「ゼロ、妻として、貴方をとっても愛してるわ!」

唐突な妻の宣言に、国王は少しだけ目を丸くしてから首をかしげた。

「どうしたんだ、ヴィエル」
「うふふ〜。今日は何の日か分かるかしら?」

言われて、彼は何となくカレンダーに目を向ける。11月22日。それを一分ほど眺めてから、

「11月22日だな。まぁ、時間的にはもう終わりだが」
「そうよね」
「……明日は祝日だな」
「まぁそうよね」
「…………ヴィエル、何か私的な理由でもあるのか?」

眉間に皺を寄せている夫の顔が楽しいのか、ヴィエルは満面の笑みで首をかしげて見せた。

「私的、っていうか、万国共通かしら?」

にこにことほほ笑む妻の顔をじーっと眺めていたが、やはり答えが出ない彼は首を横に振った。

「すまない。私には分からない」
「そう……」

残念そうに肩をしょげる彼女を前にして、国王は困った表情で頬を掻く。ちらりと見えた時計は、そろそろ夜の11時。もうそろそろ次の日になってしまう。
小さく息を吐き出すと、彼は座っていた椅子から立ち上がる。そして素早く踵を返して部屋の扉へ向かう。
突然の彼の行動に、王妃は目を丸くした。

「ゼロ、どこ行くの?」
「少し出てくるから、ここで待っていて欲しい。時間が切り替わるまでには戻る」

そうして扉を開いた彼は、身軽な様子で部屋を後にする。扉が音を立てて閉まるのを、ヴィエルはぼんやりと眺める。そして――くすりと彼女は笑った。

「別に訊きに行かなくても、『教えてくれ』って言ったら教えてあげたのに」


***


「すまない。ちょっとみなに聞きたいことが」
「クィルイエス国王陛下!?」

食堂に滑り込んできた人物――キングダム地方で一番偉い人物の登場に、夜遅くまで残っていた騎士団員達は目を丸くした。丁度、大きな任務が終了したことの打ち上げだったのだが、場はざわめきとどよめきに包まれる。
国王の登場に目を丸くしたものの、次に反応をしっかりと返したのは、第二師団長の女性、クインだ。

「あ、あの、騎士団長と参謀長官は、今、席を外していますが――――!」
「いや、オーディンやロキでなくてもいいんだ。……そうだな、君に尋ねたい」
「わ、私ですか!?」

下手な発言をすれば首が飛ぶであろう人物からの質問に、酒で感じていた酔いが一気に吹き飛ぶ。背筋をなんとか正しているクインに、ゼロは酷く真剣そうな表情をして、

「――――今日が何の日か、君は分かるか?」
「今日、ですか……?」

咄嗟に思いついたのは、11月22日である。しかも時間が遅いので、後一時間もすれば次の日になってしまうだろう。一瞬面を食らったが、すぐさま真剣そうな表情でクインは考え込む。
次の日は休日である11月22日。何か特徴があるのか、と言われても、特に――――、

「いや……11月22日、特徴がありますね」
「何がある?」

少しだけ切羽詰っている国王の声に煽られるように、クインはごくりと息を飲むと、真剣な表情のまま呟く。

「11月22日という数字を見てください、クィルイエス国王陛下。11と22――――同じ数が重なってます。これが、何かのヒントになるのではないかと」
「なるほど……確かに、1と2がそれぞれ続いているな」
「もしかしたら、その中にヒントが……?」
「ヒントか、なるほど。1+1=2……そんな簡単なものではないな。2―2=0も、いや、意味がないか……」

食堂内が異様に静まり返っているのにも気が付かず、二人の厳粛な声と悩みが解けない唸り声が、場違いな雰囲気の食堂に響き渡る。重苦しい空気は、やがて、答えが出てこないために根を上げた国王の言葉で緩和される。

「すまない。折角、考えてもらったが……」
「え、いえそんなことは! むしろこちらこそ、お役に立てなく申し訳ありません、クィルイエス国王陛下」

深く頭を下げるクインに、国王は首を横に振ると、微笑を浮かべる。

「こちらこそ、騒ぎの邪魔をして済まない。私が言うのもなんだが、続きを始めててくれ。――ちなみにクイン、あの二人がどこにいるか分かるかな?」
「自信はありませんが……多分、バルコニーではないかと。オーディン様がロキ様に話があると言って連れ出していましたので」
「オーディンが?」

何か報告することでもあったのだろうか。クインも思い当たる理由がないのか、半信半疑と言った様子だ。悩んでも仕方ないと判断して、国王は食堂内の時計に目を向ける。あと40分ほどで今日が終わってしまう。

「バルコニーに向かうことにしよう。有難う、クイン」
「い、いえ!」

顔を赤くしてびしっと敬礼する彼女に背を向けて、ゼロは来た時と同じくらい身軽な様子で――装飾のあるそれなりに重そうな服装にも関わらず――彼は身をひるがえして食堂を出て行った。
国王がいなくなったことで、再びにぎわいを取り戻した始めた食堂内で、クインは肩をすくめた。

「まさかクィルイエス国王陛下がこられるとは思わなかったけどな……というか、今日が何の日って、何で思ったんだ? ヴィエルクレツィア様から、なんか言われたのかな」
「あのー、クイン様」

すぐそばで始終観察だけして口を挟まなかった騎士団員の一人が、こわごわとした様子でクインに声をかける。

「何だよ?」
「あの、ゼロ様が聞きたかったのはもしかして……読み方、じゃないですかね」
「読み方だぁ?」

意味が分からずに目を軽く釣り上げて首をかしげる彼女に、騎士団員が読み方を伝えた。
――――数秒後、半眼でクインがため息をついた。


***


「それで隊長。話というのはなんですか?」
「あぁ、お前に聞きたいことがある」
「答えられる範囲でしたら」
「――――お前、フレイヤとこの間、何を話してた?」

真剣なまなざしのオーディンに、ロキはやんわりとした笑みを浮かべて迎え出る。鳶色の瞳と黒い瞳が、月明かりの下で視線を交わす。全くそらすことを許さない目の前の男に、ロキは肩をすくめた。

「何って、隊長の昔話ですね」
「…………やっぱりか。どこまで聞いたんだ」
「どこまで、とは?」

にこにこと笑みを崩さないロキは、まるで楽しんでいるかのようだ。それを前にして、オーディンのほうが少しずつひきつっていく。

「つまり……何を話したか、その内容を言えってことだよ」
「そうですねぇ……隊長のプライバシーを侵害する内容、ですかね」
「だから、その内容を具体的に言えと」
「あぁ」

納得のいく、という顔で頷く参謀長官に、オーディンがぎりぎりと歯ぎしりを始めたところで、

「隊長が男性と経験あると――――」
「待て!! 事実無根すぎる内容が何故そこで飛び出すんだ!!!!」
「何だ、ディン。そういう趣向があるなら、ヴィエルが喜ぶぞ」

よく聞き知った声に、オーディンが機械の様にぎぎーと首を動かす。そこに、少しだけ息の上がっている国王の姿があった。頬を引きつらせて、オーディンはゼロに詰め寄って両肩を力強くつかむ。

「お前はー!!! 分かってて言うのか!! 分かってて俺を追いつめるのが好きなのか!? ヴィエルの悪癖もここまで移るなら今度は容赦しねぇぞおい!!」
「隊長、国王陛下に使う言葉使いじゃないですよー」

外野から投げやりな声で言うロキの言葉に、流石のオーディンも少しは落ち着きを取り戻した。目の前の男性の肩に食い込ませていた両手を離すと、小さく息を吐き出して向き直る。

「……それで、お前はこんな時間に何の用だよ?」
「いや、お前がお取込み中であるなら、他の者に尋ねるが」
「別にお取込み中でもなんでもない。――――んで?」

きっぱりと言い切る騎士団長に国王は少しだけ悩んだ後、

「今日、つまりは11月22日は何の日か分かるか?」
「何の日って……平日だろ。他に何の意味があるんだよ」
「私もそう思うのだが……ヴィエルが、今日は特別な日だといって」
「アイツの特別なんて、俺達が分かるわけないだろうが」

半眼で言われると、国王はますます不可解な表情で顔をしかめる。ため息をついて、オーディンは同僚を振り返った。

「ロキ、お前は分かるか?」
「今日が何の日、ですか? ――私よりも、隊長のほうが分かるかと」
「俺が?」

こくこくと首を縦に振られて、オーディンは目の前で真剣そのものに悩む友人と同じように眉間に皺を寄せる。
11月22日。単語にすると「じゅういちがつにじゅういちにち」。単語に意味はない。では並び順は、と問われれば、1と2がそれぞれ連なっている。「いちいちにいにい」意味がある読みとは思えない。

「「う〜ん」」

頭をひねる大の大人二人を眺めて、ロキが肩をすくめる。と、そこへ、

「あ、ゼロいたー!」

少年の声。振り返れば、騎士団員であり国王の専属の近衛騎士の立場を持つスフォルツァンドが走り寄ってくるところだった。名前を呼ばれた国王は、少年に向き直る。

「どうしたんだ、フォル」
「あのな、ヴィエルが呼んでたぞ! 『もうそろそろ今日が終わっちゃうから、戻ってきてほしい』だって!」

フォルの言葉に、ゼロがやや寂しそうな表情をする。肩をすくめた彼は、自分を呼びに来た少年の頭を撫でる。

「そうか。有難う、フォル」
「へへ〜。――でもゼロ、何でこんな時間まで出歩いてるんだ? オーディンと"密会"か?」
「いや、ロキもいるから密会ではないな」
「そうですよ、フォル」
「おいお前ら、密会の点について厳密な突っ込みどころを間違えてないか……?」

半眼で呟くオーディンの言葉を聞き流し、国王はロキのほうへ向きなおる。

「すまないな、二人で会話していたところを邪魔して。――私はいなくなるから、その後は思う存分、会話しているといい」
「いや、別に思う存分話す内容でもないんだけどな……」
「なぁなぁ、それで結局、何で歩いていたんだよ」

質問の答えがかえってこないことに頬を膨らませつつ、せがむようにフォルが国王の裾をずいずいと引っ張る。苦笑しながらゼロは答えた。

「あぁ、今日が何の日か分からなくてな。それで、クインやディンに訊きに来たのだが……まぁ、もう少し早い時間だったら、他の者達に聞けばよかったのだが」
「今日?」
「そうだ」

頷くと、フォルはうーんと首を傾げて唸る。そして、

「今日は、『いい夫婦(1122)の日』じゃないのか?」

その言葉に。ゼロが目を見開く。オーディンは小さな声で「あー、そゆことか」とぼやいており、答えを知っていたと思しきロキは「何で分からないんですかねぇ」と小さな声で呟いていた。
その間は数分というほどでもなかったのだが、

「フォル」
「ん、何だ?」
「有難う。この感謝は……そうだな、今度、街のスイーツをおごる形で答えよう」
「本当!?」
「あぁ、約束だ。――とりあえず、今はディンにせがんでおいてくれ」
「何でそこで俺?!」

わーいやったー!などと喜んでオーディンに早速せがみ始めるフォルをその場に取り残して、ゼロは城内へと駆けて行った。


***


扉が音をたてて開いたかと思うと、部屋の中に転がり込むように入ってきたゼロが、ヴィエルを勢い良く抱きしめる。突然の夫の行動に、ヴィエルは目を丸くした。

「どうしたの、ゼロ? あ、というか、フォルとあったかしら? あの子に戻ってくるようにお願いして――――」
「ヴィエル」

名前を呼んで少しだけ体を離すと、空色の瞳と視線が合う。それをまっすぐに見つめて、

「愛してる、ヴィエルクレツィア。――私は、君を大切に出来る限り、大切にする」

唇を軽く重ねあわせたから、愛おしい存在を抱きしめる。
くすぐったさを覚えたヴィエルだが、自分を常に大切に思う旦那に抱擁を受け、抱き返す様に抱きしめる。

「私も大好きよ、ゼロ。――いい夫婦ですもの、私達」



いいの日



(11月22日23時59分。月明かりの下、国王と王妃の声が闇が全体を占める部屋の中に溶けていく)


111122/はい、滑り込みで2011年11月22日のいい夫婦の日ネタでございます。ゼロとヴィエルは一応我が家におけるちゃんとした夫婦なんですけど、存外、ちゃんと書いたことなかったんですよねー。基本らぶらぶ。ヴィエルさんがひたすら振り回してるのが当たり前なんですけど、まぁゼロだって頑張るところは頑張ってるよ、みたいな。

ちなみにこの話22日の23時ちょっと前から、つまりはこの文章の時間経過は、大体この話を書いてる時と同じリアルタイムの描写でした。59分のぎりぎり滑り込みをし終えたので、現在こうして(次の日だけど)あとがきを書いております。
いやぁ、基本的に思いつきでお話書いてるので((

サイトに載せるときはもう少しちゃんと推敲しよーとかいいながら、そもそも毎日更新用のやつが結局止まってる件について。……いや、中々出てこなくなってしまってorz