降り注ぐ雨粒。とどろく雷鳴。
 それは陳腐な小説にあるような、いかにもらしい場面であった。
 向かい合う女性と青年の間には、彼らのポケモン達が互いの攻撃を仕掛けている。片や伝説と歌われた三鳥、片や強力な幽霊達。
 ポケモン達の鳴き声に併せて、トレーナーの指示の声が――青年の物だけが、会場に、響きわたっていた。

*****

 次の一手を敷こうとするヨノワールの元へ、三鳥が殺到。しかし、それを阻むようにして、水中から複数の水しぶきがあがる。それを、サンダーが残りの二体を庇うようにして飛び回る。水しぶきから逃れた二匹が、再度、動けないヨノワールへと接近する。
「ブルンゲル、妖しい光!」
 水中から飛び上がってきた光が、二匹を包み込む――が、それを回収するかのように、またしてもサンダーが光に自ら飛び込み、ぐるぐると空中を飛び回り始める。それにかまわず、残り二匹が一気に距離を詰めようとするその眼前、一匹の幽霊がにやにやとした笑みを浮かべたまま出現。
「ロトム、十万ボルト!」
 激しい電撃が二鳥を直撃。稲光にも負けない光が周囲にきらめく。しかし、
「うーん、動くねぇ」
 ぽつりと解説を担当するレジェンの呟き。効果抜群の電撃を受けて、本来なら致命傷物の傷を負っているはずのフリーザーとファイアーは、ダメージを物ともせず、電撃を受けたまま火炎放射と吹雪を放つ。
「ヨノワール、守りなさい!」
 一瞬の躊躇もなく、ヨノワールが補助から防御に態勢をかえる。守りの光が出現し、灼熱の炎と極寒の吹雪がその表面を撫でるに留まる。
 天候は大雨。激しい雨音が響く会場は、興奮ではなく、困惑と驚きだった。
 フィールドを挟む二人の表情には、これといった感情が見えない。傘の下、一方は穏やかに笑みを浮かべ、一方はシニカルな笑みを浮かべている。それを、解説席でヴィエルは半眼で見つめていた。
「レジェンさーん。質問でーす! なんでメイミさん、指示してないんですー?」
「うーん。それはねー……彼女が声を張り上げるのが苦手だから、とかかなぁ」
 曖昧に微笑むと、ヴィエルの視線がますます胡散臭い物を見るような目になり、レジェンは小さく咳払いをすると、人差し指を立ててみせる。
「これは予測なんだけど……多分彼女は、自分の口から指示をしなくても、ポケモン達に意志疎通が出来る方法を身につけているんだと思うよ」
「喋らないで指示って出来るんですか?」
「例えば、エスパーポケモンのテレパシーやシンクロだね。ああいうのを応用すると、ポケモンと意志疎通を図れるんだよ。だから」
 瞬間、轟音と稲光がフィールドを包み込む。
 一瞬遅れ、暴風と白い煙が会場全体に吹き荒れる。それは熱気と冷気の両方を纏い、降り続く雨をも一瞬にして吹き飛ばすほどの激しさ。そうして、煙の向こうから姿を現したフィールドは、
「あら、水が干上がってるわね」
 のんびりと断言するヴィエルの視線は、フィールドの中央にぽっかりとあいた黒い穴を見つめている。フィールドを満たしていた水は跡形もなく蒸発し、中央には爆発によってえぐられた地面がむき出しになっている。その側には、爆発の衝撃に巻き込まれたらしい、ブルンゲル、それに、ファイヤーとフリーザーの気絶した姿があった。瞬間的に身を守ったヨノワールと、空中で電撃による戦いを繰り広げていたサンダーやロトムは無事のようだ。
 依然、雷雨は激しく、目の前のあまりにも現実離れした戦いに立ち向かう二人との四天王は、やはりそれぞれの表情を保ったまま、ポケモンをボールに戻す。激しい雨音のためか、或いは、あまりにも殺伐とした戦いゆえか、観客の歓声はあまり響かない。司会者席の二人が互いに顔を見合わせて、ほんのすこし肩をすくめる。
「さって。これでメイミさんが残り一匹、ロキが二匹ねー。まぁ、六体フルに使えるから、実際は、四匹と五匹かしら」
「要するに"三匹ダウンしなければ"試合は続行されるからねぇ。さて、次のポケモンは――」
 呟くように言ったレジェンは何気なくメイミに目を向ける。その彼女が、恐ろしいほどに穏やかに微笑む姿に、彼は一瞬だけ真顔になり――ほんの僅か、微笑み返した。
「容赦ないねぇ」
「え? なにがですか?」
 どこか嬉しさをにじませるようなしみじみとした言い方に、ヴィエルが問い返そうとしたとき、激しい雷撃音が響き渡り、同時に、メイミのボールからポケモンが出現。
 そのポケモンは、指示もなく弾丸の如き素早さで飛び上がったかと思うと、空中のロトムに急接近。正面のサンダーに気を取られていたロトムが慌てて振り返った瞬間、獣の体から放たれる目覚めるパワーを受け、地面へ急降下していく。
 そこへ、追い打ちをかける様に上空からの雷が、落下直前だったロトムの体を貫く。既に瀕死で目が回ったまま勢いで吹っ飛ばされる小さな幽霊を、ロキが素早くボールに戻す。表情を変えることなく、彼の黒い瞳が、フィールドに出現した雷の化身に向けられた。
 ――咆哮。
 空気を震わせる獣の猛り声に触発されるかのように、稲妻が音を立て、灰色の空に輝く。一説には雷雲を操ると言われる伝説のポケモンの一体は、雷雨の中、悠然と佇んでいた。
「おおっとおお! ここで伝説ポケモンと名高いライコウの登場ーー!! っていうかレジェンさん、メイミさんって凄く伝説ポケモン持っているんですね〜。モノクロ地方にそんなにいっぱいいるんですか?」
「うーん、観測されてるほどいないと思うんだけどね〜」
 ヴィエルの言葉に、レジェンは素知らぬ表情で視線を外す。
 更なるどよめきを帯びた会場で、ロキとメイミは互いに向きなおる。互いに表情を崩すことなく相手を探る視線は、ポケモンバトルそのものではなく、その先を見ているかのようだ。と、メイミが軽く首を横に傾ける。
「降参しないの?」
 大雨の中、彼女の口が動く。音は聞こえないが、口の動きと雰囲気が、それを雄弁に物語っていた。呆れた表情で、ロキは肩をすくめる。
「時間稼ぎになりませんから。そういう貴方は、三匹目、出さないんですか?」
「あんまり群れさせるの嫌いなの」
 ボールを二つ手にするロキは、メイミの言葉に目を細める。
 そして彼は――ボールを一つ、懐に収め直す。それだけで意図に気付いたらしいメイミが、大雨の中、僅かに傘を傾ける。観客やカメラからは死角になる状態で、それはロキの視点からも死角ではあったが、何となく、彼女の表情が見えたような気がした。だから、
「私も嫌いでしたよ。……昔はね」
 開閉スイッチを押すと、中に納まっていたポケモンが、どしんっ、と重たい音を立てて出現。大木のような太い手足に丸々と太った体型は、フィールドにいるヨノワールとどことなく似ている。その姿に、司会のヴィエルが思わず目を丸くする。
「ウィル……?」
「ヴィエルさん、それは、今出現したカビゴンの名前ですか?」
「え、えぇ。ただ……本来の持ち主は、キングダム四天王のトップ、オーディン、っていう人なんですけど」
 懐疑的な様子で首をかしげるヴィエルを、ウィルと呼ばれたカビゴンはちらりと目を向けるも、すぐにフィールドの方へ向き直り、既に次の戦闘態勢を整えたヨノワールの横に並ぶ。ヨノワールの方は特に何を言う訳でもなく、視線を対戦相手の二匹に向けたままだ。
「というか、二人とも三匹目って出さないのかしら?」
「多分出さないと思うねぇ、どちらも」
「え」
 瞬間、ライコウとサンダーの体から放たれた神速の雷撃が、フィールドを縦断。素早く、カビゴンがヨノワールを庇う形で守るを発動。鉄槌のごとき強烈な雷は、カビゴンの守りによってはじかれる。その後ろで、ヨノワールが両手突き出し、何やら瞑想の様な状態に入っていた。
「な、なんと、いきなり二対二に試合が移行!! っていうか、いきなりじゃないですか!?」
「まぁ、試合といっても、互いに問題がなければ開始して良い訳だからねぇ。それに、今の状況は、悠長に待っていると負けてしまうだろうし」
「それは、ヨノワールがこれからやろうとしていることに関係が――」
 刹那、轟音にも似たライコウの雄叫びが響き渡り、同時に、カビゴン達の真上から、雷撃が束となって降り注ぐ。
 反射的に、カビゴンが両腕を上げて再び守るを発動。僅かに身をかがめたヨノワールを庇うようにして、攻撃を受け流す。
 その光景に違和感を感じたロキは空へと顔を上げる。上空には、攻撃をしていないサンダーが、次の攻撃に移るため、両翼に電撃を溜め込んでいた。しかし、向いている方向はカビゴン達ではなく、丁度視線をあげたロキの方を向いている。
 そして、ほとんど勘のようなものか、カビゴンとヨノワールもまた空へと顔を上げる。その時には、サンダーの翼が大きく羽ばたき、その電撃の矛先が自分たちではなく、その後ろであることに気付いて――、
「ヨノワール、ウィル、今です!」
 その言葉で。
 二体は、後ろの人間ではなく、フィールドで相対する敵へと意識を集中させた。自分たちの横をすり抜ける電撃への怒りを、これから倒す相手へこめる。
 背後で、激しい雷撃の音が聞こえても振り返ることはせず、ヨノワールが技を発動。"トリックルーム"と呼ばれる空間がフィールドに展開。
 それは、早い者が遅くなり、遅い者が早くなる、早さ逆転の空間。一瞬にして、サンダーとライコウの動きが目に見えて鈍る。
 対して、走り出したカビゴンの動きがビデオの早送りのように素早くなる。そして、動きのにぶったライコウまで肉薄すると、勢いのまま、太い足で地面を強く踏み鳴らす。地面にひびが入り、飛び上がってきた岩やコンクリートの破片の数々が、ライコウをひるませ、上空を飛んでいたサンダーの翼を貫く。致命傷ともいうべき攻撃を受けて、岩雪崩が上から下へと飛び上がっていく中を、サンダーが落下していく。
 なんとかライコウが攻撃態勢に映ろうとするも、強烈な岩雪崩を、そして、トリックルームによって素早さを制限され、身動きがとれない。そこへ、普段よりも素早くなったヨノワールが急接近。近距離からの炎のパンチが、ライコウの体をふき飛ばし、落下してきたサンダーを巻き込んで、もみくちゃに吹っ飛ぶ。
 そして、メイミのすぐ横を通過して壁にたたきつけられた二体は、そのままぴくりとも動く事なく、眼を回していた。
 それで終わりだった。
 メイミはにこりと微笑み、気絶した二体のポケモンをボールへと戻す。そして、その場で軽く一礼すると、背を向けて、自分たちの待機席へと引っ込んでしまった。
 静まりかえったフィールドで、カビゴンとヨノワールは、一瞬呆けるも、すぐさま後ろを振り返る。
 そこに――軽く肩をすくめ、平然と立っているロキの姿に、二体が安堵のため息をついた瞬間、フィールド全体が歓声に包まれた。
「勝者、キングダム地方の四天王、ロキ!」
 レジェンの高らかな宣言が、いつの間にか暴風雨の止んだフィールドに響き渡った。

*****

 戻ってきた上司に、トールは不満そうな顔を向けた。
「全く、ひやひやさせないでくださいよ、ロキ様。さっきの電撃、直撃コースでダメかと思ったんですけど、意外としぶといんですね、貴方は。まぁ、俺としては特に心配してなかったですけど……っていうか、ヨノワール達、ボールに戻してあげて下さいよ。アイツらだって頑張って」
「トール、次、お願いします」
「すぐにその話ですか。全く仕事熱心というか……騎士団長の代わりですよね? でも、どうせ勝ったんだから、別に俺が出なくても」
「時間稼ぎを」
 その言葉が最後だった。
 ふらりとよろめいた男の体は、どさりと音を立てて床に転がる。みれば、仮面に覆われていない方の横顔は、もはや血の気を失っている。
「ロキ、っ!?」
 慌てて駆け寄ったフレイヤが、ロキを抱き上げようとして、バヂッ、という電撃音と共に両手をひっこめる。よく見れば、彼の周囲が、バチバチと音を立てている。
「やっぱり、さっきの攻撃……!」
「フレイヤ。これを使うといい。事前にもらっていた、電撃を遮断する毛布だ」
 ほとんど自然な動作で、国王がロキの上に毛布を掛ける。それだけで、周囲に放出されていた電撃が消え、彼の呼吸が少しだけ落ち着く。事態を見ていたカビゴンが、自分の怪我も気にせず、気絶している仮の主人を抱き上げ、そして、フレイヤやヨノワールにに先導される形で、その場を後にする。
 残ったのは、いつの間にか眠っているスフォルツァンド、そして――国王と、その場を任された男。
「おい。あんたは……アイツが"ああなる"ことを知って、行かせたのか?」
 トールの言葉に、国王は、微笑んだ。
「彼は、自らの意思で時間稼ぎをした。ただ、それだけだ」
「あんたは、それだけと。そう、言うのか……」
 強い目で睨み据えるが、トールには、それが、風に向かって体当たりをしているような、そんな感覚に思えていた。目の前の、存在するハズの男の考えは、相変わらず"見えない"。
 浮かべる微笑みは、人ではない、決定的な欠落をいつも感じている。そして、常に相手の心を見通しているような、嘲笑うような感覚があるからこそ、トールは、目の前の国王が何よりも大嫌いだった。
 その国王は、彼の胸中を見据える様な目で、落ち着いた表情で告げた。
「君に一つ、良いことを教えておこう」
「良いこと?」
「向こうの協会長との――……賭けの、内容だ」

*****

「メイミ! どういうことだ! あれは確実に……!」
「私、疲れたから奥に引っ込んでいるわ」
 とりつく島もなく、ベンチに戻ってきたメイミの後ろ姿が通路奥へと消えてしまう。
 苦々しげにアゼルが振り返った先では、アイルズがあごに手を添えて深いため息をついており、その横には顔を真っ青にしたシュウと、その背中を嬉々として叩くカオスの姿があった。
「これは……まずい、ですね……」
「ああああああどうしようどうしようどーしよう……!」
「何言ってんだよ、マスター。こりゃ、次の試合は仕返し合戦になるだろうから、本気で戦えるじゃねーか!」
「その前に俺が殺されるんじゃないかって心配してよ、カオス!」
 頭を抱えて今にも死にそうな表情の少年を、アゼルはため息とともに見下ろす。
「まさか、メイミが負けるとは想定していなかったが……こうなると、棄権しかない」
「はぁ? なにふざけたこと言ってんだよ、ちび。次の試合、勝たないとこっちの負け確定じゃねーか!」
「貴様は、自分の主人を殺したいのか」
 じろりと、ふざけのすぎる存在をにらみつける。
「例え"事故"であったとしても、仕掛けたのはこちら側だ。貴様の言うとおり、向こうは仕返しをしてくる。……僕達ならともかく、一般人に、そんな危険なことをさせるつもりはない」
「俺が守るから問題ないだろ」
「試合の形式が不明だというのに、どの口がほざく。おまけに、試合に出てくる補欠の男……トールという奴については、全く情報が得られていない。もし、メイミのような性格であれば、貴様がどれだけ凶悪な存在でも、かいくぐられる可能性がある。そもそも、シュウの強さはあくまでもお前の存在ありきだ。こいつ自身は――!」
「シュウ君」
 厳格な声に、その場にいる全員が、言葉を発した人物へ顔を向ける。
 全員の視線の矛先――協会のトップを担う男は、暗く赤い目をシュウへと向ける。それだけで、顔を青ざめていたシュウが更に緊張し、体をこわばらせる。
 対して協会長の座に収まっている男は、視線の先にいる少年の様子を見据えたうえで――ゆるりと肩をすくめた。
「君の強さは、"この間のこと"で、君が自身が一番わかっているはずだ」
 話の分からないアゼルやアイルズが訝しげになる中、シュウだけははっきりと驚いた表情をし、その傍にいたカオスが、目を細める。しかし、彼はすぐに焦燥した表情で、首を左右に振る。
「あ、あれはまぐれです! 本当に、あんな……!」
「戦いは、結果が全てだ。私はそれを確かめ……そして、与えたはずだ。あの戦いに見合った"対価"を」
「っ!」
 さっとシュウは目を伏せる。しかし、彼の体の震えはおさまっており、何かを"逡巡"しているようであった。やがて、彼はゆっくりと顔をあげ、
「分かりました。ただその……期待は」
「している。そして、これは単なるお節介だが――……君はもう少し、自信を持つべきだ。己の実力を過信しすぎるのも問題だが、今の君自身を君が認めなければ、何時まで経っても、そこは、"守られる者"の立場だ」
 その言葉に、シュウが僅かに歯がゆそうな表情をし――がつんと、思い切りのいい音が控えのベンチに響き渡る。殴られたシュウは、痛みのある頭を抱えながらも、涙目ながら、自分を殴った存在を見上げる。
「ちょっとカオス、一体……!」
「深く考えるんじゃねェよ、シュウ。お前はお前だ。誰がなんと言おうが、俺様の主人だ。――胸を張れ。立ち止るな。前を見て突き進め。俺を――……きっちり従えて見せるんだろう?」
 目の前で、ふてぶてしい態度をとるのは、もはや、彼とうり二つの存在ではない。体のあちこちから伸びる管のような器官と、歪な体つきで構築された、白い巨体。先が太い尾をひねらせ、ミュウツーと呼ばれるポケモンの瞳は、挑発と、期待と、自信に満ち溢れている。シュウは溜息をついた。
「そう思うならさ、少しは言うこと聞いてよ」
「お前が一人前になったら、な。――行くぞ」
「うん」
 頷くシュウに満足した表情を返すと、ミュウツーがボールに戻っていく。それを確かめてから、くるりとアゼルの方に向き直り、
「えーっと……テイル兄に、『言っちゃダメだからね』って言っておいてね」
「は?」
「それじゃ」
 歓声の響き渡るフィールドへ向かう"しゃんとした"姿を、アゼルとアイルズはしばし呆然と眺める。しかし、それもあまり長い時間でもなく、きちんと意識を取り戻した二人は――とりあえず、今しがた発言をした協会長に目を向ける。
 彼もまた、二人から質問が来ることをあらかじめ予想済だったのか、二人の方をすでに向いていた。そして、平然とした顔で告げる。
「テイルは口止めされたが、私は口止めされていないから、話すことは出来る」
「クール協会長。私が言うのもなんですけど……いいんですか?」
「どのみち、変な噂になるよりも、君達は先に知っておくべきだろう」
 困惑するアイルズに、彼は肩をすくめる。呆れるというよりも、仕方ない、と達観したようなしぐさだ。
「それで、アイツの隠したいことというのは……?」
「簡単なことだ。彼は――"マスターランク"を習得した」
「……は?」
 思わず、アゼルがぽかんと口を半開きに、協会長をまじまじと見つめる。隣に立つアイルズも、似たような表情で首をかしげる。
「あの、クール協会長。マスターランクというのは…………四天王以上を倒すことで昇格するランク、ですよね?」
「そうだ」
 平然としたうなずきに、思わずアゼルが声を荒くする。
「待ってください! 僕たちは、シュウとまともに試合をしたことがない! メイミやファントムみたいな戦闘馬鹿どもと戦って勝ったのだとすれば、アイツらが彼を軽んじることなどない! 一体、あいつは誰と――」
「戦ったのは、私とテイルだ。そして、彼は、その両方に、勝利した」
 勝った相手は、モノクロ地方でチャンピオンと同等の実力を持つ協会長と、既にマスターランクを習得しているトレーナーの名前だ。
 二人が同時に息をのむ。それは、あまりにも現実離れした説明だった。もしも、それが目の前の堅物男から発せられたものでなければ、何かの冗談だと返してしまうところだ。もっとも、内容そのものがあまりにも夢物語故に、頭の方は全く追いつかない。
 ごくりと息をのみ、アイルズが、懐疑の瞳で声を絞り出す。
「そ、それは、あの……カオスを使ったからでしょうか? それならまだ、納得が」
「違う」
 はっきりと。
 暗い赤色の目をした男は、二人の四天王を見据え、そして――彼には珍しく――うっすらと微笑んだ。
「彼は、カオスというミュウツーを使わずに、私とテイルを追い詰めたのだ。だからこそ、私はマスターランクの称号を与えた。――アゼル、アイルズ。気をつけるといい。彼は、私たちが思っている以上に、普通ではないようだぞ?」

*****

 ボイラー室から出た先の階段を駆け上がると、静まりかえっていた場所から一転、周囲は喧々囂々としていた。人の悲鳴、ポケモンへの指示が飛び交い、慌ただしい足音が左右から響きわたる。視線の先、通路の奥に、饅頭のような形の緑の体に、頭からはっぱのようなものを生やすポケモンが大量に積み重なっていた。それはある意味バリケードのようになっており、うねうねと体をうごめかしながら、ゆっくりと近づいてきている。
「ご、ゴクリンの大群……!?」
「オーディン騎士団長!」
 自分を呼ぶ声に振り返ってみれば、そこには、騎士団の一人、クインが困惑と喜びを半分にしたような表情で近寄ってくるところだった。
「大変です! ヴィエル様が狙われているって……!」
「それは知ってる! それより、こいつらは――」
 瞬間、通路奥のポケモン――ゴクリン達がいっさいに雄叫びをあげ、口から紫色の液体を弾丸のように吐き出す。素早く動いたのはクインだ。
「ルカリオ、守れ!」
 ボールから出現した波動ポケモンと呼ばれるポケモンは、己の鋼の拳で、弾丸を片っ端からはじき返す。はじき返された液体が、じゅうっと音を立てて床や壁を溶かす。
 目の前の猛攻を鋭くにらみつつ、クインがオーディンに事情を説明する。
「ヴィエル様が狙われている、って話が城からきたタイミングで、こいつら、どこからともなく出現したんです! 会場のあちこちにいるみたいなんですけど、報告では、こんな感じでバリケード状にになってて、まるで、会場奥に行かせないようにしてるとか……!」
 目を細めて、オーディンは自身の肩に乗ってるネイティへと目を向ける。無表情小鳥は、特に焦る様子はなく、じーっと前を向いている。それはつまり、現在追っている存在が、その向こう側にいるということなのだが、
「クイン、あの向こうに行くことは出来るか?」
「……5秒だけでしたら、あの陣形を崩すことは出来ますが」
「それで十分だ」
 ぽんと頭をはたくと、彼女の顔が一瞬だけ赤くなる。しかしそれも見間違いかと思う早さで真剣な表情をすると、彼女は振りかぶり、二体目のポケモンをボールから出現させる。
 鋼の翼を出現と同時に羽ばたかせたエアームドは、威嚇の声を上げながらバリケード状になってるポケモン達につっこむ。
 しかし、がばっ、という音とともに、エアームドが吹き飛ばそうとしたバリケードの部分だけが、ぽっかりと穴をあける。緑のポケモン達はエアームドの攻撃を避けるように通過のスペースを確保。エアームドの後ろ姿が、何事もなかったかのようにバリケードの向こう側へ消える。
「なっ!? あいつら、攻撃効かないからって逃げるとか……!」
 再び、緑のポケモン達が弾丸のごとき毒を吐き出そうと口を膨らませ、
「吹き飛ばせ、エアームド!」
 バリケードの向こうから吹き付けられた強風が、ゴクリン達を吹き飛ばす。その瞬間に、オーディンが通路の奥へと駆け出す。
 ばらばらに飛んでいくゴクリン達が、その姿に、空中でありながら再び口を膨らまそうとするも、それを許すクインではない。
「鋼の翼にツバメ返し!」
 ビリヤードのボールのように、弾丸のごとき動きで、エアームドがゴクリン達を次々とたたき落とす。その間を、オーディンが手慣れた様子で駆け抜けていく。
 何とか攻撃を耐えたゴクリン達が、攻撃対象を、エアームドの主であるクインへと向ける。そばに控えているルカリオが、主人を守るために立ちふさがり、
「ネイティ、サイコキネシス!」
 硬質な音とともに、残りのゴクリン達がうめき声を上げ、そのまま倒れる。クインの視線の先では、全く表情の変わらない小鳥が顔をこちらに向けており、騎士団長が礼を言うかのように片手をあげる後ろ姿。
 その姿に、思わず、クインの顔が真っ赤になる。しかし、ふと視線をおろした先のルカリオと、軽く戦い終わったエアームド、両方のじとーっとした視線に、すぐに咳払いをする。
「と、とにかく、他のところをなんとかするぞ!」
 くるりと背を向け、彼女は二匹のポケモンを引き連れ、その場を後にする。
 ――その背後で、倒したゴクリン達に近づくポケモンがいたなど、全く気づくことなく。

*****

『次の試合ですが……おおっと!? 両者とも、補欠による試合よー!!』
「テイルー、シュウがでるってー!」
 居間ではしゃぐセイナの声に、キッチンに引っ込んでいたテイルとエメラルドがやってくる。しかし、
「あれ? テイル、指にばんそうこついてる?」
「少し手元が狂っただけだ。気にするな」
「メイミが珍しく負けて、その動揺で指切っただけでいたっ! ちょっ、蹴りつけるとか! アゼルみたいなことするとか大人げないたたたっ、痛い痛い痛い!!」
 無言で蹴りを入れてくるテイルから逃げるよう、エメラルドはワカナのすぐ横に座る。が、すぐに少し前のことを思い出してか、視線を空中でさまよわせる。
「えー、あー…………その」
「……別に、もう怒ってないからいいわ。でも、次やったら、フィーンちゃんにお願いするわ」
「え、なにを?」
「アゼルさんにいったら、きっちり絞ってもらえるって聞いたから――」
「おい、フィーンお前は余計なことを……!!」
 じろりとポケモン達の集団をにらめば、いつの間にかボールからちゃっかり出ていた相棒のエーフィは、素知らぬ顔でクッキーをむさぼっている。
 ため息をつき、エメラルドはテレビ画面へと目を向ける。画面には、自分たちのよく知る少年ともう一人、茶髪にアイマスクに"衣装服"の男が、向かい合っている。
『そんなわけで第四試合は、補欠同士、シュウ選手とトール選手なんだけど……資料によると、シュウ選手は、最近、マスターランクを拾得したと……レジェンさん、マスターランクというのは、モノクロ地方独自のシステムですか?』
『そうだね。トレーナーの実力に応じて、ランク、と呼ばれる位を与えているんだ。その中でも、マスターランクというのは、四天王と同等の実力者に与えられる位なんだよ』
『ただ……資料をみる限り、目立った大会に出場されたことはないみたいですけど……?』
『みたいだねー。でも、実際に四天王以上の実力者を倒した、っていう証明はちゃんとしたんだよ。何せ、僕もちゃんと立ち会ったからね』
『本当ですか!? 一体誰と――……』
『そこは企業秘密でね――……』
「シュウ君、四天王の誰かと戦ったんですか?」
 ホウナの問いに、エメラルドが首をひねる。
「いや、そんなの聞いたことないですね……アゼル達だったら俺らが知らない訳ないですし、ファントムやメイミさんなら、もっと大騒ぎになってるでしょうし。なにせ、プライド高いから、絶対に目の敵にしそうで」
「クールと俺と、戦った」
 ぽつりと。
 発言した男に、その場の全員が――正確には、テイルの手持ちポケモン達だけは、明らかに焦った表情で――目を向ける。
「え……テイルさーん、冗談は分かるときにするもんですよー?」
「事実だ。そしてアイツは、カオスを使わず、俺を倒し、クールを追いつめた」
「追いつめた?」
 ワカナが聞き返すと、テイルは少しばかり複雑そうな表情で腕を組む。
「クールのポケモンを後一歩、一撃当てれば、という時に……アイツは、"意図的に"攻撃をずらしたように見えた。だが、俺やクールには分かったし……なにより、レジェンさんを誤魔化すことは出来ない」
「それでマスターランクを与えたって? いいのかよ、それ」
「クールとレジェンが決めたんだ。俺がとやかく言うもんでもないだろう」
 エメラルドの不満に、肩をすくめる。分かったのか分かってないのか微妙な表情で、セイナはテレビへと目を向ける。
「シュウって実はけっこー強いのかな?」
「ぱっと見た感じだと、普通のトレーナーさん、って感じなのにね」
「そりゃ、今の話が本当なら、だぜ。まぁ、アイツならまぐれとかあっても納得できるだろうけど。ワカナの言うとおり、普段はあんなんだしなー。弱々しいし、突っ込みだし、真面目だし」
 けらけらと笑うエメラルドに、確かにーと納得顔でセイナとワカナがうなずき、彼らはテレビの話で盛り上がり始める。
 ホウナだけは、少し心配そうにテレビに目を向けてから、テイルへと顔を向ける。
「テイル君。シュウ君はレジェンさんとは戦わなかったの?」
「アイツ自身が拒否しましたよ。『負けたらランクが上がらないから』って。ただ、俺には、そうは見えなかった。あれは……――」
 そこまで言って、ふと、テレビの向こう側の歓声に、思わず口を閉じる。
 テレビに映るのは、緊張した顔の面持ちのシュウと、対戦相手の男の姿。互いに何かしら言葉を交わしつつ、ボールに手をかけている。
 一瞬だけ映ったシュウの口元が、おそらくは無意識だろうか、恐れにひきつるのではなく、皮肉げな三日月を作ったのを見て、ぽつりと、テイルは呟いた。
「レジェンさんに勝ってしまう可能性を恐れて、拒否したように見えました」

*****

 ふと意識が浮上したときには、フォルは慌てて飛び起きた。
 大歓声が響きわたるフィールドには、いつの間にか、補欠で一緒に試合を眺めていた青年と、対戦相手の少年が立っていた。
「え、あれ!? 俺、いつのまに寝てて……!?」
「最初の試合で疲れていたんだろう。ロキの試合は終わったぞ」
 しかし、彼らのいるベンチにいるのは、フォル自身とゼロのみ。試合が終わったというロキはおろか、一緒に試合観戦をしていたもう一人、フレイヤの姿もない。思わず顔を曇らせると、ゼロが優しく頭をなでる。
「心配しなくていい。ロキは疲れたために医務室に、フレイヤはその付き添いだ。ポケモン達の回復もあるからな。――落ち着いた頃に戻ってくるだろう」
「そっか! じゃあ、次はトールの応援だな!」
 嬉々とするフォルに頷くと、彼は声を上げて応援を始める。それを、ゼロはしばらく無言で見つめた。が、やがてぽつりと、彼はフォルに問いかける。
「フォル。……――この試合、どうなると思う?」
 その問いかけに、フォルはくるりとゼロの方を見上げる。
 赤い瞳を無邪気そうに見開き、彼は当然のように、楽しそうに言った。
「壊れるんじゃないかな!」

【第三試合】ポケモン協会四天王 メイミ vs キングダム地方四天王 ロキ in トリプルバトル/水のフィールド・あめ が ふりつづいている
→勝者:ロキ、(モノクロ四天王)1 対 2(キングダム四天王)


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