつけるとか何ごとおおおおおお、いだっ、背骨は、背骨はいただああああああーー!!」

080510/そんな感じで気分転換のお題関係。ポケモン出ないかなぁとか思ったら意外と最後で使いました。テイルは猫が大嫌いという設定は、今も昔も変わりません。ちなみにフルートは猫は大好きです。犬も大好きです。……単純に動物アレルギーが少々あるので、ちゃんと触った後は消毒しないと痛い目を見るだけで……orz