会場の方で歓声が上がっていることに気付き、フレイヤは廊下で溜息をついていた。廊下と言っても、一般人が通る廊下ではなく、選手や関係者が出入りする通路を結ぶ廊下だ。居間は試合が始まっているために人の姿はなく、彼女ただ一人だ。――最も、先程の完成から察するに、第一試合の決着がついたのだろう。確か次は、十分間の休憩を挟んだ後に、彼女の試合だった。
 仲間達にはポケモン達の調整、と言って出てきたが、そんな大層な目的ではなかった。ただ単に、久々の公式によるポケモンバトルの試合、ということに緊張が収まらないのだ。心臓が激しく高鳴り、それでいて、不安やら心配やら、そういったものが頭の中をぐるぐると廻る。最初こそ試合を見ていたが、見ているにつれて自信のなさのほうが大きくなってきてしまった。だからこれは、半ば逃げだしてきた様なものだ。

「本当、これで四天王って言っても笑われそうよね」

 ふぅ、とため息をついて、フレイヤは壁にもたれかかると、ずるずるとその場に座り込む。下に目を向ければ、普段とは違う自分の格好が目に入る。
 いつもならば、白と青を基調とした城仕えのメイドの恰好だ。しかし現在は、全く着慣れないドレスである。もう少し前の時間に鏡を見れば、本来なら普段とは違うメイクをした自分の顔が見えただろう。
 だが現在、化粧はややはがれており、ドレスも下の方が少し埃を被っている。先程、逃げる様にベンチから飛び出てきた際、慣れない靴ゆえに転んでしまったのだ。それから彼女は、その場に立ちつくしてぐったりとしていた。
 ちなみに、今回の衣装である白と黒の混じったそのドレスは、自分の姉であるヴィエルが縫った物である。また、普段は薄いはずの化粧をしっかりとしてくれたのも彼女だ。

『私の可愛い妹が、テレビに映っても綺麗に生える様にしなきゃ!』

 ふと、試合前に化粧にやってきた姉の言葉が脳裏をよぎる。腹違いにもかかわらず、自分を妹だと言って常に可愛がってくれる姉は、フレイヤにとっての理想で――そしてコンプレックスでもあった。

(ヴィエルは、私なんかよりもよっぽど……)

 彼女は、フレイヤに持ってない物を何でも手にしていた。
 愛情も、繊細さも、明るさも、丁寧さも、優しさも、強さも、そして――脳裏によぎるのは、同じ四天王であり、自分の彼氏であり、そして、姉の"騎士"である男性。彼は確かに自分の"彼氏"だ。しかし彼の忠誠心は"王妃"に向けられている。騎士であるということは、つまり、"そういうこと"なのだ。
 彼女は、王妃ヴィエルクレツィア、女性ヴィエルは、全てを併せ持っている。ある種の自由すらもある姉の姿は、フレイヤにとって何時でも眩しく見えた。

(ああもう、どんどん悪い方に考えそう……)

 ぐるぐると頭の中を蠢く悪い思考を追い払うように彼女は首を振る。そして億劫そうに立ち上がると、ベンチへと向かう方向に顔を向けた。そろそろ行かなくては、心配して誰かが来てしまう。

(心配……――誰が心配して来てくれるのかしら?)

 彼、だろうか。
 案外、フォルが負けて落ち込んでいるのを慰めてて、ロキに任せたのかもしれない。もしかしたら、全員忙しくて誰も呼びに来ないのかもしれない。
 ほんの少しだけ、ここで待ってみようかと思った。誰が来るのか期待して、それでいて、期待外れに落ち込むのもいいだろう。小さくため息をついたフレイヤは、その場に再び座りこもうとして、

「フレイヤ様!」

 自分のベンチ側――とは反対側から声をかけらて、彼女は思わず肩を震わせて振り返る。
 そこに立っていたのは、アイマスクを付けた黒スーツの男性だった。金色の髪は短く刈りあげており、仮面さえなければスマートな印象を与えただろう。
 次の対戦相手の青年――書類には『アイルズ』と名前の書かれていた彼が、こちらへと走り寄ってきた。
 フレイヤは一瞬、間の抜けた顔をしてしまった。予想外と言えば予想外過ぎる人物の呼びかけだった。が、すぐさま自分の無礼さと状態に気付くと、彼女は慌てて立ち上がり直し、深々と頭を下げる。

「あっ、あの、私! えーと、その……ご、ごめんなさい! 廊下で、こんな、はしたない格好で」
「大丈夫ですか!?」
「えっ」

 酷く必死そうな声で言われて、フレイヤは目を瞬いた。立ちあがった彼女に近づいてきた彼は、フレイヤには触れないまでも、心配そうな表情で(目元が分からないのでなんともいえないが多分そうだろう)尋ねてくる。

「顔色がよくないようですが具合は? どこか、お身体が優れないのですか!? なんでしたら次の試合開始を遅らせるよう、司会の二人に……いや、いっそこの試合は補欠にやらせても構いません。私は特に」
「へ、平気よ平気! ちょっとその、本当、大丈夫だから! ね?」

 慌てる彼に両手を振って、フレイヤは苦笑した。あまりにも慌て過ぎている彼の肩を軽く叩くと、自分があまりにも心配し過ぎだったことに気付いたのか、はっと表情を買えると、すぐさま頭を下げられる。

「も、申し訳ありません! 貴方に何かあっては、貴方のお姉さま、ヴィエルクレツィア様に顔向けできませんから」
「そんな、大げさよ。ヴィエルは別に、貴方を責めたりなんか」

 そこまで言って、はたと、フレイヤは目の前の青年を見る。
 彼は今『ヴィエルクレツィアに顔向けできない』と言った。フレイヤは『ヴィエルという女性とは姉妹である』と公言してある。しかし『王妃ヴィエルクレツィアの妹』という事実は公言されていない。
 知っているのは、一部の貴族と関係者だけだ。
 ふと、フレイヤは目の前の青年を知っているような衝動にかられた。心配される声が、記憶の片隅にあるものと被って思い出される。
 フレイヤが彼の手首をしっかり掴むと、彼は一瞬、ぎくりと肩を震わせた。その腕をしっかり逃がさないように掴んでから、彼女は覗きこむように尋ねた。

「ねぇ、アイルズさん。私は、貴方に会ったことがあるかしら?」

 少しの間、アイルズは彼女から逃げる様に目を背けたまま無言だった。しかし、少ししてから諦めたようなため息をつくと、空いている手をアイマスクに添えて頷いた。

「ええ、会ったことが……いえ、会ったというよりも、私は貴方と、貴方のお姉さまにとてもお世話になりましたよ。――お久しぶりです、フレイヤ様」

 アイマスクを外したアイルズの顔を見て、フレイヤは目を見開いた。




「見てくる」

 そう言ってオーディンが立ち上がる。休憩時間になった直後のことだ。それを引きとめたのはロキだった。

「まぁまぁ、隊長。試合が終わったのはきっとフレイヤ様もご存じでしょうから、きっと時間までには戻ってこられますよ」
「別に見てくるだけだ。すれ違いとかだったら、それでいい」
「隊長、フォルのフォローはどうするのですか?」

 ロキはくいっと自分の後ろのベンチを指差す。座っていたのは、肩を落として沈み込んでいるフォルの姿があった。
 試合が終わってベンチに戻るまで、フォルは頑張った。少しばかり不服そうな表情はしたものの、戦い終わった後は笑顔を絶やさず、アゼルに「またバトルしような!」と元気よくそんなことを言った。が、ベンチの奥の方に引っ込んだ途端、そんな調子だ。現在はフォルの隣に移動したトールが、彼の背中を撫でながら、試合の良いところと悪いところを上げて反省会をしている。
 オーディンはにべもなかった。

「そいつがフォローしてるから、俺はいらないだろう」
「一応、曲がりなりにも四天王の長なんですから、面倒見るのは当然だと思いません?」
「フォル、試合が終わったんだからもう落ち込むな」

 ほぼ棒読みもいいような台詞を投げると、彼を元気づけていたトールが仮面の奥から鋭い瞳でオーディンを睨み据えてくる。オーディンは苛立たしげな様子で睨み返した。

「何だ」
「アンタは、少しは相手の心情を理解しようと思わないのか」
「別に、それなりに理解して言ってるつもりだ」
「フォルの顔が"聖者"に似ているからって、そんな辛辣な態度で当たることはないだろ」

 瞬間的に。
 オーディンの表情から、先程まで見えていた苛立ちが消えうせる。苛立ちよりも更に深い、憎悪と殺気しかこもっていない鳶色の瞳がトールを見据える。負けじと、トールもまた、目の前で表情を変えた男を、金色の瞳で睨み据える。
 もはや一触即発な状況に、ロキは諦めて肩をすくめた。国王は、何故かそれぞれを睨み据える彼らではなく、その奥に見える通路口の方へ目を向けている。そして、

「遅くなってごめんなさい!」
「おや、メイド長。良いタイミングで……ん?」
「フレイヤ……!?」

 ベンチに戻ってきたフレイヤを見て、ロキはやや目を丸くし、オーディンは一瞬言葉を失った。ドレスの裾にほこりが付いており、化粧はほぼ拭きとられていた。うっすらと化粧はされているが、それはほとんど何時もの状態と変わりない。
 驚く二人に、フレイヤはちょっと困ったように笑った。

「あ、ちょっと転んだから気にしないで。――ホント、ドレスじゃなくていつもの恰好でも良かったかもしれないわ」
「転んだ!? お前、一体何して」
「ところでフォル、試合はどうだったの?」

 声をかけようとしたオーディンをさらっと無視して、フレイヤはベンチで落ち込んでいたフォルに声をかける。顔を上げた彼は、口をへの字に曲げて不服そうな表情だった。

「負けた……」
「分かったわ。じゃあ、私が挽回しなくちゃね」

 くすりと笑って頭を撫でてくるフレイヤを、フォルは、ちょっと驚いた表情で見上げた。

「挽回?」
「そうよ。私が勝てばふりだしでしょ。そのあとは、ロキとディンが控えているんでもの。強い二人に負けないくらい、私も強いってこと、見せてあげるわ」
「フレイヤ」

 オーディンが名前を呼ぶと、フレイヤは振り返った。金色の髪が風に乗ってふわっと揺れ、蝶型の髪留めもかすかに揺れる。彼の鳶色の瞳に激情は見えない。言いたい事を全て心の奥底に押し込み、ただ一言。

「大丈夫か」

 たった一言だ。
 だが、そのたった一言に、フレイヤは、屈託なく、にっこりと笑った。

「大丈夫よ。だって私、キングダム地方の四天王ですもの」


「彼女の落ち込み具合は、どうやら回復したみたいだな」

 フィールドに迷いなく踏み出ていったフレイヤを見送り、国王はオーディンを見上げて呟いた。彼は肩をすくめて笑った。





「あらぁ、対戦相手と密会なんて珍しいわねぇ」

 ベンチに戻ってきたアイルズへ、にこにことした笑みのメイミが言う。首を傾げる周囲を気にせず、彼はアイマスクの位置を直しながら肩をすくめた。

「別に密会ではありません。彼女が体調が悪そうに見えたから声をかけた、それだけです」
「まぁ、私、貴方が密会していようがしていまいがどうでもいいのよぉ。ただぁ、公平を歌う貴方には珍しい、って思っただけぇ。対戦相手と内密に会うなんて、勝ち負けの相談をしているのかしらって勘繰ってしまうでしょう?」

 赤い口元には笑みを浮かべているが、青い瞳はどこかアイルズを非難しているようであった。彼はメイミを見返す。

「言っておきますが、負けるつもりはありません。これで私が勝てば、ほぼ、勝ちも決まります。大体、万が一負けたとしても――次は、貴方ですからね」
「あらぁ。私、次は棄権するつもり、って言ったと思うけどぉ?」
「協会長は、それでいいのですか?」

 ちらりと協会長を見るが、彼は瞼を下して黙したまま彼らの方を見ようとしない。シュウが声のトーンを落として、アイルズを見上げた。

「今、何か考え事してて忙しいみたいで……」
「ちなみに、ファントムさんからも許可は貰ってあるわぁ」
『アイツにとっちゃ、他の奴らがどうしようが関係ないからな。自分が勝てればいいわけだし』

 メイミの言葉に、くくくっと悪意のある笑みでカオスが肩を震わせる。小さくため息をついたアイルズは、ふと、アゼルとファントムがいないことに気がつく。気のきく少年に目を向けると、こちらの疑問の意図を察したシュウが理由を答える。

「ええっと、アゼルとファントムさんは、ちょっと協会から電話連絡があったみたいで、席を外してます。アイルズさんの試合については『特に問題ないだろう』って心配はしてなかったですけど……」
「あの人達らしいですね、全く」

 小さくため息をついてから、アイルズはもう一度だけ仮面の位置を確認し――アイマスクがまだ付いているのが分かる――メイミの方に顔を向けて言い放つ。

「曲がりなりにも、貴方は協会四天王なのです。少しは、己が立場を自覚して下さい」
「嫌よ。だって面倒だものぉ」

 笑いながら即答した彼女にそれ以上なにも言うことなく、アイルズはフィールドへ出ていった。





 フィールドに出てきたフレイヤの化粧が薄くなっていたことに、ヴィエルは一瞬だけ驚くも、こそりとウィンクを投げかけてきた。「似合ってるわよ」と音には出さず、ただ唇が微かに動いて見せる。そんな姉に少しだけ驚いたフレイヤだが、すぐさま、顔を目の前のアイルズに向け直す。
 小さく笑っている彼を見て、フレイヤもまたにこりと笑いかけた。

『ではでは、両陣営、協会四天王アイルズとキングダム地方四天王フレイヤが出てきたところで、早速、今回の対戦形式とフィールドを決めていきましょう! レジェンさん、お願いしまーす!』
『ボタン押すだけなんだけどねぇ、はい』

 パチンッ、とキーボードを叩く音と同時に、画面に映っているルーレットが回る。先程同様、戦闘形式とフィールドのそれぞれを指定した物だが、フィールドの方は、第一試合で使用された草のフィールドのランプは消えており、ルーレットの光が点滅しないようになっていた。やがて、ルーレット上を動いていた光がゆっくりとした動きになり、ポーンという音と共に戦闘形式とフィールドを指定する。

『さぁ、決まっちゃいました、第二試合の戦闘方法! 戦闘形式はシングルで使用ポケモンは三体、そしてフィールドは"氷"のフィールドってことで、天候は霰でーす!』

 ヴィエルの掛け声にあわせて、フレイヤとアイルズの間にフィールドが半分に割れ、下から氷が敷き詰められたフィールドがせり上がってくる。

『で、試合の天候に関しては、基本的に審判がポケモンに命令して天候を変化させるわよ。審判からは天候用のポケモンはちゃーんと預かってきてるわよ! それでえーっと、今回は霰だから』
「ユキノオーの特性"雪降らし"ですよ」

 ボンッ、とボールの開閉音と同時に、闘技場全体に寒々しい風が吹き荒れる。そして、アイルズの目の前に出現したポケモンによって、フィールド上の上空だけが暗雲に包まれたかと思うと、雪と霰が上空から降ってくる。
 霰を引き起こす原因となったそのポケモンは、氷のフィールドで堂々と立っていた。雪を被った巨木を思い出させるようなそのポケモン――ユキノオーは、まさに"雪の王"に相応しい風格を醸し出していた。しっかりと見開かれた紫色の瞳が、霰の吹き荒れるフィールドの中から、じっとフレイヤを見つめる。
 対して、フレイヤはその場で軽くお辞儀をすると、ボールを空中へ放り投げる。ボールから出てきたそのポケモンは、鋼鉄の翼を持つ鳥ポケモンだった。鎧の様な身体のそいつは、8枚の翼をはばたかせながら、目の前に堂々と立つユキノオーに威嚇の声を上げる。

『アイルズ君の最初のポケモンはユキノオー、フレイヤさんの最初のポケモンはエアームドだねぇ。タイプ相性は五分五分、かな』

 レジェンの説明に、アイルズは軽くほほ笑んだ。

「相性だけで試合は決まりませんよ。そうですよね、フレイヤ様」
「最終的には結果が全て。そうよね、アイルズさん」

 相手の笑みに応える様に、フレイヤもまた微笑み返す。にこにこと、しかしそれぞれ闘志を燃やす二人を見比べてから、ヴィエルは高らかに宣言した。

『ではでは、第二試合、開始ー!!』



【第二試合】ポケモン協会四天王 アイルズ vs キングダム地方四天王 フレイヤ in シングルバトル/氷フィールド・あられが ふりつづいている




「エアームド、鋼の翼!」
「こちらまでたどり着けますかね? ブレス、吹雪!」

 鋼鉄の翼を大きく広げて突っ込んできたエアームドを、霰と雪の交じった勢いのある風が四方八方から襲いかかる。強風のあおりを受けてエアームドが体勢を崩しかけたところへ、ブレスと呼ばれたユキノオーの吹雪が襲いかかる。
 地面に強く打ちつけられた鋼の鳥ポケモンをもて遊ぶかのように、その身体は空中に飛び上がり、かと思った次の瞬間には、どこからともなく吹雪を伴った強風がエアームドを傍の壁に叩きつける。

「さて、どうしますか。このままではエアームドはダウンしますよ?」
「羽休め!」

 壁に叩きつけられたエアームドがその場に両足を付けると、すぐさま大きな翼で身体を囲う。すると、先程まで荒れ狂っていた風に飛ばされていたはずのエアームドの身体が、ぴくりとも動かなくなる。

『羽休めは、体力を回復する事が出来る飛行ポケモンの技。そのターン中は飛行タイプとしての機能は失ってしまうけど、今はそれが幸いして、霰の交じった強風に煽られなくなっているんだねぇ』
「休みの暇は与えません。ブレス、ウッドハンマー!」

 いつの間にか吹雪に紛れてエアームドのすぐ目の前まで迫っていたユキノオーが、羽を休めていたエアームドの前で両腕を振りあげていた。

「飛び上がって、エアームド!」

 間一髪、フレイヤの指示と同時に、エアームドが鋼の羽根を落として素早く飛び上がり、ユキノオーのウッドハンマーを回避。行き場を失った強力な攻撃が、闘技場の壁に大きな穴を穿つ。
 飛び上がったエアームドは、そのまま霰を降らせている原因の暗雲の中へ飛び込んでしまう。そして、暗雲のほんの僅かな隙間から光がフィールドに差し込んだ瞬間に、フレイヤは声を張り上げた。

「岩なだれ!」

 暗雲の中から、大量の岩がユキノオー目掛けて降り注ぐ。霰が降り注ぐ速度と同じくらいの速さの岩が、ユキノオーの身体に叩きつけられる。岩はその大型ポケモンの身体を顔が見えなくなるまですっぽりと埋め尽くす。吹き荒れる霰が岩の上に降り積もり、ユキノオーの姿を隠す。
 上空にいたエアームドがフィールドに戻ってきたことで、それで終わりかと思われた瞬間。
 ユキノオーが自らの周囲にあった岩を吹き飛ばして咆哮を上げたかと思うと、暗雲から姿を表したエアームドへと突進する。

「エアームド、鋼の翼!」
「ブレス、氷の礫!」

 瞬時に銀色の翼を硬化させたエアームドに向かって、ユキノオーの放った複数の礫が放たれる。中の軽い翼は、氷の礫を受けてもかん高い音を立てるだけでひるむ様子はない。
 そのまま一直線上に勢いよく、鋼の翼がユキノオーを吹き飛ばしてフィールドの壁に叩きつける。腕に巻かれていたタスキがはらりと落ちるのと同時に、動く樹の身体はゆっくりと傾いて大きな音を立てて倒れた。
 霰が降り続く中、目を回して倒れるユキノオーの傍で、エアームドがクェッと喜ぶような声を小さく上げる。その様子に、ヴィエルが満面の笑みを抑えきれないままに、掴んでいたマイクに力を込めて叫ぶ。

『ユキノオー戦闘不能!! まずはフレイヤ――キングダム四天王側が先制したわよー!』

 キングダム側を応援する観客席の歓声が一斉に湧き上がる。それぞれの陣営を応援する声が飛び交う中、フレイヤは喜ぶことなく真剣な表情でアイルズを見つめている。すると、彼はほんの僅かに楽しそうな笑みを見せてから、ユキノオーをボールに戻す。

「やはり、腕は衰えていませんね、フレイヤ様。私も向こうで修業したのですが」
「ううん、結構落ちてるわよ。というか、貴方と話すことがなかったら、多分、この試合はちゃんと出来なかったかもしれないわ」

 その発言に、アイルズは少し意外そうな表情をした。言葉が聞こえたらしい観客席側でも、歓声から一転、一部にざわめきが交じり始める。
 しかしフレイヤは周囲など全く気にせず、空色の瞳を細めて笑った。

「でも、今はそんな言い訳するつもりありませんよ、アイルズさん。――キングダム地方四天王の一人、フレイヤ=ルアーブル、全力で貴方に勝たせて頂きますわ」

 主人の力強い言葉を後押しするかのように、彼女のすぐ目の前に舞い戻ったエアームドが甲高い声をあげる。アイルズは小さく息を吐き出すと、次のポケモンをフィールドに出現させる。

「では次は、このポケモンでお相手しましょう」

 ボールから出てきたのは、白の振りそでに身を包んだ姿のポケモンだった。頭はヘルメットの様な形であり、穴から覗く大きな水色の瞳が縦にほそまっている。霰が降り続くフィールドに、その氷ポケモン――ユキメノコはふわりと出現した。

「そのポケモンで、宜しいんですね?」

 フレイヤがそう言ってお辞儀をした瞬間――先程ユキノオーが吹き飛ばした岩の一部が浮き上がったかと思うと、ユキメノコを囲み、そして押しつぶすような形でダメージを与える。岩はユキメノコにダメージを与えてからすぐに落下したが、ユキメノコはそれなりのダメージを受けているようであった。
 突然の事に少しばかり目を見開くアイルズとは対象的に、フレイヤはどこまでも澄ました表情だ。観客席から一斉に歓声とどよめきが湧きおこる中、司会者のヴィエルがマイクを掴んで立ち上がる。

『おおっとぉ!? アイルズさんがユキメノコをフィールドに出した瞬間、いきなりの先制攻撃ー!?』
『うーん、先制攻撃ってのはあながち間違いじゃないけど……岩なだれでユキノオーが怯んでる際に、エアームドはどうやらステルスロックもまいてたみたいだね』
『ステルスロック……確か、フィールドにポケモンが出た瞬間、岩タイプの技のダメージが発生するんでしたっけ?』
『そうそう。そして、ステルスロックはそのポケモンのタイプ相性に関係したダメージを与える。これが岩タイプの技に強い鋼タイプならいいんだけど』
『あっ……! 氷タイプのポケモンに、岩タイプの技は効果抜群!』
『そういうこと。そして、アイルズ君の手持ちは氷タイプばっかりなんだよねぇ。まぁ、フレイヤさんは飛行タイプ専門みたいだから、相性面ではまだアイルズ君が有利なんだけど』

 こちらも、どこまでも澄ました表情でレジェンが解説する。ほんの僅かに驚いた表情をしたアイルズだったが、目の前で真剣なまなざしを向けてくる彼女に、こちらも真剣なまなざしを向ける。

「先制ダメージを食らいましたが、まだまだ序盤。協会四天王を舐められては困りますね。――行きなさい、ユキメ!」
「受けて立ってあげなさい、エアームド!」

 それぞれ闘争心を見せたポケモン達の鳴き声と共に、試合は再開した。


*****


鼻孔を刺すようなその異臭が場内に立ち込み始めた頃、城の警備に当たっていた(居残り)騎士団員達は、異臭の元と思しき現場へと慌てて向かい、その場所と光景に我が目を疑った。
そこは、王族の住まう部屋の場所であった。普段であれば、入り口に護衛などがいるこの場所は、今日は王も王妃も出払っているために誰もいない。そんな普段は扉があるはずの場所には、ぽっかりと大きな穴が空いていた。空いていた、というよりは、扉が取っ手ごとどろどろに溶けていた、というべきか。
よく見れば、扉と壁の一部には溶けだした原因と思しき紫色の粘ついた液体が付着しており、白煙を上げて、今なお壁を蝕んでいる。その腐蝕した部分からは、場内に立ち込めるものを更に濃縮したような臭いがあがっていた。
騎士団員達は扉の中へ目を向けた。部屋のあちこちから立ち込める白煙の向こう、王妃が普段寝ているベッドのそばに、小さな影がひとつ、ぽつんと見えた。異臭に顔をしかめつつ、騎士団員の一人が部屋の人間に向かい、声を荒げた。

「誰だ貴様! ここが王妃様の寝室と知っての狼藉か!!」

部屋の中の白煙が少しずつ薄れていくことで、立っている者の姿がよりはっきりと見えてくる。
頭から一本の角を生やした青い皮膚の上には、一部に黒い線が走っている。首の下にある赤い膨らみを伸縮させつつ、明らかに人間の姿ではないそいつは、金色の瞳を騎士団員達へぎろりと向けた。

「こいつは、ドグロッグ!? って、あ、待て!!」

彼らの静止の声など意に介さないドグロッグは、四本の指の一本から伸びる赤く鋭い爪で窓ガラスを破ると、軽々とした身のこなしで飛び出して行った。慌てて一人の騎士団員が窓ガラスに近寄って下を覗き込んだが、既にドグロッグは、素早い足取りで城の外へと向かっていた。

「追え! 犯人のトレーナーの所に帰るはずだ!」

慌ただしい足音があちこちに響き渡り、俄かに城内が騒がしくなる。後からやってきた騎士団員達がエスパーポケモンを使い、部屋のあちこちに巻かれている毒を、サイコキネシスで慎重に取り除いていく。一方で、この騒ぎを聞きつけて野次馬のように押し寄せてくる城内の人間を、先に来ていた騎士団員がなんとか追っ払ったり、説明を始める。
ドグロッグに対して声を荒げた騎士団員の青年は、そんな様子にため息をつきつつ、先ほど、問題のポケモンが立っていた王妃のベッドまで近寄り――ふと、布団がめくられていることに気づいた。その下には(王妃がいない時、何故か誤魔化しの為にいつも置いていると言われる)彼女の顔写真が貼ってある縛り布団があった。
本日の王妃は「体調不良のために出席できずに城内に留まっている」というのが公の発表だ。元々、王妃自身はあまり体がよくない、ということを世間一般にはある程度公言している。
――――が、城内にいる者全員は、元気すぎる彼女の実態を知っているし、今回も偽の公情報を発表をした彼女は、先ほどまでテレビの向こう側で元気よく司会を務めていたはずだ。
恐らく王妃を狙ってきたであろうドグロッグは、布団の下に誰もいないどころか偽物があったと知って、腹を立てて、部屋の中を攻撃した可能性がある。
つまり、王妃がここにいないということがバレたのだ。そうなると、現在、王妃らしき人物がいる場所は――、

「おい、ロキ様やクイン様に連絡しろ!! コロシアムにいる王妃様が、狙われる可能性があるって!!」


*****


 一本の通話を終えてロキが戻ってきて見れば、騎士団長は何時になく眉間にしわを寄せ、酷く落ち着かない様子で試合を眺めていた。足を忙しなく組み替えつつ、両腕を組んだ指が片腕をリズムよく叩いている。

「おやおや、隊長。随分と不機嫌ですねぇ」
「うるせぇ」

 顔を覗き込むようにして問うと、オーディンは視線をずらし、不機嫌さを隠せていない声で言い返した。その傍で国王は珍しく肩を震わせて声を押し殺しながら笑っている。その様子に、騎士団長の表情はますます不機嫌且つ硬くなっていく。
 フィールドは、フレイヤのエアームドが開幕早々にユキメノコの10万ボルトを食らって退場。それにより、現在フィールドにはフレイヤの二体目のポケモン、リザードンが霰にまみれた寒々しいフィールドで、轟々と燃える尻尾先の炎と同じ闘志を燃やして、ユキメノコと戦っている姿があった。
 一通り落ち込み終えたらしいフォルは、試合の様子をつまらなさそうな表情で見つめているトールの袖を引っ張って、小声で尋ねた。

「なぁ、何でディンは不機嫌で、ロキやゼロは笑ってんだ?」
「……要するに、騎士団長としては自分の彼女が、自分以外の男と楽しそうにしているのが気に食わなくて不機嫌で、ロキ様とそこの国王は、それが時間がたつにつれて目に見えてきてるから面白いんだろ」
「ふーん?」

 こちらも小声でそう返すと、いまいち実感の湧いてなさそうなフォルの返事。トールは少し考え込んでから、

「お前、例えばあのアドラスティアが、ずーっと騎士団長と話していたら、何となくつまらなくないか? 自分に構ってくれないと、物足りないって思うだろ?」
「うん!」
「要はまぁ……そういうことだ」
「あ、つまりディンは嫉妬してるんだな!」
「それはそうなんだが……フォル、当人の傍で大きな声で言うものじゃないからな、それは」

 大きな声で納得する彼にこっそりそう言うと、不思議そうな表情で首を傾げられてしまった。と、同時に、オーディンが勢いよく立ちあがる。そして、無言のままフィールドに背を向けると、フォル達の横を通り過ぎて通路へと歩を進めた。

「どちらへ?」
「ウォーミングアップだ」

 ロキの言葉にぶっきらぼうな声で返したオーディンは、それ以上の追求は受け付けんとばかりに、さっさとベンチを後に行ってしまう。フォルはますます不可解そうな顔で反対側に首を捻るった。

「うーんと……図星を指摘されて怒った?」
「まぁそんな感じですかねぇ。全く、駄目じゃないですが、トール」
「俺に言われても困るんですがね、ロキ参謀長官」

 訳が分からないと言わんばかりの半眼でロキを見つめると、彼は肩をすくめると、オーディンと同じようにフィールドに背を向ける。首を傾げるフォルとトールにちょっとだけ顔を向けると、彼は気楽な様子で言ってきた。

「ちょっと隊長に言い忘れていたことがあるので、後を追いかけます。トール、それまでの間、国王様とフォルのお守をお願いしますね。放棄したら、嫌がらせが倍に増えると思って下さい。――フォル、トールを頼みましたよ」
「ほーい!」
「え、ロキ様、ちょっと待って下さい! 何で俺にフォルのお守はともかく、国王まで押し付け」
「お願いしますね〜」

 トールの言葉をさらっと聞き流して、ロキはひらひらと手を振ってからその場をさっさと立ち去ってしまう。後に残されたのは、軽く肩をすくめる国王と、ロキに手を振り終えて満足したフォルと、置いてきぼりにされた感のあるトールだ。
 と、フォルがぐるっと身体の向きをトールの方へ向ける。そして、突然のことに驚く彼の両手をがっしり掴み、

「大丈夫だぜ、トール。だって、俺がゼロの近衛騎士(ガーディアン)だもん!」
「あ……あ、あぁ……」

 元気一杯の少年の言葉に、トールは(あまり納得いかない表情で)頷き、ふと、隣の国王と目が合う。
 国王がくすりと笑う――トールには嘲笑に見えた――姿に、小さく舌打ちをし、彼は結局、フォルと、目の前の戦いの様子に目を向け直すのだった。




 凍てつく風を熱風が押し流すと、地面にうっすらと積もっていた白は、あっという間に茶色に変わってしまう。ドスン、と地面に炎の竜が着陸したのと同時、寒々しい風を放った雪の幽霊がふわりとその場に倒れ込む。同時に、歓声が沸き起こる。
 やや息切れ気味ながらも立ち上がっているリザードンの頭を優しく撫で、フレイヤは前方に向き直った。

「残り一体ですね、アイルズさん」

 微笑む彼女に、アイルズは苦笑を向けつつ、ダウンしたユキメノコをボールに戻す。

「やはりお強いですね、フレイヤ様。ですが――私の相棒は、そう甘くはありませんよ」

 目を細めて、彼は新しいボールを空中へと投げだす。
 ボールからポケモンが出てきた瞬間、そのポケモンを取り巻くようにして、雪と霰を孕んだ冷風が渦を巻く。同時に、霰とは別に小さな氷の結晶がフィールド全体に降り注ぐ。上空の太陽の光を受け、それは光り輝いていた。
 明るいブルーの美しい色の羽を大きく広げて、冷凍ポケモン、フリーザーは甲高い声を上げる。

『なんとなんとなんとー! アイルズさん、最後の一体は、伝説ポケモンで名高いフリーザーです! 今日二度目の伝説ポケモン登場! いくら2対1とはいえ、これは厳しい戦いになるのかー!?』
『うーん、普通に考えればそうなんだけどねぇ』
『普通に考えれば?』

 司会の白熱した様子のヴィエルが、レジェンの呟きに首を傾けた瞬間、フリーザーの周囲を取り囲むように、地面に転がっていた岩が浮き上がり――フリーザーを押しつぶす様にして一気に殺到する。岩と岩がぶつかりあい音に、フリーザーが悲鳴のような声が交じる。
 岩がその場に落下するのと同時、空中で羽ばたいていたフリーザーが雪の積もる地面に落下していた。

『氷タイプに加えて飛行タイプを持つフリーザーにとって、ステルスロックは四倍ダメージ。体力も半分くらい持っていかれているんじゃないかな』
『でも、伝説ポケモンと普通のポケモンで戦うことを考えれば、五分五分ですよ!』
『うーん、でもさっきの試合で、伝説ポケモンでも普通に戦えば割と勝っちゃう証明されたからねぇ』

 そう言って、レジェンはちらりとアイルズの方に目を向ける。氷タイプを専門とするその協会四天王は、一度、深いため息をつく。それから、青い瞳を僅かに細め、

「フレイヤ様、お手合わせ願います」
「ええ。はなからそのつもりよ」

 そんな宣言と同時。
 リザードンがフリーザーへと炎を纏って突進。そのままぶつかるのではと思われた瞬間、フリーザーの姿が一瞬にして書き消え、フィールド上の霰と雪が勢いを増す。暴風のような吹雪が、紅蓮色の炎と翼から気力を削り取るかのように吹き荒れる。対象を見失ったその状況で、やみくもに動くわけにはいかない。ならば、上空から広範囲攻撃で相手をあぶり出すしかない。

「リザードン、上空へ!」
「その必要はありません」

 凛と澄んだ彼の声は、その場の歓声も、吹雪の音も、ポケモン達の声も、何もかもを押しのけて、彼女の耳にはっきりと届いた。
 同時に。
 その場から飛び上がろうとしたリザードンが氷の彫像と化す。尾の先に灯る灼熱の炎すらも飲み込み、火を吐く獣は氷の棺の中に閉じ込められた。
 こおりの状態異常。フレイヤは咄嗟にそう思い、

「リザードン、フレアドライブで」
「いいえ。これでチェックメイトです」

 ピキッ、と氷にひびが入る音。同時に、リザードンを覆っていた氷が音を立てて砕ける。しかし、火炎竜の身体は地面に転がったところで、既に目を回して倒れていた。
 "絶対零度"によって戦闘不能となったリザードンの姿に、客席からどよめきと歓声が上がる。フィールドは一面吹雪で、フリーザーの姿を確認する事は出来ない。しかし、目を回して倒れたリザードンの姿だけは、霰の舞う戦場ではっきりと捉える事が出来ていた。
 フレイヤが目を細めてアイルズがいると思しき方向を――彼女の位置から彼の姿を視認することは出来ないほど、フィールドの天候は大荒れとなっている――睨み据える。
 彼の姿は目を凝らしても見える訳ではない。が、何となく、大荒れしたフィールドの先にいる彼は、困ったように笑っているような気がした。こちらが何か言いたげに見ているのに対して、"今までのように"、唇に人差し指を立てて笑っているような。

「分かってるわよ」

 ぼそっと、キングダム地方の四天王は呟いた。ぞくぞくと背筋を這い上がってくる感覚に笑みを浮かべて、彼女はフィールドに倒れているリザードンを回収する。

『さぁて、これで残りポケモンは互いに一匹ずつ! フリーザーは未だ姿が肉眼で捉えれないけれど、どうするのでしょうか、キングダム四天王の紅一点!』

 威勢のいい姉の声に後押しされるようにして、フレイヤはボールを空中へ放った。

「私の最後の一体は、やっぱり、この子しかいないわ。――ムクホーク!」

 キュオオオオオッ、と甲高い声が吹雪のフィールドの中に響き渡る。ボールから出現した猛禽類は、上空に飛び上がり、灰色の羽をはばたかせてフィールドを伺う。フィールドは、ボールから飛び出てきた鳥ポケモンの姿に猛り狂ったかのような音を立てる。勢いを増す雪と霰の突風を受け、しかし、ムクホークは平然と宙で羽ばたいていた。

『おや、あのムクホーク、飛行ポケモンにも関わらず、荒れ狂う風にも霰にも全くひるんでいないねぇ』
『元々あのムクホークはちょっと変わり種なんですのよ、レジェンさん。なにせ、風の強い日や雪の降る日なんかに、好き好んで飛んでいたんですから』
「ムクホーク、影分身!」

 フレイヤの命令を受けてムクホークの姿がぶれたかと思うと、上空に十数匹のムクホークが出現。灰色の空を影のぶれた猛禽類達が覆い尽くしていく。しかしそれに負けじと、荒れ狂う吹雪が分身を飲み込むように掻き消していく。
 現れては消えていく影分身だが、本体を絞り込むにしては、相手が分身を出すほうが早い。とはいえ、天候の霰のためにムクホークにも着実にダメージが重なってきている。平行線がいつか崩れるのではないか、と思われた瞬間、突然、吹雪いていたはずのフィールドが、穏やかになっていく。霰は降り続くものの、荒れ狂う風は確実に威力をなくしてきている。
 それに合わせたかのように、分身したムクホーク達が一斉に急降下。囲い込むようにして、フィールドを飛び回る。

「今よ!」

 その掛け声に合わせて、ムクホークの分身たちが、フィールド全体に向けて強い風を叩きつける。威力を失っていた吹雪は全方位の強烈な風を受けて行き場を失い、フィールドの中にあったすべてを巻き込んで中心で吹きあがる。
 あちこちで巻き起こっていた吹雪が一か所に集められて吹き上げられる。同時に、強風を受けて吹き上げ場所に持って行かれたフリーザーの姿が露わになり、空中へ吹き飛ばされる。

「ムクホーク、インファイト!」
「フリーザー、冷凍ビーム!」

 一匹だけまっすぐ突撃してくるムクホークになんとか向かいなおったフリーザーが、主人の命令で技を放つ。が、それは直前で掻き消える。フリーザーが驚きの声を上げたときには、影分身を掻き消して背後から突進してきたムクホークが、冷凍ポケモンを吹き飛ばして地面に叩き付ける。
 霰が降り続く中、猛禽ポケモンが見下ろす白い地面の上で、目を回して倒れるフリーザーの姿が確認された瞬間、歓声が沸きあがった。

『フリーザー、戦闘不能!! よって、第二試合、勝者は四天王フレイヤ! やったわね、フレイヤー!』

 言うが早いか、マイクを放り投げて司会者兼実況を務めていたヴィエルが飛びついてくる。困った表情で姉をなだめるフレイヤを、アイルズはじっと見つめる。その視線に気づいたフレイヤが何かを言う前に、彼は軽くお辞儀をすると、フリーザーを戻す。そして、何も言わずにくるりと背を向けてベンチのほうへもどって行ってしまった。
 挨拶をしていないアイルズに、ヴィエルが僅かにしかめっ面をする。が、それに気づかない風で、マイクを持っていたレジェンが口を開いた。

『それじゃあ、次の試合は一時間ほどの休憩をはさんだ後にやるからねー。第三試合は、かなりとても見ものな試合――策士な方々の対決だよ』


*****


「ホウナさん、策士、ってなんですか?」

 首をかしげるセイナに、ホウナはちょっぴり考え込む。

「そうねぇ……策を練る人を策士、というのだけれど、頭脳戦が得意、っていうのかしら?」
「頭が良い、ってことじゃない?」

 クッキーをかじりながら、ワカナもまた、まだ出ていない協会四天王を思い出す。残り二人の四天王のうち、恐らく頭脳戦、という言葉が当てはまりそうなのは恐らく"彼女"だろう。常に笑みを浮かべているあの女性は、言葉とは裏腹に、何時でも他者を見下しているような人だ。表面的にみれば誰にでも笑みを振りまけているのだが、その実、自らの部分に触れられるのは一番嫌いなタイプだ。その姿を思い出して、ワカナは少し苦い表情をした。

「でもあの人、頭脳戦とか得意ってよりも……」
「性格が悪い戦闘が得意」
「ええと、まぁそんな感じ――って、テイルさん!?」

 当然のように会話に入ってきたその青年に、ワカナはおっかなびっくりした表情で振り返る。そのお盆の上には、いつの間にか作られたらしいデザートが乗っていた。丸い形のパイ生地でできている物体の横には、白いアイスクリームが綺麗に盛られている。
 それぞれにデザートの皿を渡すテイルを見上げ、セイナは嬉々とした表情で尋ねた。

「テイル、これ何ー?」
「ココッシュ、というものだ。エメラルドが賭けに勝ったからな。作って欲しいと頼まれた」

 エメラルドが賭けに勝った、というのはどうでも良かったのか、渡されるなり小さな歓声を上げてセイナはデザート攻略に取り掛かる。ホウナ、ワカナ、とそれぞれの皿を渡し終えたところで、ワカナはテイルを見上げた。
 彼は特に気にした風でもなく、空になったクッキーの大皿を、新しく持ったものと交換していた。

「あ、あの、テイルさん」
「エメラルドのほうは気にするな。アイツは馬鹿なだけだ」
「ええと、まぁ、そっちも気にな……って、そういうことじゃなくて……えーと……」

 苦笑気味に、だが言葉を濁すワカナに、テイルが首をかしげる。と、ココッシュの一口を堪能し終えたホウナが、小さく笑って助け船を出した。

「テイル君。ワカナちゃんは、メイミさんのことで貴方が言ったことに同意したことを気にしているのよ」
「あぁ、そのことか」

 体を縮こませ、こくん、と頷く彼女に、テイルは肩をすくめた。

「気にしなくていい。あの女は、むしろ嫌われていることを好む。それに、そうやってアイツを嫌いでいるほうが貴女のためだ」

 意味が分からずに目をしばたくと、彼は皿を片付ける形で二人に背を向け、ぼそりとつぶやく。

「――馬鹿正直に信用されることを、あの女は、嫌悪しているからな」
「え、でも」
「"アイツ"は知らない。俺が関わらせていない。それが、俺と彼女の、条件だ」

 アイツ、と言ってテイルはちらりと食べることに夢中な義理の妹に目を向ける。彼女は特に気にせず、アイスの乗ったパイ生地のそれを頬一杯にさせ、幸せそうな表情をしていた。
 そして、これ以上は特に言うつもりはないのか、彼は無言で片づけを終えると、さっさと台所へ引っ込んで行ってしまった。




「条件、ねぇ」

 台所に戻ってきて皿を洗っていると、背後で壁に寄り掛かっていた知り合いはそんなことを呟いた。鼻で笑うような響きに対しても、テイルは表情を崩さない。

「何だ」
「条件っていうか、取引のほうが正しいだろうなーって思っただけ」

 かちゃかちゃ、と皿と皿がぶつかる規則正しい音に、水の音が混じり、同時に彼の声が途切れる。
 ふと、彼はどんな表情をしているのかなどと、テイルは思った。振り向いて確認すればよかったのかもしれないが、咄嗟にそうしなかったことには意味があったのかもしれない。彼は少し考え込んでいたようで、言葉を続けた。

「セイナの安全と出来る限りの不干渉の代わりに、彼女の言うことにはある程度付き合う。条件ってより、交換材料じゃんか」
「それがどうした」
「何で本当のことを言わないのか、ってことだよ」

 かちゃん、と皿のぶつかる音が止まる。テイルは皿を洗うのを一度やめて水を止める。ため息とともに振り返ると、少しだけ暗がりになる位置で、親友は金色の瞳の上にうっすらと瞼を下している。

「お前には関係ないだろう」
「そうだろうな。ただ、親友として尋ねてるだけだぜ」

 テイルが開きかけた口を閉じて、じっとエメラルドを見つめる。何も言わないでいると、彼は降ろしていた目をしっかりと見開き、テイルを睨み据える。

「そうまでして、何で、メイミを"庇う"? セイナに本当のことを言えば、それだけで、アイツなりに警戒心は高まる。テイル、お前のやっていることは、まるで、セイナにメイミを"嫌ってほしくないような"――!」

 プルルルッ、と甲高いポケギアの着信音が、エメラルドの言葉を遮る。音がするのは、テイルの腰から下げたポケギアだった。かけタオルで手を拭いてから、テイルはポケギアに耳をあてる。

「メイミか。――地獄耳なのか、アンタは?」

 その単語が出た瞬間に、先ほどまでの厳しい視線はどこへやら、一転して、エメラルドがぎょっとした表情でテイルを見上げる。電話向こうの女性は、エメラルドがそこにいることは知らないはずなのだが、彼女は当然のように言った。

『あらぁ。エメラルド君と、私の話題で盛り上がっていたのかしらぁ』
「何の用だ」
『ちょっと、やる気が欲しくて電話かけたのよぉ』

 人前で喋るおっとりとした声に、テイルはやや意外そうに眉をひそめる。

「次の試合に出るのか」
『本当は出るつもりなかったのよ?』
「人目を気にするお前だからそうだと思ったが。何かあったのか」
『さぁ、どうかしら、うふふっ』

 笑い声を漏らすメイミの声は、どこか軽やかな響きだ。テイルがますます胡散臭いものをみるような顔になるのを、エメラルドが半眼で見つめる。と、電話向こうが何やら騒がしくなってきた。歓声のような声だとテイルが思ったところで、メイミの強請るような声がポケギア越しに響く。

『ねぇ、テイル君。応援の言葉とかないかしらぁ』
「それに意味があるのか」
『気分って大事だと思わない?』

 テイルは眉をひそめて、唇を閉じた。一瞬、口ごもったのかともエメラルドは思ったが、眉間に皺を寄せて目を細める様子は、何を言うべきか悩んでいるようだ。メイミもまた、電話の向こうから催促はせず、次の言葉を待っているようであった。
 やがてテイルがそっと息を掃出す。眉間に皺は寄っているが、考えることは終わったようだった。端正な唇が、への字から通常の形をとる。エメラルドが何とはなしに見つめる中、彼の唇が小さく動き、

「服、汚さないように気をつけろよ」

 目が点になる、という表現はあながち間違いでない。そうとしか表現できない表情で、エメラルドはまじまじとテイルを見つめる。彼は気にした風でもなく至って当たり前の(つまりはいつも通りの)表情だ。
 電話向こうの彼女は何も言わない。流石に予想外すぎるその言葉に、彼女自身、何のリアクションも取れないだろう。エメラルドはそう思った。
彼女の声が、ポケギアの向こう側から聞こえてくるまでは。

『…………あはっ……あははははっ……!!!』

 どこか狂った機械のような笑い声に、エメラルドは戦慄を覚えた。甲高い女性の笑い声は、あまり長い時間ではなかったはずなのに、随分長い間笑っていたような気になる。その間もテイルは特に表情らしい表情は見せなかった。やがて、笑い声をひっこめたメイミが、おかしそうな声でテイルを呼ぶ。

『ねぇ、テイル君』
「何だ」
『そっちに帰ったら、何か作ってくれないかしらぁ。貴方の声を聞いてたら、お腹すいちゃったわぁ』
「アンタがそれなりの結果を出したら、考えてやる」

 そこまで言うと、テイルは無造作にポケギアの通話を切る。一方的に切ってしまった彼を、エメラルドは胡乱な目で見上げた。

「なぁテイル、何であんなこと言ったんだ?」
「あんなこと、というのは?」
「ほら、『服、汚さないように気をつけろよ』とか言っただろ?」

 先ほどのテイルを真似たような声音で反復しつつエメラルドが尋ねる。何となくむかつく親友の顔をスリッパをはいた足で踏みつけつつ、彼は首をかしげた。

「何か問題か?」
「問題っていうか、普通にする『応援の言葉』って感じじゃねぇだろ……というか、親友の顔を容赦なく踏むってどういうんぐっ!!!」
「アイツは、戦うことに対する応援の言葉なんて、いらないからだ」

 踏む強さを増して知り合いの顔を思いっきり踏み倒しつつ(腕で何とか押し返そうとしているのだが、それも意に反すことなく踏んでいる)テイルは当然のように言う。足元から聞こえる怨嗟の声など気にせず、彼は表情を変えず、テレビのほうへ目を向けた。テレビには通路から出てきたメイミが、フィールドに出る手前で笑みを浮かべてお辞儀をする姿が映っていた。手袋をはめた手は、開いてない傘の取っ手を握っている。
 相変わらず上辺だけの笑みを浮かべて、しかしその瞳の奥に世界を呪うかのような憎悪を宿す彼女を見つめ、テイルはぽつりと呟いた。

「一雨、来そうだな」



【第二試合】モノクロ地方協会四天王 アイルズ vs キングダム地方四天王 フレイヤ in シングルバトル/氷フィールド
→勝者:フレイヤ、(モノクロ四天王)1 対 1(キングダム四天王)


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