「きゃー! きゃー!」
「……………………」

その場で呆然と立っていた青年は、周辺に拡散するように響く少女の声に、内心でこっそりと溜息をついた。

「テイルー! 見てみてー! すっごい楽しいよー!」
「……そうか」

高速で移動するリザードンの背に乗り、片手を大きくこちらに振る少女に、青年――テイルは少しの間を空けて小さくうなずいた。
――――そのリザードンの背中から、今にも落ちそうな状態で半ば気絶している少年に半眼を向けつつ。

「ところでセイナ……」
「ザード、そのままもう半回転ひねりで高速滑空やってー!」

テイルの呟きになど耳を傾けるものもなく、厳密な主人ではないものの、ほぼ主人の命令と変わらない少女の言葉に、リザードンはにやりと笑う。
同時に、滑空速度が一段と上がったかと思うと、高度をさらに上げ、そのうえで少女を落とさないように気を配りながら(ほぼぶら下がっている状態の少年など気にも留めない)白の見えない青い大空にて、半回転飛行を決める。
と、その瞬間、ぶら下がっていた少年の気力すらもなくなったか、ひゅんっという軽い音とともに少年が空中で投げ飛ばされる。
少女は気付かないまま歓声を上げ、リザードンは気にも留めずに紅蓮色の大きな翼を広げて空を飛びまわる。

「ライン」

呟きと同時に、テイルがモンスターボールを空中へ軽く放り投げる。瞬間、眩い閃光と共に飛び出てきた砂漠の精霊が、笛の音のような声をあげて落下した少年をすくい上げる。
そして、主人の目の前でどさりと落とすと、褒めてと言わんばかりに頭を軽く下げる。肩をすくめたテイルが、ラインと呼んだフライゴンの頭を軽く撫で、足元を見る。
完全に目を回して気絶している黒髪の少年は、地面に下ろしてもぴくりと動く様子もなく、むしろぐったりとしていた。

「……やりすぎだな」
『だから、俺に任せりゃいいんだよなぁ、レジェンも』

声に振り向くと、テイルの後ろには、いつの間にか真っ白い異次元物体が存在していた。紫色のやや大きな尻尾を緩く振りつつ、言葉を話す獣はけらけらと言う。

『これよりももっと楽に教えてやったのに』
「お前の教え方だと、逆にトラウマになるだろうが。これくらいが丁度いい」
『俺に言わせりゃどっちもどっちじゃねぇか? あの小娘が騒いでいられるのは、完全に独学的な慣れであって、形式的な慣れじゃねぇ。ま、シュウに形式的な慣れなんざ必要ないから、独学のほうがいいわけだが』

そう言って肩をすくめる獣の横で、テイルもまた溜息とともに肩をすくめる。

「大体、普通に乗っていれば身体が覚えるもんじゃないのか?」
『お前みたいな変人や、俺様みたいな天才はともかく、シュウみたいな超平凡超凡人見た目からして何もかも一般的〜な奴じゃ、基準が違うだろ』
「む…………」

白い変な存在の言葉に、テイルは顔をしかめて少しの間、押し黙る。やがて、

「次は紐でくくりつけて一緒にさせれば何とかなるか」
『まぁ、落ちないという点では妥当だろうな』

気絶した少年の相棒ポケモンは、そう言って、けらけらと笑った。
彼らの上空では、急上昇旋回から錐揉みへと移行してアクロバティック飛行に拍車がかっているリザードンの雄たけびと、その状況に満足している少女の歓声が響いていた。


乗り方注意報


(気絶から回復して数分後、少年は再び意識をホワイトアウトさせるのであった。)

100507/大抵の主人公だと、飛行ポケモンに乗るのは結構簡単にやってのけるイメージがあるけど、どこまでも一般的な人には、あの超高速飛行は死にそうになるんじゃないか、という話。