ひとつ前の試合で荒れた天候は、まだ曇り空ながらも落ち着きを取り戻していた。それでも、高エネルギーが入り乱れた試合ゆえか、周辺には熱気が立ちこもっていた。
 やや籠ったような熱気を肌に受けつつ、トールは無表情を保ちながら苛立っていた。
 それは、身勝手な上司に対しても、こちらの思惑を見透かしたかのように賭けの内容を伝えてきた国王に対してもだ。
(どいつもこいつも、分かってて言うから余計に苛立たしい)
 じろりと、トールは対戦相手を見据える。
 年の頃は成人するより少し下か。幼いわけではないが、自分よりも若く見える少年は、戦う意志を持って、こちらを見据えている。その瞳はあくまでも純粋に戦うためのものであり、思惑があるとは思えない。
 ――それが、自分とは違っていて、更に腹立たしい。
「おい」
 声をかけると、少年の表情が驚き、それからやや不安そうな表情でこちらを見返してくる。
「な、何ですか?」
 あまりにも極端に怖がっているような状態で首をかしげるものの、ひとつ前の試合結果を思い出し、トールはため息をついた。
「先に言っておくが、俺は別に、前の試合のことはどうでもいいと思ってる。だから、さっきの女が、うちの上司をコテンパンにしたことは気にしてない。むしろ、日ごろの恨みもあるからすっきりしてる」
「は、はぁ……」
 事実を告げたはずなのだが、少年は半信半疑といった表情だった。そんな彼を冷静な目で見据えつつ、トールはとりあえず"仕掛ける"ことにした。
「ところでお前、棄権する気はないのか?」
 すると、先ほどまで半信半疑だった少年が、困惑した表情を浮かべる。
「えっと、この試合に負けると、こっち、後がありませんから」
「お前、試合に勝てると思うのか?」
「えぇまぁ。勝たないと怒られますし」
「本当にお前、勝つ気があるのか? そんな表情で」
 それはハッタリのような、挑発に近い言葉なのだが、相手は一瞬だけ、ぎくりと、肩をふるわせる。
 その隙をつくように、トールは目に力を込めた。
 視界が赤く染まると同時、目の前の相手に吸い込まれるような感覚。それは、自分の持ちえる能力の一つであり、相手の思考をのぞいている。
(さっさと思考を読んで、死なない程度にいたぶればいい。これで時間稼ぎには)

        『させるわけねーだろ、ばぁーか』

 ガツンッと頭の中をかき乱すような痛み。
 視界が白と黒に反転。突然の痛みに頭を抱えつつ、意識的に吐き気を押さえる。
 周囲の観衆達のざわめきなど気にとめることなく、なんとか視線を前に向ければ、少年は驚いた表情をしていた。その手に、一つのボールを抱えている。
(原因は、アレの中、か?)
 直感的にそう思いつつ睨みつけるが、今度は流石に動揺を表にせず、踏みとどまるようにこちらを睨み据えている。なんとはなしに背後に目を向ければ、首を傾げているフォルと、まるでこちらがこうなると"分かっていた"と言わんばかりの、笑みを浮かべた国王が見える。
(あんのくそったれ国王め! 分かってるなら先に言え! 絶対に嫌がらせだろ!)
 胸中で悪態をつくも、それにはやはり意味がない。せめて眼力で良いから国王に呪いでも送れないかと目に力を込め、
「はーい! それじゃ、会話で暖まったところで、特別ルールの説明しまーす!」
 脳天気な王妃の声が響き渡り、がっくりと肩透かしを食らう。そのまま、うろんな眼を声のした方に向ければ、何か説明図が描かれたボードを持つもう一人の司会の横で、彼女は楽しそうな表情で解説を始めていた。
「特別ルールっていうのは……ずばり、見せ合いバトル!」
「見せ合い?」
「手持ちポケモン六体全てをこの場で公開。そのうち三体を、バトルしながら選択する、ということ。三体出した時点で、他のポケモンに変更は不可能だからねー。あ、形式はシングルバトルだよ。バトル場は特別ルールだから、普通のまっさらフィールドだね〜」
 首を傾げる少年の問いに、司会の男――確か協会とかいう組織の副会長だったか――がのんびりと答える。
 そして、答えを聞いた瞬間、さっと少年の顔から血の気が引いていく。それから、後ろを振り返り――しかし、視線の先にいるベンチの者達は一様に頷いていて――頭を抱え始めた。
(おそらくは見せたくないポケモン……つまり、俺の力を阻害した奴だろうな。だが)
 なぜ、見せるのを拒むのか。
 拒むくらいなら手持ちに入れなければいいのだ。実際、トール自身、見られては困るポケモンは今回手持ちから外している。目の前の少年は、そういった"万が一"に対して対応を考えていなかったということだ。
(本当にこいつ、強い奴なのか?)
 少なくとも四天王の補欠としている以上、一定の実力があるはずだ。だが、雰囲気や、現時点での落ち度など含めて、ド素人もいいところだ。
 少年はしばらくわたわたしていたが、ちらりと司会に目を向け、その両方が深々と頷く様子に、ようやく諦めをつけたらしい。
「あ、あの!」
 今度は向こうから声をかけてきた。じろりと目を向けると、彼はやはり怖々とした表情でこちらを見てから、
「お、怒らないで下さい、ね?」
「は? なにを」
「それじゃ、互いにポケモン、全こうかーい!」
 王妃の脳天気な声にあわせて、互いにボールを背後へと投げる。開閉の光がそれぞれの後ろに広がり、それはすぐさまポケモンの形をなして、
「は……?」
 少年の横に、思わず、目が釘付けになる。
 彼の背後には、バンギラス、ギャラドス、ミロカロス、イーブイ、ピカチュウ、と一般的なポケモン達が並んでいるのだが、その中の最後の一匹。
 少年の横に浮かんでいるのは、小柄な存在だ。桜色の全身、先が丸みを帯びたやや長い尾、大きな目は一般的な水色ではなく紫色の瞳で、
「ミュウ」
 それは、伝説よりも更なる上の存在、幻のポケモンと呼ばれる存在で――そして、この地方の深層を知る物にとっては因縁深い存在で――。それは、自身が呼ばれる呼び名と同じ名前で、はっきりと鳴いた。

*****

 それがフィールドに出てきたとき、"それ"は一瞬だけ目を見開いて――マイクを僅かに強く握りしめつつ、不服そうな表情で鼻を鳴らした。

*****

 それがフィールドに出てきたとき、彼は少しだけ呆然としたものの、そのまま腹を抱え、体をくの字に曲げて肩を震わせ始める。傍にいたフォルが心配そうに覗きこんでくるのを手で制したものの、手をあてがった口元から、隠しきれない震えた声がこぼれる。
「っ……ふふふっ……っくくく……」
 ひきつったようなその声は、よく聴けば、喉を小刻みに震わせた音だ。
 体調が悪い訳ではなく、笑いを必死に押しこらえているということにようやく思い当たったころには、彼は顔を上げ、溜め込んでいた息を深く吐き出す。
「ゼロってば、何で笑ってたんだよー」
「なに、簡単なことだ。――あそこに出ているポケモンが、一定の存在に"あてつけ"をした。それが、私にはとても面白かっただけさ」
 置いてきぼりを食らった心地から頬を膨らませるフォルへ、キングダム地方の国王は、片目をつむってみせたのだった。

*****


 全部公開、と言われてただでさえ焦ったシュウは、ボールからポケモン達を出したことで更に大混乱することとなる。

「ミュウ」
 その鳴き声は、自分の手持ちポケモンの中では聞いたことのない鳴き声だった。
 意味が分からず、自分の横を見る。そこにいたのは、普段から自分をからかう大型の真っ白いやつでも、自分と同じ顔の存在でもない。
 幻のポケモンと呼ばれる、そして、彼の手持ちのジョーカー的存在の原型となった存在で。
「え……は…………ええええええええええ!?」
「おおっとおお!! シュウ選手、実はミュウ持ち!? あれ? でもそれなら普通驚かないですよね?」
「っくくく……きっとあれじゃないかな。変身した手持ちとかじゃないかな。資料を見ると、彼の手持ちにメタモンがいたみたいだからねぇ、ふっふふふ。大舞台にはふさわしいハッタリだね」
 にこにこと笑う父は、明らかに状況を楽しんでいるようだ。が、シュウには笑える事態ではない。周囲の観客のざわめきは、毎試合ごとに伝説ポケモンを見ているためか、少しばかり慣れたような感があるものの、それでも一際違和感をはらんだざわめきだ。
 改めてシュウは自軍のメンバーに目を向け、そこに、本来のメンバーにはない黄色の電気ネズミの姿がある。ネズミは主人の視線に気がつくと、元となった存在を意味するように、体をわずかにぐんにゃりと曲げるジェスチャーをしてみせ、でかかった声を飲み込む。と、
『当然、俺の指示に決まってるだろ?』
 自分にしか聞こえないテレパシーは、目の前のミュウに化けた存在――カオスからだ。正直、もはや投げ出したいような心地で睨みつけると、彼は容姿を活かした可愛らしい笑みで首を傾げてみせた。
『この姿の理由か? まぁ色々あるが……強いて言うなら、あてつけ、だな』
(誰にさ!?)
 シュウの胸中の悲痛な言葉を聞いてか、カオスはちらりと司会者の二人に目を向ける。にこにこと微笑む女性と男性の司会は、間をつなげるための会話で場を盛り上げている。その様子に、シュウは小さくため息をつく。
(父さんに文句があるなら、別な場所にしてよ)
『ま、お前にはそんなもんだろうな。それより……前方の敵、見てみろよ』
 僅かに緊張を乗せた声で、シュウは自分が対戦前の状態であることを思いだし、弾かれたように顔を上げ、視線を対戦相手と、その後ろに並ぶポケモン達を見る。
 すばしっこい動きが特徴であるマニューラ、弱点がないことでトリッキーな動きをするというミカルゲ、高い耐久力に多数の補助技を忍ばせるブラッキー、素早い動きに高い攻撃力を保有するダーテング、相手の動きから手数の多さによって翻弄してくるドンカラス。そこまでは一見して普通の悪タイプパーティなのだが、最後の一匹を見て、シュウは首をかしげた。
「あのポケモンは……?」
 それは、全体を黒い衣に包んだポケモンだった。首と思しき部分には赤い冠のようなものがあり、白い頭部は、尾を引いて空に伸びる煙の様だ。
 見たことのないポケモンに困惑するのは、シュウだけではなく、会場でも同様らしい。ざわめき立つ観客達の声が会場を包み込むも、当の主人は全く関知するつもりはないのか、無言で両腕を組み、試合開始の合図を待っているだけだ。
 何とはなしに司会の方へ顔を向けると、司会の二人は、何故かマイクをおろし、妙に神妙そうな表情で顔を見合わせてから、
「ダークライですね」
「ダークライだねぇ」
「……まぁ、パルキアにフリーザーにサンダーとかにミュウって来てますし」
「だよねぇ。まぁ、流石に問題はないよ。多分」
 と、何やらこそこそと話をしているようだった。
『ダークライとは、ねぇ』
(カオス、知ってるの? 父さんと司会の人も、なんか難しい顔してたけど)
 司会達のように、どことなく意味ありげな物言いをするミュウ(ミュウツー)に胸中だけで尋ねると、彼は軽く目を細める。
『一言で言えば、いるだけで害悪、ってやつだな。俺と同じぐらいのレベルで素晴らしい存在で希少種だ』
(それ、褒めるべき内容じゃないよね!?)
「おい」
 胸中だけで悲鳴を上げていると、再び前方から不機嫌そうな声をかけられる。一瞬、声をかけられた意味が分からずに目を瞬くと、対戦相手の青年――トールといったか――は深いため息をついて軽く頭を掻く。
「もう準備は良いのか?」
「えっ……あ、は、はい! こっちは準備」
「使用するポケモンは? こっちは最初、マニューラでいかせてもらうぞ」
 その言葉に、マニューラがフィールドの方へ飛び出る。淡々とした主人と似通っているのか、フィールドで臨戦態勢を整えたまま、動く様子はない。
 慌てて振り返ったシュウは、少しだけ悩んだ後、
「イーブイ、頼んだよ」
 キュゥ、と元気のいい掛け声で、イーブイがフィールドへと躍り出る。そのまま、マニューラの鋭い瞳に一瞬だけ身をすくませるも、自身を奮い立たせるよう、毛を逆立てて威嚇の声を上げる。
 そんなイーブイを見た対戦相手の青年は、ゆるく首を振ると、両目を閉じて体を横に傾かせる。まるで見る価値がないと言わんばかりのその姿に、シュウは困ったような表情で目を降ろし、
「ははっ」
 口元を緩め、声を漏らした。
 そして、それが合図だったかのように、司会の試合開始を告げる声が、マイクを通して会場に響き渡った。

【第四試合】ポケモン協会四天王代理 シュウ vs キングダム地方四天王代理 トール in 6→3シングルバトル


「イーブイ、"電光石火"!」
「迎え撃て。"氷の礫"!」
 素早い動きでつっこんでくるイーブイへ、マニューラの周囲に出現した幾つも鋭い氷の礫達が散弾される。
 電光石火による素早い足裁きで攻撃を避けるイーブイだが、雨霰のように放たれる氷の礫弾幕の手前、マニューラの懐に潜り込むことは叶わない。体勢を立て直す形で後方に跳び去るイーブイに対して、マニューラは追撃をしなかった。
 マニューラは最初に位置する場所から動く様子はなく、ただじっとイーブイを見ている。それは、指示をするトールという男も同じだ。追撃命令を出さなかったその男は、じっとイーブイとシュウを見ている。
(こっちの動きを観察しているのかな?)
 ポケモンバトルにおいて、ポケモン自身の強さや動きを判断することは思いの外重要なことだ。特に、トレーナー自身の油断といった隙などは、人を見ることで判断することが出来る。バトルにおける主人の命令とポケモンの強さは、そういった絆の部分も総量となっているのだ。
(それはこっちも同じ。相手が近距離型か遠距離型か分からない以上、仕掛けないと意味がない、か)
「イーブイ、"スピードスター"!」
 甲高い鳴き声と共に、イーブイの周囲に星形のエネルギー体が出現。先ほどのお返しと言わんばかりに、星形のエネルギー弾がマニューラの前後左右から降り注ごうとする。
「"吹雪"!」
 それを、マニューラは、底冷えでは生ぬるいと言わんばかりの猛烈な冷気で吹き飛ばす。極寒の風は攻撃を吹き飛ばすだけでは飽きたらず、会場全体を包み込むほどの嵐となってイーブイをおそう。身を切るような寒さと鋭い風に煽られ、イーブイの小さな体はフィールドの空へと巻き上げられる。
「イーブイ! 着地に備えて」
「遅い。"辻斬り"だ、コウサイ!」 
 無防備になった空中で体勢を整えようとしていたイーブイめがけて、飛び上がったマニューラ――コウサイが弾丸のように突っ込む。そして、体制を整えようとしていたイーブイと空中で交差。イーブイの落下速度が法則を無視したような早さとなり、地面にたたきつけられる。
「イーブイ!」
 シュウの声に応じるように、落下したイーブイがゆっくりと体を起きあがらせる。しかしすでに息は上がっており、次に一撃受ければまず持ちそうにもない。
 一方で攻撃を加えたマニューラは地面に着地しつつも、先ほど飛び上がった場所に戻っただけだ。全く距離を詰めず様子はなく、黙ってイーブイの方を見つめている。それは、起きあがることを待っていたかのようにも思えた。
(攻撃タイミングを計っている? 違う。それなら今の怯んだ好きに叩き込めばいい。なのに何で)
「何故、という顔をするのはいいが、戦いで相手に隙を見せるのは、素人としか思えないんだが?」
 唐突に。
 目の前の男の言葉に、シュウはぎくりと肩をふるわせる。忠告に応じるように警戒の目を向けるものの、彼は全く怯んだ様子もなく軽く鼻を鳴らす。
「お前には悪いが、俺には俺の事情がある。が、こんなあまりにも貧相なバトルをするぐらいなら、いっそ早く終わらせてもいいかもな」
「……随分と喧嘩腰ですね」
「お前が逆上してくれれば試合はやりやすい。そういうことだ。最も」
 ふと、トールが声のトーンを落とし、口元から表情を消す。瞬間、マニューラが素早く走り出す。目指すのは、立っているのがやっとというほどのイーブイ。
「イーブイ、"スピードスター"で牽制!」
「無駄だ。"かわらわり"!」
 イーブイの放つスピードスターの数々を素早く叩き割りながら、マニューラがあっという間に距離を縮める。一瞬だけのゼロ距離。小獣の目の前で立ち止まった黒猫は、鋭い切っ先を足下で震える存在に振り下ろし。
 ドンッ、とわずかにぶつかる音。
 次の瞬間、マニューラが一瞬にして吹き飛び、トールの横を通過して、後ろの壁にたたきつけられる。
「なっ……!?」
 振り返る。そこには、大の字になって壁にたたきつけられ、ずるずると地面に落下するマニューラの姿だった。目を回している様子から、一撃でやられたのが分かる。
「どういうことだ!? どんな攻撃にせよ、襷を持たせていたからには、一撃なんて」
「ぶいっ」
 目の前のイーブイの声は、勝ち誇っていたことだけが分かった。視線を向けた先、イーブイの前足には、ちぎれた「気合いの襷」が握られていた。
「まさか"泥棒"……!?」
「えーと……手の内を明かしたら面白くない、ですから」
 戸惑うトールに、軽く苦笑してみせる。それから、シュウはわずかに咳払いをし、ぴっと指を突きつけ、
「言っておきますけど、俺、そんなに弱くないと思いますよ。――たぶん」

*****

「すっ……すっごーい!! テイル、シュウがなんか今日はすごく強いよ!」
 テレビにかじりついていたセイナは、全く表情の変わらないテイルを降り仰ぐ。紅茶に軽く口を付けつつ、テイルはうなずいた。
「そうだな。すごいぞ、あれは」
「凄いのか? あのまぐれラッキー」
「まぐれ、なの? 泥棒とか戦術的なものじゃなくて」
 半眼のエメラルドにワカナが不思議そうに問いかける。思ったよりも熱いコーヒーに口をつけることで僅かに口を湿らせることに成功した彼は、軽く肩をすくめた。
「あれ、一見するとイーブイが泥棒を行ったように見えるがそりゃ間違いだ。あのマニューラが接近するほんの一瞬、イーブイは電光石火をかすらせたんだ。ほんの前進する程度に。んで、それによって気合いの襷は効力を失っちまい地面に落下。それを、あのイーブイはさも当然のように踏んづけているだけだ」
「じゃあ、マニューラが飛んじゃったのは?」
「じたばた。体力が少ないほど、相手に大ダメージを与える技だ。あの吹き飛び具合は、恐らくは急所に入ったんだろう」
「ホント。運良すぎだろ、あいつ」
 テイルの解説にふんふんと頷くセイナから目を離し、エメラルドはテレビに映る少年にあきれた目を向ける。少年は未だにやや自信のなさそうな表情で、歓声にやや肩を強ばらせつつ、対戦相手の青年を見つめる。
 一方で、先ほどまでなにやら自信ありげの男の方は、プライドを叩き折られたためか、マニューラをボールに戻してからは一言も発していない。
「しっかし、あの対戦相手も変な奴だよなぁ。最初は頭を抱えたかと思ったら、シュウになんか言い出して、挙げ句には驚いてるし。なんつーか、いかにも」
「エメラルドみたい!」
「俺はかませ犬じゃないからな! 真打ち登場!」
「いや、お前はシュウのようには役に立たない引き立て役だから安心しろ」
 テイルの容赦ない一言に、エメラルドは両手で顔を覆って黙ってうつむいた

*****

『よーし。これでまず第一のはったりが決まった。次はもう少し仕掛けてもいいんじゃねーの?』
(いやいやいや! 今のマグレはそう続かないからね!)
 隣で口元を押さえ、にやにやとしたテレパシーを送りつけてくる相棒に、シュウは内心でひやひやしていた。
 第一回戦。接近される瞬間の機転は、ほとんど偶然だ。声に出すよりも早く、カオスのテレパシーを用いて、シュウは電光石火とじたばたの命令を出した。それによって、相手はこちらが全く指示を出していないにも関わらず、イーブイの機転によって状況を一変させたと思っているはずだ。
(まぁ、タスキを踏んで勝ち誇る、ってのは、イーブイの機転だろうけど)
『いんや、俺の命令。「どうせなら、あの調子こいた男にドヤ顔したらどうだ?」ってな。いやぁ〜、いい感じで煽ったな、あいつ。あ、すると、第二のはったりになるな、これ』
(また余計なことしたよね!?)
 悲鳴じみた胸中なぞ、外に出なければただの独り言以下だ。シュウは小さくため息をついて顔を前に向ける。
 いつの間にやら、マニューラをボールに戻した対戦相手は、先ほどまでの余裕が見えなくなっていた。しかし、それは焦りを押し隠しているわけではなく、どこか、見極めているような感じだ。
『どうやら……はったりと煽りは成功したようだな』
 カオスの嬉しそうな声に、シュウは息をのんで相手を見据える。
「行け、レイセン」
 その言葉でフィールドに出てきたのは、置物のような石だ。よく見れば、石は僅かに浮いており、その周囲には紫色の煙がぐるぐると渦巻いている。少し離れた位置にすぅっと空中を滑るようにやってきた存在に、イーブイは僅かに震えるも、警戒するように毛を逆立てる。
(相手のポケモンは少なくとも体力満タン。しかも、なんか雰囲気的にゴーストっぽい……ここは戻すべきかな)
「イーブイ、戻っ」
『馬鹿! 今のタイミングでそれは』
 イーブイが主人の声で振り返った次の瞬間、石の隙間から"何か"が飛び出し、その背中に肉薄。バシンッと激しい打撃音と共に、イーブイがその場に倒れこむ。
「イーブイ!?」
「なるほど。その隣か、お前の指揮官は」
 納得と確信めいた言葉でトールが呟くと、目を丸くするシュウの横でカオスが舌打ちをする。
『"おいうち"。戻るポケモンに対して絶大な効果のある技だな』
「やっぱり、強いのはお前じゃなく、そのポケモン達か。全く、拍子抜けもいいところだ」
 肩をすくめるトールを前に、シュウが顔をうつむかせる。傍にいるポケモン達が主人の様子にはっきりと殺気立つ中、カオスだけは見定めるように、自らの主と対戦相手を見据える。
「相手のポケモンを見て、ある一定度のパターンを用意しておく。戦いに精通した奴は、こいつを出した時点で奇襲に警戒するんだよ。――言っておくが、仮初の戦術で俺に勝つつもりなら、早々に棄権しろ。大勢の前で恥をかきたくないのであれば尚更だ」
 最後はどこか諭すように、トールは告げる。決して嫌みではなく、冷静に先を見据えた物言いだ。
 対して、シュウは気絶したイーブイをボールに戻し、ポケモン達を振り返る。すると、先ほどまで殺気立っていたポケモン達が、やや驚いた表情を見せ、殺気を引っ込める。背後の対戦相手である男も、ポケモン達の変化に気がついたのか、僅かにいぶかしむ気配を感じる。
 シュウは自分の表情がどうなっているのかは分かっていない。ただし、自身の気持ちは、努めて冷静であると判断していたし、相手の言い分も、頭の中ではしっかりと理解していた。
 しかし、そんなことなどは"些細なこと"である。今、最も大事なことを、彼自身は理解しているのだから。
 自身の手持ちの中で最もつきあいの長いバンギラスを見上げ、シュウは苦笑した。
「お前なら大丈夫だよな、バンギラス」
 その問いに、バンギラスは小さな主人の頭を撫でることで答える。側に立つミュウが、上機嫌に囁いてくる。
『流石。マスターランクは伊達じゃないってか?』
「ランクの問題じゃないよ。これはさ」
 言葉を切り、シュウは対戦相手に向き直る。興奮からなのか、口角がひきつらせると、両手を強く握りしめた彼は、ゆっくりと息をつくように呟いた。
「自分の実力を計れる、チャンスだよ」
 その言葉が引き金のように、バンギラスがフィールドに立つ。宙に浮く石との距離は、目算で3メートルほど。
 そして――バンギラスが僅かに身じろぎした瞬間、石の隙間から何かが飛び出す。それは弾丸のような素早さでバンギラスに詰め寄る。
 しかし、ぎりぎりまで詰め寄ったところで、それはバンギラスの腕に弾かれる。バネの要領で石に戻ろうとしたそいつは、弾かれた勢いで石と共にごろごろと地面を転がって、むくりと起きあがる。同時に、石の中に戻りきれなかった紫色の煙のような本体が姿を現す。
 まるで渦を具現化したようなそのポケモン――ミカルゲは、突然の事態を飲み込めないながらも、警戒するようにバンギラスを見据える。
 一方で、謎のポケモンを弾き飛ばしたバンギラスは、攻撃はしないものの、その場で動いている。両腕を振り回し、体を動かして鋭気を養う様子に、トールが目を細める。
「なるほど。"ふいうち"が無効だったのは、"竜の舞"だな。だが」
 姿を見せたミカルゲは、バンギラスを睨みすえたかと思うと、小馬鹿にするような表情で笑い出す。その様子に、ぴたりと、バンギラスが動きを止める。
「"挑発"、ですか」
「これで、そのバンギラスは攻撃する以外にない訳だ。さぁ」
 トールの声を合図に、バンギラスがミカルゲへと走り出す。その様子すら小馬鹿にするように、ミカルゲの石が宙に浮き、左右に動く。一気に距離を縮めたバンギラスが腕を振り上げる。
 それに対して、待っていましたと言わんばかりの笑みを浮かべて、ミカルゲの体が急速にバンギラスの顔面まで伸び上がり、
「バンギラス、"岩雪崩"!!」
 伸び上がったミカルゲの攻撃が、バンギラスの体表面を僅かにこすった瞬間、大きな音を立てて多数の岩がミカルゲの頭上に降り注ぐ。攻撃を行った直後というのもあり、攻撃を避けるまもなく、ミカルゲが大小様々な岩の固まりに押しつぶされる。
「"シャドーボール"で吹き飛ばせ、レイセン!」
 トールの命令がフィールドに響きわたる。しかし、ミカルゲは全く動くことが出来ず、降り続く岩雪崩に巻き込まれたまま固まっている。
「ちっ、怯んでるのか。なら、もう一度"ふいうち"!」
「バンギラス、そのまま"岩雪崩"!」
 止むことのない岩の雨が、ミカルゲを何度も打ち据える。
 トールの言葉は届いているようで、ミカルゲは僅かな隙にバンギラスを見据えたのだが、やはり動きを止めてしまい、続いて降り続く岩の雨にもみくちゃにされてしまう。
「今だ、"ストーンエッジ"!」
 岩雪崩を受けてへとへとのため、石の隙間から飛び出てきたミカルゲの本体を、先端の鋭い複数の岩が貫く。激しいダメージを受けたミカルゲが、耐えきれずに落下。目を回した様子から、戦闘不能なのは明らかだ。
 わっと沸き立つ観客の声援の中、シュウは僅かに息をつく。そして、目の前の一方的な戦いに、驚きで目を見開きつつも唇を噛むトールへ、彼は頭を下げた。
「さっきは助言、有り難う御座います。これが、俺の答えです」

*****

「うーん……エメラルドのうそつき!」
「何でだよ!」
「だって、あのミカルゲってポケモン、防御に優れてるから長期戦になる、って言ってたのに、シュウ、圧勝しちゃったよ?」
 首を傾げるセイナに、エメラルドがため息をつく。
「だからな、あいつ、超ラッキーなんだっつーの」
「今の試合は、流石に戦略じゃないかしら。岩雪崩って、相手のポケモンを怯ませる効果があるんだもの。怯ませている隙に一発決めたんだし」
 ワカナの言葉に、「甘いな」と指を振る。
「怯ませるつっても、絶対的じゃない。大体3割ぐらいだ。早々怯んでたまるかよ。大体、岩雪崩のダメージもそんなに大きなもんじゃない。あの程度の攻撃でダウンなんて、急所入ったとか」
「いや、あのバンギラスは最初に"竜の舞"を行っている。攻撃力と素早さがあがっていると考えれば、あの攻撃量でも十分だろうな。そして、対戦相手のミカルゲの"不意打ち"。あれは、相手が攻撃を仕掛けてくることで、先制で攻撃が出来る技だ。ただまぁ、お前の言うとおり、ミカルゲの動きは確かにおかしかった」
「他に、ミカルゲが攻撃出来ない要素があった、ということですか?」
 首をかしげるホウナに、彼は懐疑的な表情でぼそりと呟く。、
「……"王者のしるし"を持っていたのかもしれません」
「あー、一定確率で相手が怯むっていう奴か。それなら辻褄が合うな。――しっかしまぁ、それでも運ゲーすぎだろ。シュウの奴、随分とカオスの影響を受けてるなぁ」
 肩をすくめるエメラルドとは対照的に、テイルは先ほどよりも固い表情で、そしてまた、どこか不安そうでもあった。
 その視線が、ゆっくりとセイナの方へ顔を向ける。どこか不安そうな顔に目を瞬くと、彼女は少し不服そうな顔で、
「テイルの言ってるそれ、なんかすんごく難しいけど……覚えなきゃダメかなぁ」
「これは戦術的な部分だ、無理に覚える必要はない。そもそも、人によって向き不向きがある。それで言えば、これはお前には向いていない話だ」
「そっか! 向いていないことはするもんじゃないよね! うんうん、それならシュウも止めとけばいいのに」
「そー解釈するか、お前さんら……」
 二人のやり取りに、エメラルドは口をへの字に曲げつつぼやくのだった。

*****

(まさか、たかが素人風情に、ここまでコケにされるとはな)
 目の前に立ちはだかるシュウという少年を眺め、トールは悔し顔を見せつつもひとりごちる。
 自分の目算が甘かったとはいえ、やはり、その戦術はあくまでも「カタ」にはまった、あるいは、「運」という不確定要素に身を任せたものに他ならない。
 そして何より――目の前の少年には"致命的な欠点"が存在する。それこそが、トールが今なお、目の前の少年に対して、絶対的に負けを感じられない理由でもある。
(俺がその点で後れを取っているとは思わない。まぁ、あくまでも精神論じみてはいるがな)
 しかし、それこそが彼の動力であり原点であり、何よりも「アイレッド族」などと不名誉な名前の一族の名称がついた彼らの"根幹"ともいうべき部分だ。
 興奮からか、口元の笑みが隠し切れない少年に、今度はトールが一息をつく。そして、にやりと彼は笑った。
「こいつを前にして、お前はどこまでやれるか楽しみだ。――ダークライ」
 名前とともに、漆黒を身にまとったポケモンが音もなくフィールドへ進み出る。
『おおっと、ついにトール選手の切り札っぽいポケモンが出現ー!』
『まぁ、二体ダウンだから後がないもんねぇ。やっぱ切り札あってこそのポケモンバトルだし』
 司会者の言葉に、シュウが気を引き締める。そして、戦闘態勢を整えたバンギラスを見定め、
「バンギラス、もう一度"岩雪崩"を」
「"ダークホール"」
 次の瞬間、バンギラスの足元から黒い影が出現し、その姿を一瞬だけ覆い尽くす。そして、その影が解かれたかと思うと、緑の巨体が音を立てて地面に横倒れになる。気絶しているわけではないが、目をつむり、苦しそうな表情だ。
「バンギラス! まさか、眠り状態ってこと……!?」
「"きあいだま"」
 淡々としたトールの命令に合わせ、ダークライが大玉型のエネルギー弾をバンギラスに素早く投げつける。激しい爆発音と共にバンギラスの巨体が宙を舞い、地面に落下した時には、すでに戦闘不能となって目を回していた。
 一瞬だけ静まり返った会場は、次の瞬間、大歓声に変わる。あれだけ劣勢だったはずの状態からの逆転劇に、観客席からはどよめき以上に驚きと興奮がぶり返していた。
『なんと! トール選手のダークライ、先制"ダークホール"からの"きあいだま"で速攻決めたー!! バンギラスも"竜の舞"で早いはずだったのに、それを上回るスピード! すごいわ……なんていうか、流石、強そうなポケモンですね!』
『バンギラスが"竜の舞"を詰んでも、流石に元から早いポケモンには勝てないからねぇ。そして、ダークライの特性"ナイトメア"。これは、眠っているポケモンの体力を一気に削る特性だから、ダークホールとはとても相性がいいんだよ。さて、これでシュウ選手も残り一匹になるわけだけども』
(おそらく、出てくるのはあのミュウを"気取った存在"だろう)
 感覚的に、トールはシュウの横に並び立つ存在がミュウに似た"何か"だとは思った。見た目的にはそっくりだが、身にまとう雰囲気が違いすぎるのだ。
 伝説ポケモンというのは、往々にして、威厳ともいうべき"そういうらしさ"が存在する。今大会で姿を見せた、パルキアやフリーザーなどにはそれらがあった。しかし、あのミュウから感じるのは、俗世の、人工的な雰囲気だ。その点でいえば、上司を負かした女の三鳥もまた、それに似た雰囲気を持っていた。
(だが、所詮はビギナーズラックに過ぎない。どんなに強いポケモンであろうと、戦術が伴わなくては意味がないからな。――この試合、俺の勝ちだ)
 難しい表情ながらミュウに何やら話をしているシュウを見つめ、トールは肩をすくめた。

*****

「――……って方法なんだけど、できるよね」
 シュウの言葉に、カオスは目を丸くする。
 彼の手持ち達は、主人の提案した戦術と、そしてまた、それが当然だといわんばかりの物言いに、驚きを隠せないでいた。自分たちの知る主人は、確かに無茶をいうこともあるものの、ここまで大胆な無茶をいう機会はなかった。
 ただ一匹――その指示を受けた、張本人だけは、驚きもそこそこにひっこめると、
『そうか』
 にやりと、ミュウという原型から想像できない禍々しい三日月の笑みを浮かべる。
『いいのか? 俺にそんな命令だしたら、普通じゃ終わらせねーぞ』
「この際、父さんにはまぁちょっと大変な目にあってもらったほうがいいかなーって気がしてきたし」
 震わせた握り拳を胸前まで持ってきて、シュウが忌々しそうな表情でつぶやく。それからカオスを見上げ、それなりに真面目な表情をした彼は、持ち上げたこぶしを突きつける。
「信じていいよな、カオス」
『俺様を誰だと思っているんだ、My Muster?』
 主人の拳にミュウがこぶしを突きつけると同時に、その小さな姿が光に包まれる。光は見る間に大きくなり、シュウよりも一回り大きくなったところで、一つの形へと収束していく。
 鋭い紫色の眼光、極端に細い両腕・両足とは対照的な、紫色の太い尾が大きくうねる。
 歪な三指の一本で、眼前に平然と立つ闇をまとったようなポケモンを指し、ミュウツーの姿に"戻った"カオスは高らかに宣言する。
『さぁ、とっとと始めようぜ。楽しいポケモンバトルをよぉ!』
 その宣言に、トールが呆れたように肩をすくめ、ダークライが戦闘態勢に移行する。そして、
「ダークライ、ダークホール!」
 先ほどのバンギラス同様、ミュウツーの足元から影が立ち上がる。それを、素早く地面を蹴り上げてミュウツーが空中へ回避。後を追うようにして、ダークライもまた空中へと飛び上がる。
「カオス、"10万ボルト"!」
「ダークライ、"悪の波動"!」
 稲光にも似た光の直線と、波状エネルギーの闇がぶつかり、暗雲の残る空に火花を散らす。互いの素早さは互角であり、相手に隙を与えんと言わんばかりに、攻撃のタイミングはほとんど同時である。灰色の空に紅と金の光に染まるたび、観客席からは歓声があがる。
 それを、トールは酷く冷めた目で見上げていた。どことなく無関心なのは、まるで、全く心配する要素がないからなのか。
「あの」
 その姿に、シュウは思わず声を上げる。上空のぶつかりあいは、刻一刻変化している。しかしそれを無視してでも、シュウは、目の前の男にどうしても尋ねてみたかったのだ。
「なんで、そんなにつまらなさそうなんですか?」
「お前は、こんな見世物のような試合が楽しいのか?」
 疑問を疑問で返され、シュウがわずかに困った表情を返す。それに対して、トールはどこまでも平然としていた。
「ならば俺も問おう。お前はなぜ、そこまで勝ちにこだわらない?」
「か、勝つ気ではいますよ」
「口先だけならばそうだろう。だが、ここまでを通して、戦術はあまりにもお粗末だ。何より、お前からはその気概を感じられない。それでは――俺には勝てない。絶対的な勝利を、揺るがない事実を夢想できないものに、俺は負けない」
 瞬間、上空全体が暗闇に包まれる。見仰いだ空には大量の"ダークホール"がいくつも出現しており、ミュウツーの動きが一瞬止まる。
 その隙を突くように、悪の波動を放ちつつダークライがミュウツーへと突進。迎え撃つようにして放たれた10万ボルトを放とうとして、
「チェックメイトだ」
 目の前に迫るダークライに気を取られ、身動きのできないミュウツーの姿が、一瞬にして影に覆われる。そして、影が消え去った瞬間、ミュウツーがふらりと体を横に曲がったかと思うと、そのまま地面へと落下していく。
「カオス!」
「畳み掛けろ、ダークライ!」
 自由落下するミュウツーへ肉薄する形でダークライが悪の波動をまといながら接近。そのまま、ゼロ距離攻撃を決める気なのか、一気に距離を詰めたかと思うと、そのままミュウツーの胸ぐらを掴みあげ、
『おせぇ』
 ミュウツーが放ったゼロ距離での10万ボルトが、ダークライの体を吹き飛ばし、一瞬にして地面にたたきつける。
「なっ!?」
『おおおおっとおお!? なんとなんとなーんと! ダークホールによって眠ったはずのミュウツーが、すぐさま目を覚ましたー!? 不眠症なんでしょうかね?』
『いいや、違うねぇ。あれは』
 ふんわりと降り立ったミュウツーは、片手に握っていた木の実の残りを口の中へ無造作に放り込み、一気に飲み込む。そして、両手を突き合わせて、にやりと笑って見せた。
『ラムの実ってのは、思ったより美味いもんだな』
「ダークライ!」
 トールの呼びかけに答えるようにして、地面にめり込んでいたはずのダークライが砂塵を巻き上げて飛び上がったかと思うと、起き抜けにミュウツーへ悪の波動を放つ。それを打ち落とすような形で、ミュウツーの10万ボルトが炸裂。爆風が吹き荒れ、フィールドに大きな穴が開いていく。先ほどよりも押しが強くなったように感じるミュウツーを前に、しかしトールは無表情で戦場をにらむ。
(ラムの実で状態以上を回復したか……だが、二度は通用しない! 次こそは、確実に当てる)
 現在の場を読み、その先をいくつも読む。そうして、トールは様々な戦いを勝ち抜いてきた。だからこそ、勝てるという自信があり、自覚があった。
 目の前の、目先の戦いしか追い求めていない少年に、自分が敗北するなどあり得ない。
 その慢心故に、彼は見落としていた。
 目の前の少年が、上空を仰いでいた姿に。
 ミュウツーが、なぜ、わざわざ"10万ボルト"だけを放っていたかを。
 そして――ぽつり、と、雨水が自身の頬を伝った瞬間に、トールは、自身の"慢心"を悟った。
「カオス、"吹雪"!」
 ミュウツーが両腕を広げた瞬間、吹き出した極寒の風がフィールドを包み込む。それを、トールは両目を見開き、指示を出すのも忘れて見つめていた。
 10万ボルトによって刺激された雨雲は、再び活動を活性化させ、雨雲としての機能を果たし始めた。そこに、吹雪によって凍った雨水は、吹き荒れる零度の嵐で舞い上がり、疑似的な"あられ"の天候を生み出す。
(天候が"あられ"状態での吹雪の命中率は……考えるまでないな)
 フィールド一帯に吹雪の嵐が吹き荒れる。極寒の嵐に呑みこまれたダークライが、吹雪がやむと同時に、氷漬けのまま目を回して気絶していたのは、もはや、トールにとって簡単に予想できる事実であった。
『ダークライ戦闘不能! ってことで、第四回戦 in 代打対決は、モノクロ地方の代理、シュウ選手の勝利ーー!!』
 雲の切れ間から覗く陽光が、まるで戦闘終了を伝えるかのように、大歓声に包まれる会場を明るく照らしだしていた。

*****

 試合が終わって席に戻ったトールを迎えたのは、困った表情のフォルだった。帰ってきた彼の服を強くつかみつつも、何をしゃべるでもなく、遠慮がちな様子だ。負けてしまった自身への励ましの言葉がうまく思いつかないその様子に、トールはひっそりと口元を緩める。
「悪かったな、フォル。負けちまったよ。でも、お前が応援してくれたのは嬉しかったぜ。ありがとな」
 ぐしゃぐしゃと髪を乱すように撫でると、彼はくすぐったそうに笑う。その様子に軽く息をつきつつ、そっと、自分の対戦相手だった少年へと目を向ける。
 ベンチへ戻ろうとしていたシュウは、ふと立ち止まったかと思うと、後ろにいたミュウツーたちへ振り返り、笑っていた。
 その表情を見て――すとんと、感じていた違和感が落下した。
 試合開始前。自分は少年に対して、明確な苛立ちがあった。しかし、それは試合を進めていくうちに、呆れとなり、油断となり、結果として、今回の事態を引き起こした。
 先ほどまで、自分は彼に負けたことが、どこか腑に落ちないでいた。だが、今の少年の顔を見て、トールは確信した。
「フォル」
「ん?」
「お前は、ポケモンバトルが楽しいか?」
「当然じゃんか! 何言ってんだよ、トール」
 不思議そうに、おかしそうに笑う彼をもう一度撫で、トールは穏やかに笑う。
「どうやら俺は、そもそも彼の相手にはなっていなかったようだな」
 近くのベンチに座ったまま、一言も発せずに瞑想する国王を流し目に見下ろし、彼は嘲笑を浮かべてつぶやいた。

*****

「わぁ! シュウが勝ったよー!」
「まぐれだろ、まぐれ! 俺が戦ったら、カオス抜きならぜってー勝てるからな!」
「貴方の場合、そういって負けそうよね〜」
 盛り上がる仲間たちの横で、テイルはじっとテレビを見つめていた。
 画面に映るシュウは、勝負に勝ったことで嬉しそうな表情をしている。仲間のポケモンたちもまた、主人の喜びに呼応して、非常に楽しそうな表情だ。それはきっと、普段彼を知らないものから見れば、なんら変わりのない"笑み"に見えるのだろう。
「テイル君、どうしたの?」
 首をかしげるホウナに問われ、テイルは、やや難しい表情をしたまま、ぼそりと呟く。
「俺は、アイツのことを甘く見ていたかもしれません」
「テイル君?」
「シュウは、着実に強くなっていってます。あの強さなら、近いうちに、様々なリーグで優勝していくでしょうね。ただ」
 そこまで言って、テイルは珍しく、苦々しくも困惑をはらんだ表情で、自嘲気味に言葉を続けた。
「このままいけば、そう遠くない未来に、アイツは破滅するんじゃないかって。そんな風に感じるんですよ。……どうしてでしょうね?」

*****

「流石、カオス! お疲れ様!」
 そういって喜ぶ主人に、カオスはぎりぎり笑みを返した。それはどうやら上手くいったようで、シュウは特に気にすることなく、機嫌よく手持ちたちをボールに戻し、ベンチへと戻っていく。
 試合中に主人の"笑み"を見た瞬間から感じていた"何か"。最初はただの気の迷いだと思っていたそれは、勝利と共に違和感へと肥大した。
 勝利を喜ぶ主人の顔が、今まで見てきていた主人の表情とは"どこか"違っていたのだ。その具体的な差異はわからないが、なぜだか、違和感という気持ち悪さだけは大きく膨れ上がっていく。
『なぁ、シュウ』
 声をかけると、主人は上機嫌な様子でこちらを振り返る。幼少時から守り、見つめ続けてきた子供を、主人を見下ろし、カオスは尋ねた。
『お前は、今の試合は楽しかったか?』
 その言葉に、シュウは少しだけ大きく目を見開く。しかしそれも一瞬で、彼は、わずかに口元をゆるめて、
「何言ってんだよ、カオス。俺は、楽しかったよ」
 両腕を広げて笑う主人の声が、ほんのわずかに硬かったなどと。
 その笑みが、どこか歪で、どこか残念そうなものだったなどと。
 それらはきっとすべて、疲れた自分の頭の妄想だとかなぐり捨てて。
 カオスは、主人へ嗤い返すことにした。

【第四試合】ポケモン協会四天王代理 シュウ vs キングダム地方四天王代理 トール in 6→3シングルバトル
→勝者:シュウ、(モノクロ四天王)2 対 2(キングダム四天王)


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